第73話 予測のその先へ -Unexpected Errors-
・1・
「せいッ!!」
光沢のない漆黒の鎧に飛角の全力の拳が炸裂する。しかし、全長約4mの巨人はそれを受けても微動だにしなかった。
「何だ? 変な感触……さっきと違う」
殴った当の本人は、予想していなかった手応えに違和感を覚えていた。
「飛角、デュランダルに物理攻撃は効きません。あれの装甲は外部からの衝撃を予め計測し、最適な分散と相殺を同時に行います」
「つまりどういう事?」
「今しがたあなたが感じた通りです。デュランダルの装甲は硬いのではなく、威力をゼロにする事に特化しています」
ライラの助言で飛角は拳に感じた違和感の正体に少しだけ合点がいく。
(なるほど。こいつは思った以上に私と相性が悪い)
衝撃無効化装甲とでも呼べばいいか。パンチ程度の単純な攻撃では、どんなに威力があっても意味がないらしい。
「これならどうよ!」
龍化した飛角は自身の右足に可視化するほどの強い魔力を纏わせ、地面を思いっきり踏みつけた。すると地面が割れ、デュランダルの足場が半壊する。いかに堅牢といえども、さすがにまともな足場を失えば態勢を崩すしかない。あっという間に裂けた地面にその巨体の3分の1が飲み込まれた。
(あれが噂の装甲か)
よく見ると、地面と接しているデュランダルの装甲が薄く光っている。最初はただの火花だと思っていたが、おそらくあの光っている部分がピンポイントで威力を相殺している場所なのだろう。
(私の手の内はたぶん、全部ミュトスに読まれてる)
ミュトスはまだ能力を使っていない段階から瞬時に飛角の力を分析して、ほとんど未来予知と同義の情報をエクシアに伝えていた。悔しいが、その常軌を逸した演算能力は認めるしかない。そして当然、ミュトスに接続されたこの機体もまたその恩恵を受けている。
相性は最悪。付け入る隙も皆無。しかし、それでも飛角は何するものぞと不敵に笑ってみせた。
「なら、難しく考える必要はないね」
正攻法でこの鉄壁は崩せない。そういう風に
「ようやくコイツが役に立ちそうだ」
龍化によって変化した細長い瞳孔をギラつかせ、彼女は右腕に魔力を集めた。
「さぁ出番だよ、ガルム!!」
次の瞬間、飛角の右腕にまるで星空を切り取ったような美しい籠手が現れた。
冥爪ガルム。かねてより飛角に与えられていた
ただし、使用にはその能力に見合うだけの莫大な魔力を支払わなければならない。
と、ここまではおそらくご自慢の未来予知で見抜かれている。だが問題ない。
「予測上等! 防げるモンなら防いでみな!」
背中の龍の翼を広げ、一気に上昇。そしてそこから飛角は一直線にデュランダルを目指した。対するデュランダルは装甲を開き、魔力を凝縮したレーザーを上空に向けて乱射する。ここに来て絶対の盾を放棄してまで攻勢に出たのは、そうするしかないからだ。すでにミュトスは答えを出している。
デュランダルの
「喰らいやがれ!!」
『理不尽』が『絶対』を切り裂いた。
予測され尽くした上で、それでもなお防ぐことの叶わない一撃は堅牢な盾をいとも簡単に引き裂き、その空間ごと抉り、そして敵を地獄へ落とす。後には何も残らない。それが一瞬の内に執行された。
「うわ……我ながらえげつな……ッ」
自身が引き裂いた空間の裂け目が徐々に消えていくのを後目に見ながら、その威力に舌を巻く飛角。正直、想像を遥かに超えている。まさに一撃必殺の決戦兵器。その分、ただの一撃で体内魔力の半分以上を持っていかれたが……。
