第90話 あの日をもう一度 -Again and Against-
・1・
「……オ」
(……あれ……?)
暗闇に閉ざされた
(……ここ、は……)
どうやら今度は本当に意識を失っていたらしい。やや倦怠感の残る体を起こした次の瞬間、
「タカオ! さっさと起きなさいッ!!」
「うぼげぁッ!?」
背中に強烈な痛みが走る。完全な不意打ちでタカオは思わず変な声が出てしまった。
「つ~……ッ。せ、背中が……」
「さっさと立って。店開けるんだから」
「……店?」
背中を叩いた張本人――
「アンタ……まだ寝ぼけてんの?」
「その手は何ですかね? ちゃんと目ぇ覚めたから下ろしてください」
真顔で平手打ちの構えを取るミズキに対し、タカオは宥めるようにそう言った。
「店って言ったら『シャングリラ』しかないでしょ。あと3分で開店時間なんだからシャキッとしてよもう」
「シャングリラ……ってことはここは」
過去。3年前の海上都市イースト・フロートということになる。
さらにその事実を裏付けるように、左腕を見ると当時はめていた銀色の腕輪――ルーンの腕輪もあった。
「なるほど……道理でミズキが若く見えるわけだ」
「あ゛ぁ?」
「すみません冗談ですすみません!」
聞こえていたらしい。完全に人を殺す目で射抜かれたタカオはすぐさま謝った。
「はぁ……馬鹿言ってないでアンタも手伝ってよ。ガイはもう表出てるんだから」
「あ、あぁすぐ行く。先行っててくれ」
タカオは片手を上げて返事をすると、勝手知ったるロッカーを開いて慣れた手つきで仕事着に着替え始めた。
(どうやら間違いねぇみてぇだな。俺は戻ってこれたらしい)
正確にはここも
「まぁ細かい事は今考えても仕方ねぇ。まずは仕事がてら情報探ってみるか」
一緒に来た他の連中も見つけなくてはならない。もちろんそれもあるが、今のタカオは早く店に出たくて仕方がなかった。
・2・
「もう……ダメ……」
朝の元気はどこへやら。タカオは閉店と同時にボロ雑巾のようにくたびれた体をカウンターに投げ出していた。
「お疲れ」
「うぃー」
バーテンダー風の服を着た青年――ガイはそんな彼の前に氷の入った水を置いた。タカオは迷わずそれを一気に飲み干す。
「ぷはーッ! 生き返るー!」
そんな彼の表情を見て、ガイは少しだけ口元を緩めた。長い前髪が目元を覆い表情が読みづらいが、それくらいの機微はタカオなら難なく理解できる。
「……なぁ、ガイ」
「ん?」
ふと、タカオは彼の名を呼んだ。ガイは洗い物の手を止めずに返事をする。
「お前……ちゃんとガイだよな?」
「ごめん、言ってる意味が分からない」
当然の返しだろう。十中八九自分でもこんな質問されたら同じことを言う。
「悪ぃ、忘れてくれ」
「わかった」
彼は素直に頷くと、すぐにまた片付けに集中し始めた。
(ちゃんと『ガイ』だよな……か)
改めてタカオはガイを見る。
見た目はパッとしない長身の青年だが、その正体は人間ではない。
とある別世界で生まれた呪いの総体。世界一つ分の人の悪意がまるまる一点に集約したことで受肉した邪龍、ワイアーム。数多の平行世界を滅ぼす命あるもの全ての敵だ。
だがだからと言って今の彼が危険かというとそうではない。
ガイはこの世界にやってきた折に、過去の記憶を失っている。
今の彼の人格は間違いなく『ガイ』という人間のもの。タカオはそんな彼を唯一無二の親友だと思っているし、その考えは今もなお揺らがない。
しかしこのまま行けばそう遠くない未来、彼は本当の自分に気付くことになる。そしてタカオはそんな彼と戦わなければならない。文字通り、世界を救うために。
(どうすっかなぁ……)
再びガイを目の前にした時、タカオは柄にもなく泣きそうになった。しかしすぐにある問題に直面することになる。
本来の世界線では彼は決死の末ワイアームを下し、もう一度共に歩むと誓い合うまでに至った。しかしそれも束の間、ワーロックに進化したシンジの圧倒的な強さに歯が立たず、ガイの犠牲で生き延びた。
(俺も、コイツも、揃って生き残る最良の未来……どうすればそいつを手繰り寄せられる?)
壁になるのはやはりワーロック化したシンジ。
あの戦闘狂を正面から打ち倒す必要がある。実際、最後には勝ったとはいえ、それはあの時、あの瞬間、様々な奇蹟が重なったからこそ。まぐれもいい所だ。
元々明確な作戦はない。それでもここに来れば何か思いつくと踏んでいたが……、
「あぁーもうッ! 考えても全ッ然分かんねぇ!」
「……!?」
急に立ち上がって唸り始めたタカオにさすがのガイも驚いた様子だった。
「わ、悪ぃ。ちょっとばかし考え事をな……外で頭冷やしてくる」
「了解。もうすぐ買い物からミズキも戻る。あまり遅くならないように」
「あいよ」
そう言うとタカオはシャングリラの扉を開き、明かりの少ない夜の闇へと繰り出した。
・3・
海上都市イースト・フロート。
その中でも『はみだし』と呼ばれる開発放棄区画にタカオたちは店を構えている。近未来的な都市部と違い、ここにはそんな華はない。大通りに人影は少なく、明かりも消えかかっている。おまけに一歩裏道にでも入ろうものなら後ろ暗い商売のオンパレードだ。正直言って治安はめちゃくちゃ悪い。
それでも昔に比べればだいぶマシになった方だ。
タカオが中心となり立ち上げた自警団シャングリラ。
主目的はルーンの腕輪を使って不定期に現れる魔獣から人々を守ることだが、はみだしの治安維持にも一役買っている。主だった通り道には魔法が使えるメンバーが巡回し、働いている者も何かあった時のために目を光らせている。そうやって最低限の治安を勝ち取っているわけだ。
「今考えてみると相当ぶっとんでるよな、この街」
「ほんと、今更だね。でもそれが私らの生きてきた世界じゃん?」
「ッ!?」
急に聞こえてきた声にタカオの背筋は凍り付く。すぐさま声の方向を向き、魔法を発動して構えた。
「……誰だ?」
「ん? もしかして私が知ってる皆城タカオじゃない? おっかしいなぁ、今日一日ずっと観察してたんだけど」
「今サラっと怖い事言われた気がするけど……新手のストーカーか何かか?」
廃ビルと廃ビルの間。闇の中から姿を現したのは髪の長い女性だった。タカオはすぐにそれが誰かを理解する。
「ひ、飛角!?」
「久しぶり、新手の美人ストーカーです♪ ま、冗談はさておき、この時点で私を知ってるって事は間違いないみたいだね。いやぁよかったよかった」
だが
その服装はこの夢の世界に来る前のもの。つまり――
「待ってたよ、タカオ」
今から3年後の飛角だった。
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