第92話 破滅の刃 -Tyrfing-
・1・
——
光が存在しない闇だけの世界。
ありきたりだがこれ以上に適切な表現が見つからない。
「ここは、
何もない。黒一色の夢。
距離、方向、さらには本来不可逆であるはずの時間でさえ、ここでは真っ当な意味を失う。そんなこの世ならざる空間も吉野ユウトにとっては覚えのある場所だった。
「さすがに
ユウトと共にこの世界に足を踏み入れた
「そろそろ聞かせてくれ。どうして
「……」
答える義理はない。そう返されることは百も承知だったが、しばらくして彼は眼鏡のブリッジに指を軽く押し当て、こう答えた。
「私の連れがあの場所にいる。おそらくはお前の仲間が道を開いた時に入り込んだのだろう」
カインが
「彼女を見つけ、連れ帰る。そのためにお前を利用している。それだけだ」
「……」
「何だその顔は?」
予想していた答えとまるで違ったからか、思わず驚きの表情を浮かべていたユウトを滅火は訝しむ。
「あ、いや……あんたはあの
滅火がユウト達にとって敵であることは間違いない。事実、彼はバベルハイズで起こった一連の騒動の裏で糸を引いていた黒幕の一人だった。
しかしそんな悪党でありながら、不思議と彼からは悪意というものを感じない。それこそ
「否定はしない。だがその言葉は正確ではない。我々は神凪の名を有する『同士』であっても『同志』ではない」
神凪滅火と神凪明羅とでは最終的に目指す場所が違うということなのだろうか? もちろん、彼の言う事が全て正しければの話だが。
「止まれ」
「ッ!?」
突然、滅火はそう言ってユウトを制止する。ユウト自身も彼に言われるより先に肌を撫でるような妙な違和感を覚え足を止めていた。
「何か……いる」
本能を直接刺激する、背筋が凍るような気配。
まるで恐怖をそのまま具現化したような『ソレ』はユウト達の正面――真っ黒な地面から湧き出した。
「……みか、げ?」
目の前に現れたのはここにいるはずのない人物。
・2・
「吉野ユウト、気を抜くな」
「あ、あぁ……」
目の前にいる御影は本物ではない。
頭では分かっている。それでも気持ちは別だ。特にあんな別れ方をしてしまった直後に彼女を前にすれば、動揺するなという方が無理な話だった。
「……」
言葉はなく、代わりにカチカチと不気味な音を立てながら御影の姿をした黒い何かはユウト達にゆっくりと迫る。
「どう見ても友好的には見えないな」
「おそらくは
「よりによってどうして御影の姿で……」
「ッ!? なるほど、そういう絡繰りか」
ユウトのその言葉で滅火は何かに勘付いたようだ。
「何か分かったのか?」
「『アレ』は見る者によって姿形を変えるようだ。ここが
どうやら滅火には全く違う人間に見えているらしい。吐き捨てるような言葉に混じる強い憤りは、その人物が彼にとって大きな存在であることを示しているのだろう。
「仕方ない。ここは私が受け持とう」
ワーロックの力を失ったユウトは戦力として数えられない。それを理解してか、滅火はユウトの前に立つ。そして左腕を横に伸ばすと、その指先から青白い光が皮膚を裂き、見覚えのある異形の腕が姿を現した。
「その腕……ッ!? 何であんたが!」
カインの右腕――
直後、青い光が強まり数体の
「死の概念が存在しないのか。厄介だな」
「うわッ!?」
突如、気配を殺して近づいてきた一体がユウトと滅火の間に割って入った。ギリギリで避けることはできたが、二人の距離が一気に開く。
さらに間髪入れずに滅火の背後を取った二体の
「ぐ……ッ」
「滅火!」
吹き飛ばされた滅火のポケットから何かが転がり落ちる。カラカラとやけに反響する音を立て、それはユウトの足元でピタリと止まった。
「これは……ッ」
それは歪な形をした黒い腕輪――
見る者を
「ッ!? 馬鹿な事を考えるな! 今のお前にその力は扱えない!!」
だがユウトにその言葉は届かない。まるで呪いのような不可思議な力がそれを許さないのだ。
「……」
その時、ユウト以外の世界が静止する。
滅火の声はもちろん、
(これがあれば……俺はもう一度、戦える)
恐る恐る、ユウトは腕輪に手を伸ばす。
目の前にあるのは、今のユウトに最も必要な『力』だ。掴めば本来選べなかった新しい選択肢に手が届く。
(みんなを、助けられる……ッ!?)
しかし指先が腕輪に触れる寸前、ピタリとその動きが止まった。
ユウトの脳裏にあの時の御影の泣き顔がよぎったからだ。彼女が初めて見せたあんな顔。その意味が分からないほど彼は馬鹿ではない。だからこそ、このタイミングで躊躇してしまった。
(それでも、俺は……ッ!!)
頭の中にあるもの全てを振り切るように、今度こそユウトは
直後、腕輪はユウトの手の中で激しく発光する。さらにその光は周囲の
「何!?」
それは滅火にとっても予想外の現象だった。今まさに
やがて光は収束し、ユウトの手の中で腕輪は新たな形を得た。
「これは……短剣?」
黒い刀身に黄金の装飾が施された短剣。
依然、禍々しいオーラを纏う危険な力であることに変わりはないが、何故だかそれはひどくユウトの手に馴染む。まるで彼のためだけに拵えられた業物とでもいうように。
「どういう事だ?
正直なところ、ユウトにも何が起こったのか全く分からない。だがふと、バベルハイズでのライラの言葉を思い出した。
『力そのものを失ったのではなく、何らかの理由で封じられている可能性はありそうですね』
もしあの推測が真実なら、まだ
(あの時は出せなかったけど、今なら――)
ユウトは左手に意識を集中させ、いつものように籠手を呼び出す。
「出た!」
思った通り、
しかしユウトに焦りはない。次に何をすればいいか、言われずとも分かっていた。
「こいつを使えって事か」
彼は籠手をスライドし、メモリーの装填口を露出させる。そしてそこに黒の短剣を突き刺した。
「……ぐっ、ああああああああああああああああああああ!!」
激痛が全身を駆け抜け、徐々に意識が堕ちていく。視界は赤く染まり、胃から喉にかけて熱い何かが込み上げてきた。それは咆哮となってユウトの口から解放される。
『
淀んだ電子音が響き渡った次の瞬間、
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