「やっぱコイツは使いどころを考えないとなぁ」
すでに形を維持できなくなった冥爪は、彼女の右手に
「ま、これでまずは一体っと。残りは頼んだよ、後輩ズ♪」
・2・
一方その頃、空では稲妻の如き光の糸が縦横無尽に駆け回っていた。
「この……ッ!」
レイナの
(振り切れない……ッ)
今更だが、常識で考えれば音速に限りなく近い速度で飛べば、それだけで体には重力や風圧など様々な負荷がかかる。そしてそれら一つ一つは人間の命を容易に奪う。それを1分以上継続するともなればなおさらだ。だがスレイプニールには飛行中にそれらから装着者を守る風の結界が備わっている。生身でありながらレイナがあれほど激しいドッグファイトに耐えられるのはそれが理由だ。
しかし、その彼女にピッタリと追随するカラドボルグもまた、化け物級の性能を有していた。
「ここッ!」
背後の敵を確認したまま、高速で飛び続けていたレイナはそこで急にバックブレーキをかけ、すぐさま縦方向に旋回した。頭上には広大な氷海と、手を伸ばせば届くほど近くを通りすぎる敵機体。彼女はすかさず左腕の腕輪をランス型
「ぐ……ッ!」
狙い通り右翼は破壊できたが、かなり無理矢理な攻撃の反動で宙に投げ出されてしまったレイナ。だがすぐに態勢を立て直して敵を視界に捉え直す。
対して右翼を損傷したカラドボルグは再び人型へと変形する。そして胸のコアのような機構が赤く光りだしたかと思うと、壊れた翼が徐々に再生を始めていた。
「やっぱり、そう簡単にはいかないよね……でも!!」
自己修復機能がある事は何となく予想が付いていた。
いかにカラドボルグが魔術と科学を組み込んだハイブリット機体だといっても、スレイプニールに匹敵するマッハ3を超える速度を際限なく出せるわけがない。内蔵するエンジンやその他の機構が時間と共に高まっていく熱に耐えられないからだ。それができるとすれば、超高性能の冷却機能、あるいは熱崩壊を上回る自己修復機能といった何かが必要になる。
「まだ……もうちょっとだけ私に付き合ってもらうから。絶対に隊長たちの邪魔はさせない!」
闘志は強く、しかし頭は冷静だった。
この国に来る前――模擬戦の後に
***
『レイナちゃんはさ、ちょっと
『頼りすぎ……ですか?』
『そそ、だから想像の域を出ない。あーいや、もちろんそれで戦う事自体は否定しないよん。私みたいに魔術も覚えるってなったら、それこそ使い物になるのに時間かかるし、大なり小なり素質も必要だからね』
『えっと、だったら私はどうすれば……どうすればもっと強くなれますか?』
『一番はやっぱりここ。ハートじゃないかな? 前の私は一族の仇だって
『……ん? 御巫って、えぇッ!?』
『アハハ、まぁ昔の話だけどね。お恥ずかしい……。でも、強くなりたいなら今のままではダメだよ。これだけははっきり言い切れる』
『……』
『何のために力を振るうのか? 私は復讐だったけど、レイナちゃんはどうかな? 何にせよ目的がはっきりしない内は、君は一生その魔具に使われ続けるよ』
『……使われ、続ける』
『武器はあくまで武器。使うだけなら誰でもできるもん。自分の意志で使って初めてそれは『強さ』に昇華するんだよ』
『自分の……意志?』
『そう、想像してごらん。君が君らしく、その
***
「私、らしく……」
あの時の燕儀の言葉をずっと考え続けてきた。
どうすればもっと強くなれるのか? どうすればもっとみんなの役に立てるのか?
違う。逆だったんだ。
考えるべきは、強くなってどうしたいか?
