第101話 すれ違う願い -Never come true-

・1・


 ――刹那達の世界ゆめが壊れる数分前。


「ホッホッホ、そろそろ終いですかな?」

「グ……ッ」


 竜胆棗りんどうなつめとシャルバ――神剣須佐之男スサノオと魔剣須佐之男スサノオの戦いは大詰めを迎えていた。


「実際、よくやったものだよ。聞く所によると貴殿は我等との戦いで負った傷のせいで魔装が使えないという。にもかかわらずここまで『今の私』に食い下がるとは……さすがは須佐之男スサノオの資格者というところかな?」

「へへ……上から目線の物言いにはイラッとくるが、この体たらくじゃ言い返せねぇな」


 そう言いながらもなつめは膝を付かず、構えも解かない。側から見ても圧倒的な戦力差。どちらが剣士として上かなど考える余地もない。しかしそれでも彼が退かないのは、後ろにいる守るべき者達のためだ。


「願わくば全盛期の君と剣を交えたかったが、流石にそれは望みが過ぎるというものか」

「何勝った気でいやがる。こちとら未来の客人がいるんだ。カッコ悪いところは見せられねぇんだよ!」


 地を蹴り、一直線に飛び込むなつめ。万全ではないというシャルバの言葉が偽りではないかと疑いたくもなるその勢いは、彼が御巫零火みかなぎれいかに並ぶ超越者である証。だがそれはシャルバもまた同じ。 

 再び大剣同士の打ち合いとは到底思えない速すぎる剣戟の応酬が続く。

 しかし、状況は依然シャルバが優勢だ。


「ッ!!」


 その中で彼の終始穏やかだった目つきが瞬時に鋭くなった。


(しまっ——)


 本人でさ気付くのに一瞬遅れたその隙をシャルバは見逃さなかったのだ。



 ガキンッ!!



 なつめの大剣が打ち払われた音が鳴り響く。

 空に舞う魔遺物レムナントに一切目を向けず、続く二の太刀がなつめを斬ろうとしたその時——


「ほぅ……」


 その間に強引に割って入った者がいた。


「……じょ、嬢ちゃん」

「アンタが強いのはよくわかったわ。けど、いい加減こっちも反撃させてもらうわよ!」


 もう一本の伊弉諾いざなぎを携えた御巫刹那だ。


・2・


伊弉諾いざなぎがもう一振り!?」


 本物の伊弉諾いざなぎは未だ零火れいかの手にある。では刹那の手にある刀は何なのか?


「都合のいい嘘だけを信じろ、とはよく言ったものね……姉さん!!」

「アイアイサー!」


 刹那が叫ぶ。その直後、なつめの手を離れ宙を舞う須佐之男スサノオ橘燕儀たちばなえんぎが掴み取った。


「……ッ!」


 資格を持たない者が触れたことで、魔具アストラの拒否反応が彼女を襲う。普通なら痛みですぐにその手を離すだろう。最悪、死ぬことだってありえる激痛だ。しかし燕儀の場合は違った。


「「はあああああッ!!」」


 刹那と燕儀は同時にそれぞれの剣を振り、シャルバを押し退ける。


「ッ……これは、驚いた」


 ほんの一瞬とはいえ、シャルバの予想を超えた二人は揃ってなつめの前に立った。


「えーっと、つまりどういうこった? 特にそっちの嬢ちゃんは俺の剣を持って平気なのか?」

「いやー、正直すぐにでも手放したいかな……この剣、伊弉諾いざなぎより暴れ馬だよ」


 須佐之男スサノオを握る燕儀の手にはバチバチと火花が散っている。痛みが無いはずがない。だが彼女はかつて資格が無いにもかかわらず伊弉諾いざなぎの半神を体内に取り込んだことがある。魔具アストラの拒否反応には多少の抵抗力があるのだ。


「もう一振りの伊弉諾いざなぎ……なるほど、つい楽しくなって失念していたよ。ここはそもそもだということを」

「例え嘘でも、この世界では現実に成り得る。私がそれを真実だと思えばね」


 要はイメージの強さが重要という話。

 この手に伊弉諾いざなぎがある。いつだって共に戦ってきた刹那にとってそれは当たり前の真実。故に彼女はそれを強くイメージできる。実際にそこにはなくてもはっきりと。それがこの世界ゆめでは現実として反映コンバートされたのだ。

