第77話 凍てつく刻(とき)の賢者 -The authority why missing it-
・1・
「私を……殺す?」
『肯定。これが現状における最善の選択です』
ミュトスの提示したそれは、とても受け入れることのできないものだった。
「ふざけるな……ッ! ライラを守るためにこの国を滅ぼす。それができなくなったら今度はそのライラを殺すだと? そんなの納得できるわけないだろ!」
『否。承認は不要。彼女の力は危険すぎる。人間にそれを御する事は不可能です』
ミュトスは自身の肉体たる
すると
「ッ!!」
ユウトはライラの手を振り解いて走った。近くにいれば彼女も巻き込まれる。
一歩踏み出す度に、体から熱が流れ落ちていくのが分かる。凍結した時空の影響で傷口が全く塞がらないのだ。如何にワーロックが超速再生能力を持つと言っても、時間そのものが停止しては意味がない。
(これが
永い時を経て、欠けた権能を補うために自ら進化を繰り返した神の残滓。
北欧の主神が本来持ち得ない空間凍結能力はその産物だ。
(だったら……一撃で方を付ける!!)
ユウトは左腕の
『Longinus』
彼の左腕に顕現したのは、蒼き焔を宿す螺旋の槍。神さえ穿つその槍は、ユウトが持つ全ての
『Longinus ......... Ultimate Bre——』
必殺の一撃を放とうとしたその時、突如ユウトの目の前からミュトスが消えた。
「な……ッ!?」
そして次の瞬間、彼の背中に光の一閃が走った。
「ぐあああああ!!」
「ユウト!!」
ものすごい速度で城壁に叩きつけられるユウト。敵が消えたと思ったその瞬間、背中を剣で斬りつけられていた。目で追いきれなかった、そんな次元の話ではない。これはまるで——
「……時間を……止めたのか?」
時空さえ凍らせる絶対零度の権能。文字通りその力で時間の流れを——いや、この世界そのものを凍結させたのではないか。そんなあまりにも常軌を逸した想像がユウトの脳裏をよぎった。少なくとも
「く……ッ!」
ユウトは左手に握る神槍を一度解除し、黒白の双銃剣に切り替える。
ロンギヌスは一撃必殺の奥の手。
『否』
ユウトの放った魔弾は掠りもしない。
『否』
引き金を引いた時にはもう、そこにミュトスはいない。
『否』
さらにミュトスの武器はそれだけではない。シーレ、そしてエクシア——天使の依代を核として得たヘファイストスの炎翼が滾ると、限りなく無限に等しい剣が天より降り注いだ。
「させません!」
膝を付くユウトの前にライラが立った。彼女は
「……うっ、きゃああ!!」
故に数秒と持たず結界は破壊される。
ユウトは衝撃で吹き飛ばされた彼女をなんとか抱きとめ、何重にも及ぶ盾の魔法を発動してなんとか剣雨を凌ぎ切った。
「ごめんなさい……」
「大丈夫だ。絶対にお前を死なせやしない」
とは言ったものの、状況が最悪を通り越しているのは誰が見ても明らかだった。そもそもミュトスを捉える手段がない。凍った時の中で動けるのはこの世で唯一ミュトスだけ。そんな絶望的な状況でライラを守りながら戦わなければならない。しかも刻一刻と力が抜けていく体でだ。
『吉野ユウト。ライラエル様を差し出してください。今あなたが保有する力でこのベルヴェルークを攻略する
「たしかに……そうなのかもしれない。けど、それで俺がはいと頷くわけないだろ」
『理解不能。この詰みの状況であなたにできることは何もない』
だがそれでも、ユウトの蒼い瞳はまだ光を失っていなかった。ここで諦めるという選択肢はない。そうやって今まで何度も絶望的な状況を覆してきたのだから。
(一度でいい。何とかしてヤツを捉えられれば……)
『この状況を打破する奇蹟が起こるとでも? 否。私の演算は奇蹟さえ予測の範疇。従ってそんなイレギュラーは――』
その時、突然鳴り響いた轟音がミュトスの言葉を掻き消した。
『ッ!?』
音の正体は鋼を裂く音。
「一体何が……」
何が起こったのかわからない。だが疑いようのない事実が一つある。それはミュトスが一瞬、時を止めたのにも関わらず、それでも逃れることのできなかった一撃が存在したということ。
「よお、人の故郷で随分好き勝手してくれたらしいな」
目の前の空間が歪む。まるで蜃気楼のようにぼんやりと。見覚えのあるその光景は、現実と夢が反転する瞬間だ。そしてその奥から——
「……カイン!」
見慣れぬ黒衣に身を包んだ青年は漆黒の大鎌を携え、ユウト達の前にその姿を露わにする。
・2・
「時間を止める権能ねぇ。1000年前とは随分勝手が違うじゃねぇか。てっきりそういうのはあの吸血姫の十八番だと思ってたが」
「厳密に言えばクロノスのそれとは少し違う。まぁ、理解したところで意味はないだろうがな」
空からユウト達の戦いを見下ろしていたザリクの横には、いつの間にかタウルがいた。
「……もう体はいいのか?」
「少し離れていろ。まだ収まりそうにない」
ザリクは自身の体を抱きながら彼に忠告した。どうやら
二人は共に
詰まる所、彼がザリクに付き合っているのはそれが理由だった。力を持ってしまったが故に死ぬ事さえできなくなった哀れな少女の行く末を見届ける。そして願わくば、彼女に死を与えるために。同じく
無論、ザリクもそれは承知している。その上で無理だとバッサリ切り捨てられたが、タウルは今も諦めていない。
「フッ、嬉しそうな顔をしているな」
「あぁ?」
故に強くある事。それがタウルにとっての全て。
強者との戦いだけが彼をさらに強くする。強ければ強いほどいい。それが彼の楽しみであり、また目的だ。
「まぁ、悪くねぇ。まだまだ荒削りだがな」
だからこそ、
「あの小僧、勝算はあるのか?」
「何言ってやがる? そんなもんねぇよ。だが勝つ。それくらいはやってのけてもらわねぇと面白くねぇからな」
あのクラスになるともはや攻略法なんていう甘えたものは存在しない。仮に弱点が分かっていても、それが勝利に直結するとは限らないからだ。
だから本当にそんな相手に打ち勝つつもりなら、自分の力を信じるというたった一つの方法しか残らない。
「私にはお前の言う事がたまに理解できないよ」
「だろうな。お前は嫌うかもしれねぇが、奇蹟ってのは諦めねぇヤツの前に訪れるもんだ。その点、アイツの諦めの悪さはちょっとしたもんだぜ?」
「……」
ザリクは口を噤んでいた。少々意地悪がすぎたらしい。
だが彼女にとっての『禁句』が、タウルは存外嫌いではない。
「ま、ここはお手並み拝見と洒落込むさ。もしここで終わるようなヤツならそれまでだ」
そう言いながらタウルは大昔、どこかで読んだ本の一節を思い出していた。
たしかこうだ。
――神は6日で世界を創造した。
もしそれが本当ならその神とやらを超える強さを得た先に、あるいはこの少女に宿った『理』を殺す
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