第76話 vs 10,000 -Learning End-

・1・


「まさかこんな場所が……」

「まぁ、ここはただの食糧貯蔵庫だからな」


 カインとシルヴィアはリサと戦ったあの剣道場に再び戻って来ていた。そこに隠されているはずの『ある物』を見つけるために。


ですね」

「あぁ、決まりだな。今この国で暴れまわってる機械人形オートマタどもは旧式みてぇだ」


 確かにぱっと見人間と区別がつかないほどあまりにも精巧に造られている。だがそれだけだ。学習し、加速度的に強くなる事で誤魔化しているが、彼らには肝心の『個』がない。全体で一つの『群』なのだ。

 この5年間、元になった人間に成り代わっていた機械人形オートマタたちだが、一斉に戦闘状態に移ってからは全ての個体が各々の『個』を失っている。

 文字通り寡黙な殺人マシン。見てくれだけで、とてもではないが神凪絶望かんなぎたつもが提唱した『人間の完全再現』とは程遠い。人格の再現が不完全、あるいは不要と切り捨てているのか、どちらにせよ、生前の力量さえ遥かに超えたあのリサという『個』には遠く及ばない。考えてみればもし本当にあのレベルが量産できるのなら、この国はとっくに終わっている。

 そんな『個』を持たない旧式は、明らかに一つの指示系統の下に動いてる。自分で物を考えるのではなく、何かに制御されているのは実際に戦ってみて確信した。全ての機械人形オートマタが戦闘データを共有できるのも、彼らが『群』として機能しているのなら納得できる。


「なら話は簡単だ。命令を出してる『頭』をどうにかすればいい」


 正直、それがまさかこんな所にあるとは思ってもみなかった。

 食糧貯蔵庫は剣道場の床下にある四畳半ほどの小さな空間だ。ここはリサとカイン以外に知る者はいない。あくまで貯蔵庫というだけで秘密の空間というわけでもなく、とりわけ重要度は高くない。だからその存在を知るカインでさえ今の今まで見落としていた。逆に言えば、それほどまでに何かを隠すならもってこいの場所だったのだ。


「どうしてあの臆病女かんなぎたつもがわざわざ隠れてまであの場所に留まっていたのか……ずっと気になってたんだ」


 本当に自分の安全を確保することを一番に考えるのなら、彼女はこの国の外にいるべきだった。そうすればカインが彼女を捕まえることは不可能だった。顔も知らないのだから当たり前だ。なのに絶望たつもは隠れてあの場所にいた。

 それは何故か?

 あの場所にいなければならない理由があったと考えるのが妥当だろう。


「カイン、装置を確認しました。どうやら機械人形オートマタが得た全ての情報はここを経由して全体に反映されているようです。同時にそのデータを装置に接続されたこのメモリーにコピーしています」

