第93話 氾濫する理想 -Overflow-

・1・


『Fall Over ......』


 静まり返った世界に耳障りな電子音だけが反響する。

 完全に闇に包まれたユウトの姿は消え、黄泉醜女よもつしこめたちは周囲を警戒し始めた。


「……ッ!!」


 次の瞬間、十数体を超える黄泉醜女よもつしこめの体が消し飛んだ。


(何……ッ!?)


 それはあまりにも一瞬の殺戮。神凪滅火かんなぎほろびは思わず言葉を失う。


(何だ、あの姿は……)


 黄泉醜女よもつしこめたちの中心にそれはいた。


 黒い魔道衣オルフェウス・ローブ


 滅火が持つ吉野ユウトの情報にあんなものはない。

 見た目はユウトが理想無縫イデア・トゥルースを発動した時に纏う蒼銀のローブと非常に酷似しているが、その色はまるで墨で染めたように漆黒へ転じ、仮面のような物で表情は隠されていた。身に纏う魔力は視認できるほど濃く、歪で禍々しい。少なくとも力を失う前のユウトと同等、あるいはそれ以上のドス黒いオーラを放っていた。


「……」


 一瞬にして大量の黄泉醜女よもつしこめを屠ったユウトの左手には、そのうちの一体からもいだ鬼女の頭部が握られていた。普段の彼からはおよそ想像できない残虐性。それを見た鬼女たちは本能的な恐怖を感じたのか一歩後退る。


「……ぐ、ぎッ!」


 ユウトの手の中で不気味な音が鳴る。頭だけになった黄泉醜女よもつしこめは死んでいなかったのだ。失った首から下の肉体は徐々に再生を始めていた。

 この空間において、彼女たちが死ぬ事はない。それはすでに滅火が実証している。どんなに致命的なダメージを負おうと、体をバラバラに引き裂かれようと必ず蘇る。


「……」


 しかしそれでもユウトに反応はない。驚きも焦りもまるで感じられない。人間とは到底思えない程の機械のような無機質さ。今の彼にあるのはそれだ。


「ぐ――ga、gaguhj?!!――」


 突如、ユウトに頭部を掴まれている黄泉醜女よもつしこめの様子が変わった。意味不明な呻き声を上げながら彼女の再生はピタリと止まる。それどころか再生中だった肉体は徐々に崩壊を始めていた。


黄泉醜女よもつしこめの様子が……ヤツは何をしている?)


 やがて黄泉醜女よもつしこめの頭部から誰かしらに見えていた人間の容姿は失われ、ただの黒い物体へと成り果てた。ユウトは頭部だったそれを投げ捨て、左手を前に伸ばす。


『――E?%c#l?i_/p,s$&e』


 耳障りな電子音が鳴り響くと、ユウトの手のひらに黒いメモリーが現れる。それはかつて彼が遠見アリサから生成した魔法だ。そしてメモリーから泥のような黒い魔力が溢れると、それは弾丸のような速度で急激に伸びて一度に全ての黄泉醜女よもつしこめたちの心臓を貫いた。


「まさか……情報まりょくを抜き取っているのか?」


 滅火の言葉通り、心臓を貫かれ悶え苦しむ鬼女たちからは先程同様に次々と人間らしさが失われていき、誰でもない黒い人影へと変わっていく。対してそれに呼応するようにユウトの手のひらに浮かぶアリサのメモリーがひび割れ、その内側から銀色の結晶が溢れ出した。


「……」


 結晶は際限なく成長を続け、全ての黄泉醜女よもつしこめが黒い人影に変わる頃には巨大な一つの球体が完成する。球体は尚も絶え間なく蠢き、やがて翼を持つ馬にも見える『何か』へと姿を変えた。


『Overflow』


 そしてその『何か』が咆哮した次の瞬間、黄泉醜女よもつしこめは一匹残らず消失する。彼女たちが持つ、この世から完全に。


・2・


「あれを、殺したのか……?」


 死の概念が存在しない敵を完全に消滅させた。それも一方的に。

 いくら外神機フォールギアを使ったとはいえ、魔具アストラも持たないただの人間である今の彼がここまで規格外の力を呼び出せるはずがない。あるいは――


「これが魔道士ワーロックの……」

「……」


 その時、全ての敵を殲滅したユウトがゆっくりと滅火の方を向いた。


「……ッ!!」


 悪寒が走る。

 刹那、ユウトは真っ黒な地を蹴り彼に迫った。目にも止まらぬ速さで滅火との距離を詰め、彼の首を掴んでそのまま50mほど後ろに引きずる。そして思いっきり地面に叩きつけ、バウンドした彼の体に間髪入れずに回し蹴りを喰らわせた。


「ぐっ……あ……!!」


 鈍い痛みと共に滅火は理解する。次の標的ターゲットは自分なのだと。

 おそらく今のユウトにとっては目に映るもの全てが破壊の対象なのだ。本人の意思とは関係なく。


「……ッ、面倒なヤツだ!」


 だがここでのうのうと殺されるつもりはない。というよりそもそも滅火にとってユウトは海上都市へ辿り着くための道具でしかない。遠慮する理由はない。


「少し痛い目を見てもらおう」

「……」


 滅火の左腕が青い光を放つ。カインと同じ外理カーマ。だがその能力は彼と全く同じというわけではない。


「ハッ!!」


 滅火が左腕を振るうと、周囲から赤い氷や黒い炎といった見たこともない属性が次々と撃槍となってユウトに襲い掛かった。だが――


「何!?」


 それら全ては一瞬にして消滅した。先の戦いでユウトが生み出した魔法の獣が全てを問答無用で無力化したのだ。


「魔法そのものが意志を持っているのか!?」


 もはやこれは吉野ユウトの魔法――理想写しイデア・トレースの範疇ではない。信じられないが魔具アストラ同様、彼の魔法は外神機フォールギアによって別の何か変質している。

 滅火は外理カーマの左腕を使い、今度はユウトの背後から撃槍を射出する。


『Overflow』


 しかし天馬のような姿をした『何か』はその形を一度崩し、瞬時に彼の背後で体を再構築してそれを防いだ。

 対してユウトはそれには目もくれず、滅火に向かって一直線に襲い掛かる。


(なるほど……そう動くか)


 普通の人間では考えられない速度と正確すぎる連撃の嵐。滅火はそれらをギリギリのところで受け流しながら、ユウトの動きを注意深く観察する。上空から戻ってきた天馬が彼を狙うが、滅火は再度左腕を振るって死角からユウトに撃槍を放つ。すると天馬はまた形を崩し、吸い寄せられるようにユウトの盾となった。

 それでいい。


「……ッ」


 僅かだが初めてユウトが反応を示す。

 ここまでの戦闘を鑑みて、ユウトによって生み出された天馬はより脅威度の高い攻撃に対し優先的に反応する傾向が強い。

 そして天馬が彼から離れたこの一瞬のみ、絶対無効化能力は働かなくなる。


「遅い!!」


 掬い上げるように黄金のオーラを纏う滅火の左腕が狙うのは、ユウトの籠手に刺さった漆黒の短剣フォールギア――ティルヴィング。

 すれ違いざまにこの歪な力の根源を掴んだ彼は、そのままそれを思いっきり引き抜いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る