第91話 懸隔する世界 -The same scene, but not the same-
・1・
タカオと飛角は人目を忍ぶために路地裏の暗がりに場所を移し、お互いの情報を交換することにした。
「なるほど、そっちはかなり面倒な事になってるんだな」
「ホントだよもう……まぁたぶん、私の
肘をついた手のひらに顎を乗せ、飛角は深く溜息を吐いた。
さらに彼女の話では、どうやらこの世界における飛角の立ち位置はタカオのそれとは全く違うという。彼女の姿が今より3年後――つまり現実と同じなのはそれが理由だった。
「この世界に飛角は2人いる、か」
「『過去の私』と『今の私』。本来なら私もタカオと同じように前者に記憶が継承されるはずだったっぽいけど、どうやら私の魔法が
飛角の魔法は本来目に見えない魔力のような霊的な存在を直視及び触れることができるというもの。触れることができるという事はその手で破壊、あるいは干渉することも可能になる。彼女はその能力を利用してあらゆる魔法を無効化することができる。
そんな彼女が
「けどそうなるとこれからかなり動きにくくなるよな?」
「だね。そろそろこっちの私が動き始める頃合いだ」
こっちの世界で今は10月中旬。
ちょうど研究所から抜け出した飛角とロシャードがユウト達と遭遇し、二人を狙う
問題なのは表舞台に過去の自分が出てくるという事。
そうなると異物である今の飛角には大きな『制約』が課せられる。
「もし『過去の私』と『今の私』がお互いを認識したら……」
「弱い方が消える、か」
一つの世界に同一の魂が共存することは許されない。
もしそれが観測された場合、存在の弱い者が世界から排除される。
これは
「十中八九まだ不安定な『過去の私』が消えるだろうね」
どう考えても過去の自分より、ユウトの眷属になった今の飛角の方が強い。そしてもし、過去の自分が消えた場合――
「最悪、現実に戻ったら私という存在そのものがなかったことになるかもしれない」
実際、どれほどの影響があるかは分からない。それこそ
「ところで他の連中はどうしてるんだ?」
「あぁ、そうだった。そっちも説明しないとね。私が見る限りまだ刹那と燕儀に変わった様子はない。お前みたいに記憶を引き継いでるなら何かしら動きを見せるだろうさ。で、レイナなんだけど、こっちは少々厄介――」
「……タカオ?」
その時、二人以外の何者かの声が暗闇の奥から聞こえてきた。
「ヤバ……ッ!」
飛角はその正体にいち早く勘付くとすぐさま持っていたフードを被り、反対側の暗闇へと消えていった。
「ミズキ? 何で……」
「やっぱり。アンタの声が聞こえたような気がしたのよね」
入れ替わるように暗闇から現れたのは買い物袋を両手に持ったミズキ。どうやら買い物を終えて戻る途中だったようだ。
「……こんな所で何やってんの?」
「え、いや~何ってその……」
「今誰かそこにいなかった? 女の人」
「いないいない! ハハハ、ソンナワケナイジャーナイデスカー」
「……」
動揺するタカオにミズキは不審そうな視線を送る。しかし幸い、この暗さのおかげで飛角の顔は見られていないようだ。
「……本当に?」
「……ッ」
ゴクリと唾を呑む。
ミズキの魔法は他者の思考を読む。だがその力で一度居場所を失った彼女が安易に心を読まない事をタカオは良く知っている。とはいえ――
(俺の嘘下手すぎ……ッ!)
咄嗟の事とはいえ、自分でもびっくりするくらい下手だ。それに妙に胸がざわつく。これでは魔法を使わなくても隠し事してますと言っているようなものだ。
「…………そう、まぁそれならいいわ」
「え……?」
しかし彼女は思いの外あっさりと引き下がった。
「それより荷物持って。その……ちょっと重いし」
そう言ってミズキは視線を外しながら右手に持った袋をタカオに突き出す。
「あ、あぁ……お安い御用で」
「ありがと」
気まずい……とはまた違う妙な空気が二人を包み込む。何も変わらない、いつも通りの二人の時間だ。でも3年前の今ではこんなことはなかったと思う。
そう感じるのはきっと、彼女を見るタカオの目が
「あー、そろそろ戻るか? ガイを待たせちまう」
「……うん」
だが、悪くない。
あの時は考えもしなかった――しかし確かに存在したこの時間をタカオは噛みしめ、二人で静かな夜を歩く。
・2・
――翌朝、午前8時45分。
「ふぁ……うぅ……むにゃむにゃ」
携帯端末からけたたましく鳴り響くアラームに前後不覚に陥った右手が動く。
「もう朝……って、9時!? あわわ……学校遅刻しちゃう!!」
最初の授業が始まるまで残り15分。
朝一で訪れた本日最大のピンチに思わず飛び起きた少女は中学の制服に着替えながら、前日にコンビニで購入しておいたおむすびを頬張る。そうして5分で支度を済ませた彼女は学生寮から一目散に走り出した。
「ハァ……ハァ……、まだ大丈夫。こんな時のために近くの学生寮を選んだんだもん!」
寝ぐせで髪が若干乱れているのは年頃の乙女として気になる所だが、この際後回しだ。教室に着いてから直す。
それに足の速さにはそれなりの自信がある。全速で走れば間に合うはず。
「近道使えば5分で――きゃっ!?」
しかし建物の角を曲がったその時、少女は不運にも誰かとぶつかってしまった。
「いたた……すみません、お怪我はないですか?」
周囲を気にせず全速力で走っていた自分の落ち度だ。少女はすぐに謝罪する。
「……」
「?」
だがぶつかった相手から返答はない。それどころか鋭い目つきで少女を見ていた。
「……えっと……その……」
「悪い。俺も不注意だった」
灰色の髪をした青年はようやく口を開く。そして尻餅をついた少女に包帯を巻いた右腕を伸ばした。
(うわ包帯グルグルだ……怪我してるのかな?)
それにしては痛がる素振りはない。そんな事を思いながら青年の手を取った少女は優しく引っ張られ立ち上がった。
「あ、ありがとうございます」
一言お礼を言う少女。そんな彼女の顔をやはり青年はジッと見つめていた。
「あの……どこかでお会いしましたか?」
「いや、人違いみたいだ。それより急いでたんじゃないのか?」
「うげっ!?」
ヤバい! 遅刻する!!
そんな言葉が少女の思考を塗り潰し、気付けばまた走り出していた。
それから数分。
時間などもはや見ていなかったが全力で走り、息も絶え絶えの状態で少女はようやく教室の扉を開く。
「間に合――」
「残念、遅刻だ。バーンズ、後で職員室に来るように」
「……はい」
かくして少女――レイナ・バーンズの一日は最悪の展開から幕を開けた。
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