「なるほどな、ヤツらが言ってた『実験』ってのはそれの事か。シルヴィ、その端末から何かできそうか?」


 貯蔵庫の中心に鎮座しているのは、立方体の黒い装置。

 安易に装置を破壊することはできない。それで全ての機械人形オートマタが動きを止める保証はどこにもないからだ。


「試してみます……ッ、これは!?」

「どうした?」

「……15分……あと15分で全ての機械人形オートマタように設定されています。1体あたりの爆破規模は約半径1km」

「あの女…………解除は、無理か」

「えぇ、解除権限はおそらく彼女しか持っていないでしょう」


 15分で国中の全ての機械人形オートマタを破壊するのはどう考えても不可能だ。そうなると慎重さはかえって仇になる。


「こうなったら一か八か装置をぶっ壊――」

『その判断は勧めない。もっとよく頭を使え』


 その時、何者かがシルヴィアの持つ魔術通信用の宝石を介して言葉を発した。


「……誰だ?」

『ライアン王!』


 カインの問いに答えが返って来るよりも先にシルヴィアがその正体に気付いた。


『説明の手間は省けたな。では本題に入るとしよう』


 王はカインの不遜を特に咎める様子はなく、淡々とこの状況を打開する策を語り始めた。


***


「マジか……そんな事できんのか?」

『当然だ。できない道理がない』

「そうですよカイン、王はこの国で最も魔導科学に長けたお方です」


 何故かシルヴィアが自慢気なのが気に入らないが、カインは話を続ける。


「分かった。つーかそれしか手がねぇ。で? 俺たちは何をすればいい?」

『10分……いや5分だ。5分でその装置のプログラムを解析して、誤情報アンチスクリプトを作成する。その間、この場で私の手となり作業をするシルヴィア君を守りたまえ』


 カインとシルヴィアは互いに顔を見合わせて頷いた。


『その後は君たちの仕事だ。方法は一任する。ここに辿り着いたという事は、手はあるのだろう?』

「そっちは任せろ。そのための戦力はスカウト済みだ」


 カインはそう言って振り返ると、後の事をシルヴィアに任せて食糧貯蔵庫を後にした。


・2・


「遅ぇぞ」


 店の前では焔の魔人タウルが複数体の機械人形オートマタでできたスクラップの山に座ってカインを待っていた。どうやら待っている間に戦っていたらしい。


「悪ぃ」

「で、作戦とやらは決まったのか?」

「あぁ、喜べ。テメェが一番好きな方法だ」


 その言葉でタウルはニッと笑う。どうやら理解したらしい。


「いいね。じゃ早速――」

「始めるか!」


 次の瞬間、カインは左手のリボルバーを、タウルは右手の業炎をそれぞれ構え、互いの背後から襲い掛かる敵を吹き飛ばした。


「ハッハーッ!!」


 それで終わりではない。さらに拡散した炎が数体の機械人形オートマタをまとめて焼失させていく。


「って、全然分かってねぇじゃねえか!!」

「んだよ、何か文句あんのか?」

「だから、一度に全部倒さなきゃダメなんだよ!」


 例の装置で機械人形オートマタの位置情報を確認したところ、今国内に存在する総数はおよそ1万体。その全てをこの場所に呼び寄せる。それがライアン王の提示した作戦だ。『群』の頭である制御装置をハッキングし、誤った命令を与えることでそれは可能となる。問題なのはこの場に1万体の機械人形オートマタを集めるまで、ある程度力を制限しなければならないという事だ。まだ命令を受けていない段階で数体。直に全ての機械人形オートマタがここを目指すはずだ。そうなると手の内を晒しすぎれば学習され、やがて数の暴力に押し潰されてしまう。


「ちょっとだけ全力は我慢しろ。最後に思いっきりやらせてやる」

「チッ、わーったよ!」


 一度に全てを殲滅する。

 本来であれば国中に散らばり、生身の人間と見分けがつかない状況ではどう考えても不可能だった。しかし、その全てがここに集まるのなら話は別だ。見た目ではなく、行動で判別できる。


(よし、数が増えてきた。あっちは上手くいったみたいだな)


 遥か先まで視界を埋め尽くす数多の敵影。

 一体一体は大したことないにしても、カインも万全というわけではない。勝機は見えたが紙一重には違いない。同じ攻撃はいずれ見切られるため手の内は晒しすぎず、その上で最後の一手を確実なものにするために、これ以上の消耗も許されない。よくよく考えれば綱渡りにも程がある。


「シルヴィ! あとどれくらいだ!?」

『現在85%の個体がここに集っています。あと少しです!』


 魔術通信で彼女がそう答えたと同時に、店の方から光の結界が広範囲に渡って展開された。シルヴィアの魔具アストラ――テミスによる平等の結界だ。これで機械人形オートマタの戦力上昇をもうしばらく抑えられる。


「へばってきたか? ならコイツを貸してやる」

「あ?」


 タウルと背中合わせになったカインは、彼から放り投げられたロストメモリーを片手でキャッチする。


「こいつは……」


 アレス――クルトが持っていたはずの魔具だ。

 それをタウルが持っているという事は……。


『Ares ... Loading』


 考えている暇はない。カインはすぐさまロストメモリーを神機ライズギアトリムルトに装填し、トリガーを引く。すると体の内側から爆発するような闘気が溢れ、鉛のように重かった体が一気に軽くなった。


「行けるッ!」


 切れかけていた集中力を持ち直したカインは、敵の猛攻を大剣でまとめて弾き返す。そうして生まれた隙にタウルがすかさず炎弾を放り込んだ。


『100%! カイン、今です!!』


 その言葉を待っていたカインはトリムルトの刃で自身の右手の腹を切り裂く。


「魔装……刃神クレイジーエッジ!!」


 眩い光が影を生み、黒き死神を呼び覚ます。

 漆黒の大鎌を携えたカインはそれを大きく円のように回転させ、空を切り裂く。


「――天獄ヘルオアヘヴン!!」


 すると景色そのものが裂け、巨大な黒い球体が現れた。


「こいつは……前に俺が喰らった技か」


 タウルの言う通り、これは依然宗像冬馬むなかたとうまが使った技。敵を終わりのない幻影に閉じ込める伊弉冉いざなみの秘奥だ。

 基本的な性質は変わらないが、カインのそれは少しだけ勝手が違う。


「いっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 次の瞬間、黒い球体から無数の腕が飛び出した。

 腕は全ての機械人形オートマタを強引に掴み、次から次へと夢幻の世界へと連れ去っていく。1万体もいた敵影は一瞬で半数、さらに半数と、どんどん消えていった。


「タウル!! 出番だ!!」

「ハハハッ! それがお前の新しい力か! いいぜ、なら俺もとっておきで応えてやらねぇとな! 来やがれ、スルト!!」


 焔の魔人は異次元から文字通り規格外の魔剣を抜き取り、黒紫の獄炎を存分に開放する。それは一直線に全機械人形オートマタが閉じ込められた黒い球体へと走り、夢幻の世界は一瞬にして終焉の炎に満たされた。

 機械人形オートマタたちはその時、ようやく学習ラーニングする。


 いかに人智を超える頭脳を持っていようと、

 いかに数で圧倒しようと、

 の前では全くの無力だという事を。

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