第98話 違和感 -Endless days-

・1・


「おっかしいなぁ~」


 飛角がタカオと話をしてすでに3日が経過していた。

 その間、彼女はカインと行動を共にしながらタカオ、ミズキ、ガイの動向を観察している。今もそこそこ高い人気のないビルの屋上から3人を見張っていた。


「そろそろこっちの私がシャングリラと出会うはずなんだけど」

「シャングリラ?」


 反対側でパンを食べながら、交代で休息を取っているカインが首を傾げた。


「タカオたちがこの海上都市で組織した自警団だよ。ちなみにユウトもそのメンバーだった」

「……」

「っておい、自分で聞いといて無関心かよ」


 飛角は軽くツッコミを入れるが、ふとカインの様子がおかしい事に気付いた。


「どしたん?」

「なぁ、もしもだ……」

「?」

「もしもって言ったら、アンタは信じるか?」


 カイン自身も突飛な事を言っている自覚はあるようだ。彼はこっちに来いと顎で合図して、眼下に広がる人込みを指差した。


「あそこ、コンビニの近くにいる学生。アイツはこの3日間毎日この時間に同じもの買ってあの場所で食ってる」

「まぁそれくらいなら……」


 別段不思議とは思わない。人には人の趣味趣向や習慣というものがある。


「ならあっちはどうだ?」


 カインはその学生から100mほど離れた場所に立つスーツ姿の女性を指差した。見た所、やはり特に怪しい点はない。どこにでもいそうなキャリアウーマンだ。


「あれも3日連続であそこを通ってるとか?」

「まぁそうなんだが……俺の考えが正しいなら、この後すぐあの女は引ったくりに遭う」

「そんなまさか――」


 しかし次の瞬間、遠方から女性の叫び声が聞こえてきた。


「ッ!?」


 叫び声の主は先ほどのキャリアウーマンだ。

 なんとカインの予測通りすれ違いざまに彼女の鞄を奪い、逃走する男の姿があったのだ。幸いなことにその男はすぐに警備用ドローンに取り囲まれて事無きを得た。


「さすがに3日連続で同じ人間が同じタイミングで引ったくりに遭うってのはありえねぇだろ?」

「確かに……」

「それに繰り返してるって言っても全部じゃねぇ。俺たちが見張ってるあの3人とレイナ。その周囲の人間は違う」


 言い換えればは先ほどのように同じ時間を繰り返していると言える。タカオたちだけを注視していてはこの事実に気付くことはできなかった。


「前に伊弉冉いざなみの力で世界がリセットされたことがある。そもそもこの世界は伊弉冉いざなみが創り上げた夢なんだからできても不思議じゃないけど」

「ならそれと同じことが起こってるってわけか」


 特定の人間以外は全て、『今日』という一日を繰り返している。

 それを誰も不審に思わない。眼下に広がる大多数の人間はゲームのNPCのように忠実に『今日』を再現しているわけだ。


(タカオたちの認識外でのみリセットが起こってる……けどそれじゃあまるであいつら以外どうでも――)




 その時、飛角とカインは同時に左右に跳んでその場を離れた。直後、彼女たちが元いた場所が爆ぜる。




「……ッ、どうやらようやくお出ましのようだ」

「あぁ、コイツは俺たちを明確に『異物』だと認識してやがる!」


 どこからともなく急に表れた殺気。その主に対し、二人はそれぞれ即座に臨戦態勢を取った。カインと飛角はこの世界にとって明らかに異物だ。いずれそんな彼らを排除しようとする存在が現れるとは考えていた。だが――


「何だ、こいつ……」


 カインはリボルバー型神機ライズギアシャムロックを構えながら、敵の姿をまじまじと見据えた。

 その襲撃者は想像以上に異様だった。むしろカイン達以上に『異物』なのではないかとすら思えるほどに。その身は太陽の下にありながら、真っ黒で輪郭だけしか見えないのだ。かろうじて形から判断できるのは襲撃者が人間ではなく、しかし魔獣でもないこと。


「こいつは……ッ!?」

「知ってるのか?」


 そしてであること。


「ウオォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」


 黒の襲撃者は空に向かって吠えた。

 そして次の瞬間、その手に持つ大太刀が二人に牙を剥く。


・2・


「なるほど。所詮は伊弉冉いざなみの残り香……かつての海上都市を完全に再現するまでには至らなかったか」


 ユウトと別れた神凪滅火かんなぎほろびもまた、人込みに紛れて情報を収集する中でこの世界が特定の人物を除いて『今日』という一日を繰り返していることに気付いていた。


「だとすれば『綻び』さえ見つければ彼女を見つけるのもそう難しくはないはずだ」


 滅火ほろびがこの夢の世界にやってきたのは、とある女性を連れ帰るため。その彼女もまたこの世界における『特異点いぶつ』に他ならない。彼女が歩んだ道には必ずそれが『綻び』となって表れるはずだ。


「そこのお嬢さん」

「え? 私ですか?」


 滅火ほろびが何気なく声をかけた少女が振り返ると、彼はその足をピタリと止めた。


(レイナ・バーンズ……いや、ここが3年前の海上都市なら彼女がいても不思議はない)


 報告では彼女もカイン達と共に伊弉冉いざなみの世界に侵入しているはずだ。だとすれば目の前の彼女は外の世界の自分の記憶を有しているはず。カインを通して自分の顔が割れているかと一瞬危惧したが、どうやらそれはないらしい。


「えっと……あの~……」

「失礼、人を探している。少し話を聞いてもいいだろうか?」

「あ、はい! 私でお役に立てれば」


 少々危ない橋だが、彼女もまたこの世界にとって異物であるならば、滅火ほろびの探し人とどこかで交わっている可能性が高い。そう判断した彼はポケットから銀色のロケットペンダントを取り出すと、それを開いて中の写真をレイナに見せた。


「この顔に見覚えはないか?」

「? うーん……」


 写真を眺めるレイナは目を細めて首を傾げる。この様子だと確かな情報は得られそうにない。


「すまない、手間を取らせた」

「ん? そういえば昨日会ったお姉さんに似てるかも」

「……ッ」


 即座にその場を立ち去ろうとした滅火ほろびがレイナの言葉で再び足を止めた。


「彼女は車椅子に乗っていただろうか?」

「はい、乗ってました。そっか、お兄さんの探してる人ってエトワールさんですよね? その写真、結構昔のものなのか――」

「すまないが急いでいる。彼女の行方に心当たりはないか?」

「す、すみません、行先までは……。あ、でも『教授』って人に会いに行ったのかも」


 教授。

 彼女がそう呼ぶ人間は滅火ほろびをおいて他にいない。


(この子から聞き出せるのはここまでか。だが少なくともエトワールがこの街にいることは間違いないようだ)


 滅火ほろびはロケットペンダントをしまうと、レイナに頭を下げた。


「情報提供感謝する」

「あ、いえ。私は何も……ッ。早くエトワールさん見つかるといいですね」


 ペコペコと釣られて頭を下げるレイナ。


「フッ、そうだな……君も、

「え…………?」


 不意に放たれた滅火ほろび違和感ことばに、レイナは思わず顔を上げる。


「あ、れ……?」


 しかしその時にはもう、目の前に滅火ほろびの姿はなかった。

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