第97話 100 vs 1000000 -Beyond the past-

・1・


「よう、シャルバつったか? 随分とお早いお目覚めじゃねぇか」

「剣皇殿。貴殿と剣を交えるのもまた一興か!」


 シャルバと竜胆棗りんどうなつめ。二つの須佐之男スサノオが衝突する。


須佐之男スサノオ同士の戦い……」

「もう何でもありだね」


 急遽幕を開けた本来ありえないはずのミラーマッチ。

 刹那と燕儀は思わず固唾を呑んだ。


なつめ様……」


 シャルバの不意の一撃を受けた零火れいかもまた、今は彼の戦いを見守る事しかできない。


「あらよっと!!」

「ハハッ! 豪快豪快!」


 一進一退の攻防は止まらない。

 全く同じ武器であっても、二人の戦い方はまるで違っていた。

 先の戦いで見せた大剣を軽々と巧みに操るシャルバの剣技に対し、なつめのそれは大剣の重さを利用した剣。自身を支点に遠心力で武器を振るうため、一撃の威力は間違いなく彼に軍配が上がる。さらに剣を支柱に体術も織り交ぜるため全く隙が無い。その激流の如き進撃はさすがのシャルバでさえ攻めあぐねるほどだ。


「そらッ、喰らいやがれ!」


 僅かに間合いが広がったその瞬間、なつめ須佐之男スサノオを地面に突き刺した。直後、大地は凍り付き、シャルバの足元から無数の氷刃が炸裂する。


「む……ッ」


 だがシャルバの一閃が何もない空間を切り開く。すると氷刃はどことも知れぬ異空間にまるごと飲み込まれて消えてしまった。さらにそれだけでは終わらない。須佐之男スサノオによって裂かれた空間は徐々に拡大していき、その直径は優に10mを超えるほどの大穴へと姿を変えていく。光さえ飲み込まんとするその黒き穴はまるでブラックホールそのものだ。


「チッ……相変わらず敵に回すと面倒な技だ」


 無限に増殖する闇に向け、なつめ須佐之男スサノオで同じ技を放つ。彼のそれはシャルバよりさらに大きく、上から塗り潰すように闇を喰らい対消滅を起こした。


「ホッホッホ、さすがですな。やはり須佐之男これの扱いでは貴殿に劣る」

「ったりめーだ。そもそもこいつはアベルが俺用に拵えたモンなんだからな」


 なつめは大剣を肩に乗せ、不敵に笑った。


・2・


零火れいかさん、須佐之男スサノオの権能って……」


 さきほどの大地をも一瞬で凍てつかせる氷。そして空間切断能力。

 それだけではない。御巫みかなぎの里で刹那が初めてシャルバと出会った時には封印術の破壊、そして魔力増強まで見せたこともあった。どうも須佐之男スサノオの持つ力には。その上幅が広すぎる。

 刹那の考えを察したのか、零火れいかは頷いた。


「あれは神殺しの剣。悪神百鬼を祓い、その力を喰らって己のものとする」


 斬ったものを吸収し、その能力を簒奪する。

 元々ワーロックが持つ殺した対象の魔力を奪う性質と、英雄から知恵者にいたるまで様々な一面を持つ須佐之男スサノオが混ざり生まれた新たな権能そくめん

 それが魔遺物レムナント――須佐之男スサノオ

 零火れいか須佐之男スサノオとの斬り合いを可能な限り避けていたのは、伊弉諾いざなぎの力を奪われないための策だったのだ。


「眷属としてアベル殿と共に旅をする中で、なつめ様は100を超える神や妖霊をあの剣で切り伏せてきました。その力の全てがあの剣には内包されています」

「それって……つまり須佐之男スサノオの能力って100種類以上あるってこと!?」


 話を聞いた燕儀は思わず声を上げていた。驚くのも無理はない。今まで彼女たちが目にしてきた魔具アストラ伊弉諾いざなぎを含めいずれも埒外な能力ではあったものの、その権能は一つ、ないしは二つのものが常だった。そこに来てこの須佐之男スサノオはその枠を著しく逸脱しているのだから。


「しかしそれはあの魔人とて同じこと。須佐之男スサノオ同士の斬り合いでは権能を奪われることはないかもしれませんが……」


 決め手に欠ける。彼女はそう言いたいのだろう。なにせ自分が使える力は相手も同様に使えるのだから。もしも勝機があるとすれば、それは相手が発動した能力の弱点を有した力で対抗するといったジャンケンゲームくらいだろう。


