第87話 黄泉の案内人 -The world in the her belly-
・1・
——ポチャリ。
滴り落ちる水の音が聞こえた。
「……ッ、ここ、は……」
まず最初に目を覚ましたのはカインだった。
あたりを見渡すと一緒に
「おいレイナ、起きろ」
彼は一番近くで倒れていたレイナの肩を軽く揺すった。
「ふにゃむにゃ……エヘヘ、隊長ぅ……もう食べられないですよぉ〜」
何ともステレオタイプな夢を見ているらしい彼女は幸せそうな表情でうっとりしている。正直、こんな状況でもリラックスできる彼女をカインはたまに恐ろしく思う。
「さっさと起きろ」
「あだっ!? な、何!?」
生半可な刺激では起きないと判断したカインが右手でデコピンすると、突然の痛みにびっくりしたレイナはすぐさま飛び起きた。
「ありゃ? 私らいつの間に……」
「……ッ、まんまとしてやられたみたいね」
彼女の叫び声で飛角や刹那を始め、他の面々も次々と目を覚ました。
「
「いつの間にか全員おねんねしてたってことか?」
燕儀やタカオの言うように、カインが切り開いた
「ここ、どこかで……」
全方位黒一色。しかし各々の姿だけははっきりと見えるこの不可思議な空間に刹那だけは覚えがあるようだった。
「気を抜くな。ここはもう
いつの間にか刹那の横で少年の姿に具現化した
「あんたまた勝手に……まぁいいわ。とにかくこっちの目論見通り侵入成功ってことでいいわよね?」
「うむ。まぁ『囚われた』と言った方が正しいかもしれんがな」
刹那の言葉に頷きながら、しかし
「女の、子……?」
そこには白装束の何者かが佇んでいた。
「余の妻、
「んー、どういう意味?」
どこか含みのある
「前にも説明しただろう? 余やあれを含め、
おそらく彼があの
「何にせよ人の形で現れたって事は、俺らと口を利く気があるってことでいいんだよな?」
「……」
YesともNoとも答えない
「おいガキ、さっさと――」
「ちょ、カイン!? 待ちなさい……って、は?」
しかしそこで、彼を止めようと伸ばした刹那の手が止まる。
「……ッ!?」
刹那達の前を歩いていたはずのカイン。
しかし気付けば彼は最初の位置に戻っていた。
「え、えぇッ!? 今、カイン君まっすぐあの子の方へ歩いて行ったよね!?」
レイナが言うように他の者達も全員、カインが少女の姿をした
「言ったはずだ。ここは『腹の中』だと」
「……上等だ。どっちが上か分からせてやる!」
カインは左手に腕輪の形状で装着した二つの
「ッ……!?」
だがまたしても
「姉さん、これって……アレ、よね?」
「うん。たぶん海上都市で
ワーロックさえも手玉に取った確率操作能力。とある原因に干渉し、その結果を思うままに書き換える権能だ。
「当然だな。元よりあの男は
「えーっと、つまり……」
「
そんな彼女に飛角はお手上げといった様子で両手を上げて補足した。
「………………
しかし思ったよりも早く彼女の次のアクションはやってきた。
「ッ……!!」
次の瞬間、
「……私の伴侶……私の愛……やっと……迎えに、来てくれた?」
「な……ッ、おい! は、離せ!!」
無表情かつ感情の枯渇した真っ黒な瞳で急に言い寄られ、
「
黙って
「主様、こやつは正気ではない! 話など――」
「……いいよ」
ポツンと消え入りそうな小声、しかし確かにこの場の全員にその声は届いた。
「え……いいの?」
「随分とあっさりOKくれたなぁ。ちょっと拍子抜け。まぁ、話が早くて助かるけどさ」
「うーん、それが逆に怖いって思っちゃうけど……」
楽観的な飛角とは対照的に燕儀は眉をひそめた。
「思い浮かべて……欲する場所を」
細く、白い指先で白い少女は道を示す。どうやらこの先に行けということらしい。
「分かったわ。ありがとう」
刹那は小さく微笑み、白い少女に礼を言った。しかし立ち上がろうとした彼女のコートの裾をその少女が掴む。
「ここに、置いていって」
「えーっと、何を?」
「私の……伴侶」
「な……ッ!?」
「って言ってるけど?」
「た、たわけッ!! 余が主様の手から離れるなど――」
「置いていって」
「……困ったわね」
「別にいいんじゃねぇか?」
迷っている刹那にカインがこう説明した。
「今は俺の魔力で……つーかこの右腕の力を使ってこの空間は構築されてる。だから俺が魔力の供給を切れば
「うーん……」
「小僧ふざけるなよ!? 何故余がそんな事を――」
刹那はしばらく顎に指を当てて思案する。その間も
「よし分かった。置いていきましょう」
「主様!?」
「後でちゃんと迎えに来てあげるから。留守番、頼んだわよ?」
そう言って軽くウインクしてみせた刹那は腰に差した刀を抜き、白い少女の両手にそっと置いた。
「……ありがとう」
ずっと無表情だった
「じゃ、行ってくるわ」
「主様!」
「文句なら聞かないわよ? 今はこれしか方法ないじゃない」
「違う。よもやこうなっては仕方がない。余も腹を括ろう。例え余の力が失われようとも、主様の強さを疑いはしないさ。だが――」
・2・
「行ったか」
刹那達一行が
「私の愛……一緒、嬉しい」
「言っておくがお前のその感情はただの残り香にすぎん。かつての在り方を模倣するだけの存在を余は認めん」
「?」
くっつく少女を引き剥がし、
「……まぁいい。それより一つ聞きたいことがある」
「……何?」
「いつまでそのくだらん茶番を続ける気だ?」
「……茶番?」
「とぼけるな。確かにお前はかつての
おそらく彼でなければ気付けないほんの些細な事だった。ただ在り続けるための機械ではない。明確な感情を彼女は持っている。後にも先にもこの世で最も
彼女の悪意を。
「フフ……フフフ……」
「何がおかしい?」
次の瞬間、おままごとはこれで終わりとでも言うように白い少女の雰囲気が180度ガラリと変わる。白装束はまるで墨を染み込ませたように滲んでいき、彼女は恍惚とした表情を浮かべていた。
「いえ、
「責めはせん。だが控えめに言って最悪だな」
かつてより、この二神の間には致命的な溝が存在する。
片やその怒りで日に1000の命を奪うと謳った。
片やその哀れみで日に1500の命を創ると返した。
だが、今回ばかりは事情が違う。
「主様たちをどこへ
「さぁ? それは
「これは試練なのです。
「……」
沈黙は肯定と同義。
人間ごときが神を使うと大言壮語を吐くのだ。当然と言えば当然の道理だろう。
(全く……もう少し無垢な
幸い助言はした。
今更主を心配しても遅いし、する必要もない。
今できることはただ座して待つのみ。
再び口を開けたこの悪夢が終わるその時まで。
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