 燕儀にも同じことが言える。彼女が須佐之男スサノオの拒否反応に耐え切れるかどうかはさして重要ではない。伊弉諾いざなぎを取り込んだ苦痛に耐え、最終的に自分のものとした過去があるからこそ、その経験イメージが抵抗力としてプラスされた。


「全く、無茶が過ぎますよ」

零火れいかさん」


 刹那の隣に並び立った零火れいかが自身の伊弉諾いざなぎを構えた。


なつめ様、頼もしい後胤こういんの前で私たちが屈するわけにはいきませんね」

「……違いねぇ」


 彼女の言葉に触発され立ち上がったなつめは燕儀から須佐之男スサノオを受け取った。


「ホッホッホ、今度は四人で来るかね? ならば私も全力でお応えしよう」


 嬉々としてシャルバが魔剣を振るった瞬間、彼の姿が四人に増えた。


「もう何が来ても驚かないよ」

「そうね。そういうものだと納得するしかないわ」


 敵は100万を超える権能と最強の剣技を併せ持つ化け物。

 今更それはどうやっても覆せない。未だ勝算は無きに等しいが、それでも二人の心に諦めるという文字はなかった。





 しかしそんな最中、事態は急に終わりを告げる。





「ッ!? 刹ちゃん、空が……」


 その変化に最初に気づいたのは燕儀だった。空だけではない。刹那もすぐに周囲の変化に気が付いた。


零火れいかさん!」


 隣にいる零火れいかなつめをはじめ、吹き荒ぶ風も揺らぐ炎でさえ、気がつけば静止画のようにピタリとその動きを止めていたのだ。


「……無粋な。どうやらこの世界はそろそろ限界と見える。所詮、夢は夢か」

「ってあちらさんは言ってるけど、だとしたらここに留まるのはマズいんじゃない?」

「……ッ」


 だがもう遅い。

 次の瞬間、静止した世界ゆめに致命的な亀裂が走った。


・3・


 Lost Lucifer


 それは海上都市イーストフロート宗像冬馬むなかたとうまが使用したアンジェロシリーズの一つ。

 理由はわからない。だが事実、ガイは左腕に取り付けたネビロスリングにそれを装填して降霊武装を身に纏っている。


「ガイ……」


 当時の配色と若干差異はあるものの、それは間違いなく魔法を宿した機械仕掛けの鎧。その強さは身を以て知っている。


「正直、また会えるとは思ってなかったよ。その、ミズキは……元気?」


 タカオの前で立ち止まったガイはふとそんなことを口にした。


「……あぁ。あの後あいつといろんな場所を巡ったよ。最近はガキもできた。まだ生まれてねぇけど」

「ッ……そうか。幸せそうで良かった。本当に」

「良いわけないだろ!!」


 思わず、タカオは叫んでいた。


「お前がいないのに……どの面下げて喜べって言うんだよ!! 俺はお前を、助けに来たのに……ッ」


 タカオの目的はこのやり直しの世界で彼を救い出す事にあった。

 しかしどんなに望んでもそれは叶わない。ここはそもそもやり直しの世界などではなかった。

 災厄の権化であるガイが人として終われる唯一の場所。優しい棺桶だ。

 初めから可能性はゼロだった。1%でも、0.1%でもなく。


「タカオ……」

「シンジがワーロックになったあの時、俺はお前に助けてくれなんて頼んでねぇ。ましてや俺らのために犠牲になって欲しいなんて思うはずないだろ!」


 言っても仕方がない事はタカオ自身よく分かっている。誰が悪いとかそんな話ではない。それでも彼はこの感情を口に出さずにはいられない。

 あの時、本当に他の選択肢はなかったのかと。


「だがあの時はああするしか――」

「だがもへったくれもあるか!!」

「……ッ」


 ガイはそれ以上反論できなかった。しようと思えばいくらでも言葉は取り繕える。だがきっとどれもタカオには届かない。それが分かってしまうから。

 彼は静かに右手を開く。するとそこに炎の剣が生み出された。


「ッ!?」

「ここでタカオを斬れば、目覚めた時には現実に戻ってるはずだ。今の俺にはそれくらいの権限はある」

「ガイ、お前……」

「ミズキと結ばれたのを聞いて、最後の憂いが消えたよ……おめでとう」


 これ以上は蛇足だ。

 思い出は思い出のまま、綺麗であって欲しい。


(悔いは、ない)

「ガイ!!」


 ガイが炎の剣を振り下ろそうとしたその時――





『Overflow』





 二人の横にあったビルの壁を突き破り、がガイの首を鷲掴みにした。

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