行間3-1 -見えない蜘蛛の糸-

 ――あの男の『過去いままで』を見た。


(黙れ! うるさい! 聞きたくない! その口を閉じろ!!)


 無慈悲に、そして容赦なく流れ込んでくる死の記憶じょうほうは少女の心を蝕み殺す。何度も何度も殺して生かす。


 ――あの男の『現在いま』を見た。


(近寄るな! 触れるな! 放っておいてくれ!!)


 何度振り払ってもどれだけ拒絶しても、それは執拗に体にこびり付く。絡み付いて離れない呪詛。『また殺したのか?』と彼女の中で生きる幾千のたましいが不協和音で責め立てる。


(私に触れればみんな死ぬ! 勝手に絶える! お前たちに私の苦しみが分かるものかよ!!)


 脳髄がはち切れるほどの激痛を誤魔化すために大口を開けて泣き叫び、腹の中の感情を叫喚と共に一滴残さず嘔吐する。


(消えろ……ッ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!)


 喜びも怒りも悲しみも、流れ込んでくるもの全部が痛い。等しく全てこの身を引き裂く凶器だ。

 誰も助けてくれない。誰も気付いてくれない。

 ならせめて――


(頼むから私の……私の中からいなくなれ!!)


 無駄だと知りつつも、そう願わずにはいられない。

 そうやってもう何度もこの地獄を味わってきた。


 なのに、


(……ッ)


 それはほんの些細な違いだった。傍から見れば誤差にも満たない。差異と認識することさえないだろう。しかし、この地獄の中にあり続けた彼女にとってはその綻びが特大の違和感に変わる。


(……何なんだ)


 ――あの男の『未来これから』を見た。


 そこには自分と……あの男が映っていた。

 ありえない。共にある事など不可能だ。厚顔無恥も甚だしい。

 なのに妙にどこか現実味リアリティのある幸福いやな夢。


(……何なんだよ、お前)


 彼は死の象徴を前に怖れる素振りを見せない。


(私に、殺されたんだぞ……?)


 彼は怨嗟の言葉を紡がない。


(全てを、奪われたんだぞ……?)


 さもそこに在る事が当たり前とでも言うように、彼は――


(なのにどうして……!!)

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