重要なのは手段ではない。最終的な
「私は、あの人みたいになりたい」
3年前の
あの時、一介の住民にすぎなかったレイナは何もできなかった。他に類を見ない特殊な環境下で、力を手にする機会ならいくらでもあったのに。
けど心が折れてしまった。
怖かったのだ。押し寄せる魔獣という絶対的な脅威に対抗するため、生きるために魔法という力に溺れ、豹変していく周囲の人間が。そして自分もそうなってしまうかもしれないという恐怖が、自他の溝を決定的なものにした。
「あの人みたいに……みんなを守るんだ!」
だから憧れた。
まるでヒーローのように颯爽と自分の前に現れた『吉野ユウト』という人間に。
その気持ちは今もまったく変わらない。だけど、レイナは今ここで一つの区切りをつける。
これがその証だ。
「……
その瞬間、両足のスレイプニールに紅蓮の炎が宿る。
風を操作し、空気摩擦と圧縮で莫大な炎を瞬時に生み出す。原理は単純だが、本来のスレイプニールの用途からは大きく外れたレイナだけの技。
「行くよ、スレイプニール!」
刹那、レイナの姿は掻き消える。炎の爆発力がコンマ数秒でトップスピードまで彼女を加速させたのだ。カラドボルグのカメラでは追いつけないほどに速く。
そして次の瞬間、
炎が彼女にもたらしたものは爆発的な瞬間加速だけではない。真空刃に熱と炎を加えた、いわば
さらに連撃は続く。レイナはカラドボルグに一切の反撃を許さず、手足を切り落としていく。そして遅れて切断面が激しく発光し、大爆発を引き起こした。
「……ッ、これくらい……ッ」
だがレイナも額に尋常ではない汗を浮かべていた。これが
炎は全て風の結界内で生成される。レイナ自身を炎から守るために、使用時にはさらに薄い風の膜を用意しているが、当然強度は前より落ちる。一瞬で最高速度に到達できるほどの炎を完全にシャットアウトすることはできないのだ。
「あとはあの核を壊せば!」
度重なる爆発によってカラドボルグの体は消し飛んだ。だがまだ中枢コアが残っている。あれがある限り、カラドボルグは再生を続けるだろう。
「
レイナはそう言うと、レギンレイブにロストメモリー・ラクシャーサを装填した。
『Rakshasa ... Loading』
そして思いっきり、地面に向かってランスを投げる。
『Rising charge!! Rakshasa ... Spiral Sting!!』
氷海に突き刺さったレギンレイブは電子音を鳴らし、そこを起点に氷の蔦が空へと急速に伸びた。蔦はコアを縛って拘束し、同時に再生を阻害する。
それを確認し、レイナはさらに上を目指した。大気圏ギリギリまで上昇し、彼女は息を止めて狙いを定める。
(これで……終わり!)
そしてそこから一気に急降下。彼女自身が槍となり、炎を纏った必殺の一撃がカラドボルグのコアを貫いた。
・3・
人のいなくなった城下町では、
「ハッ!」
鋭い爪が敵を切り裂く。
真紀那の体の中に眠る
この寄生型魔具は、この世の全ての生物の能力を自在に使うことができる極めて強力な権能を持つ。
しかし、オートクレールとの相性は悪かった。この
堅牢な鎧もなければ、超速再生のコアも持たない。
無形。
オートクレールの制御コアは、この世界のどこにも存在する
「いくら壊しても無駄のようですね」
あくまで冷静に、真紀那は状況を分析する。
本体が
末席とはいえ日本最大の魔術大家の出身だけあり、真紀那はオートクレールのその特性にいち早く気付いていた。冷静さを失わないのはそれが理由。何も知らなければ幽霊と戦っているようなものだ。
「……」
自然と、右手は腰の刀――
(お母さんの刀……)
正直、悲しいといった感情は湧いてこない。
写真でしか見たことのない母親。つい最近まで名前さえ知らなかった。
しかしこの
「力を……お借りします」
真紀那はゆっくりと
見る者の心を奪うような美しい黄金色の刃。それは使用者の魔力を光の斬撃へと変え、自由自在かつ無制限に放つことができる。
彼女はゆっくりと刀を正面に構え、そして一閃のもとに人型になったオートクレールを両断した。斬られた肉体はスライムのように形を失ったが、まだ壊れてはいない。
だが、変化はあった。
斬られた内の片方が元の形に戻らなくなったのだ。こうしている今も再構築と崩壊を何度も何度も繰り返している。
「不思議、と思っていますか? 私が今、あなたを直接斬れたことを」
当然だが言葉は返ってこない。
真紀那が斬ったのはオートクレールではなかった。それを制御する擬似精霊だ。
光の斬撃はあくまで
「この刃は精神体であるあなたを直接斬ることができる。つまり、私はあなたの天敵ということです」
退魔の刃。それが
かつて彼女の母が使役した、あらゆる魔を祓う力。それがこの刀には残っている。
「ユウト様に仇名す者は私が斬ります」
それがあの日、この命を救って外の世界に連れ出してくれた彼に返せる唯一のものだから。
「これで終わりです」
次の瞬間、迷いなき一閃が不可視の敵を討ち祓った。
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