須佐之男スサノオの扱いでなつめ様が引けを取ることはないでしょう。ですが純粋な剣技だけならあの魔人の方が一枚上手うわて。おそらく、私よりも……」


 御巫の長い歴史の中で、後にも先にも御巫零火みかなぎれいかを超える退魔士はいないと言われている。その彼女に自分より強いと言わせるほどの実力をシャルバは持っている。


(私たち、あんな化け物を倒さないといけないの……)


 いずれ挑まなければならない『最強の剣』と『最高の技』を併せ持つ剣士を前に刹那は息をすることも忘れ、見入っていた。

 だってそうだろう?

 ここはあくまで夢の世界。現実に戻ればもう、零火れいかなつめもいないのだから。


・3・


(……チッ、埒が明かねぇな)


 氷には炎。雷には土。闇には光を。

 須佐之男スサノオの権能で多彩な攻撃を繰り出すシャルバに対し、なつめもまた須佐之男スサノオで応戦する。

 剣と技。総合的な実力はここまでほぼ互角と言ってもいい。だがなつめはある違和感を感じ始めていた。


「テメェ、俺の知らない力を……」

「さすがに気付いたか。いかにも。80年前、斬姫の封印を破ったあの時から私は一日たりとも研鑽を怠ったことはない。詰まる所、殿だよ」


 直後、剣を構えたシャルバが二人に分身した。


「ッ!?」

「知っているかね? 自分と瓜二つの人間が存在するという伝承を」


 さらに一人、気配を消してなつめを背後から襲う。


「ぐ……ッ!?」

「知っているかね? 死角より主に襲い掛かる哀れな人形の怪異譚を」


 傷は浅い。だが背中に一太刀受けてしまった。


「ホッホッホ、知らないだろうさ。何せ後の世で人間が信じて止まぬ戯言なれば!」


 なつめも知らない力を披露したシャルバは楽しそうに笑う。


「だが人間の持つ言霊は実に興味深い。単体では全く意味をなさないが、集まればそれなりに意味を持つ」


 斬っても斬れないものを斬る力。数ある須佐之男スサノオの権能の中にはそんな力も存在する。

 斬れないもの。例えばそう、人々が本能的に怖れを抱くものなどがそれにあたる。実在しないと頭では理解していても、心の底ではその存在を信じて止まない。そんなある種の好奇心や欲求が長い時を経て受け継がれ、広がっていくと、そこには微弱な力が生じる。


「なるほどな。その概念をぶった斬って須佐之男そいつに喰わせたってわけか」


 一つ一つは取るに足らない小さな力。だがそんなものは使い手の力量でどうにでも化ける。事実、シャルバは『背後を取る』というただそれだけの能力で拮抗状態だったなつめに一太刀を浴びせた。


「まぁそれだけではないがね。貴殿も知っての通り、魔獣は外の世界からやって来る。つまりそれは外にはまだ見ぬ強者えものがいるということだ」

「!?」


 この世界の神霊妖魔の類はアベルの手でほぼ死滅した。残ったものも時が経てばやがて朽ちて消えていくだろう。だが世界の外側はその限りではない。元より人智の及ばぬ領域だ。

 須佐之男スサノオの権能によって空間を裂いて移動できるシャルバは好きな時に好きなだけ、そんな無限に広がる外の世界を渡り歩くことができる。無限に戦い続ける事ができる。そしてその数だけ強くなる。

 それをこの80年、彼は休むことなく繰り返してきた。


「テメェ……いったいどれだけ斬ってきやがった?」

「そうさな。何分なにぶん私にとっては食事と変わらない行為だ。数えるなんてことはしてこなかったものでね」


 シャルバが剣を薙ぐ。

 するとそれに呼応するように、内包された幾万の怨嗟がドス黒い魔力となってその刀身を激しく燃え上がらせた。

 その悍ましき『黒』は数多のちからを際限なく、貪欲に混ぜ合わせた成れの果て。ある意味一つの到達点と言ってもいい。


「こいつは……ッ!!」


 もはや魔人の持つ『それ』は、なつめの知る須佐之男スサノオではない。







100







 完全に別物の神剣――いや、魔剣と成り果てていた。

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