第72話 戦いに挑む乙女たち -Stand up Girls-

・1・


 ――数分前。


 ヴリドラの封印が一時的に弱まり、ザリクはその身に宿る死の外理カーマをコントロールできない状態にあった。

 触れれば一切の例外なく、無条件で対象を即死させる黒い瘴気。相手の強さなど関係なく、生あるものに等しく死を与える。まさに正真正銘、この世界に存在するどんな兵器・魔術よりも恐ろしい最強の異能だ。

 だがどういう訳か彼女はその力を積極的に使おうとはしなかった。その証拠にあれほどまでに圧倒的だった攻勢は今は鳴りを潜めている。

 それでも彼女が戦いを止めた訳ではない。一切を灰燼と変えるインドラの光は、今にもユウト達を消し去ろうと彼女の右手に集っていた。


***


(クソッ、魔装を解除させてもあのレーザーを何とかしないと……)


 焦りが自然とユウトの鼓動を早くする。

 防ぐ事自体は防御系の魔法を複数組み合わせれば可能なはずだ。だがほとんど全てのリソースを耐える事だけに集中していては、いつまで経っても勝てない。

 対してザリクは片手一本あればインドラを使用することができる。もし残るもう片方で同じように力を使われれば、それを防ぐことはおそらくできない。しかも注意すべきはインドラだけではない。無限に等しい魔力を彼女に供給し、宇宙空間さえも自在に操作できるシヴァの権能。そして彼女がどう思おうと、やはり活性化した死の外理カーマもまた、ユウトにとっては恐ろしい力だった。


「……レイナ、真紀那まきなと一緒に王国の方へ戻ってくれ。カインを探すんだ」

「え……でも――」


 返事を聞いている暇はない。

 ユウトは理想無縫イデア・トゥルースの籠手を前に突き出して構える。


(次の一撃を耐えて、その隙にレイナたちをこの場から逃がす)


 こんな言い方本当はしたくないが、ザリク相手では彼女たちは足枷になってしまう。それにクルトを倒し、王国の方へ向かったタウルの動向も気がかりだ。彼の目的は十中八九カインだろう。

 だから現状、考えられる最善手はユウトが一人でこの魔人を足止めすること。


(また二重魔装デュアレイジを使われたら、その時は――)


 多少の無茶は覚悟している。

 しかしそう考えていた矢先、ザリクの右手から破滅の光が消失した。


「……どういうつもりだ?」


 小さく溜息を吐き、ザリクは灰色の腕を下ろす。


「どれだけ痛めつけても、きっと貴様のような人種は折れないんだろう。何せ私の呪いを前にしても尻尾を巻いて逃げ出さないようなヤツだ。フッ、貴様とよく似た男を……私は知っているよ」

「……俺と?」


 そう言ったザリクはほんの一瞬、どこか懐かしむような笑みを見せたような気がした。しかしすぐに表情を殺すと、漆黒に染まった空を見上げた。


「貴様と相対するのはここまでだ。私の目的はあくまで主神の槍ベルヴェルークだからな。そのために最も効率的な手段を取らせてもらう」


 彼女は天に向かって右腕を伸ばす。そして何かを握り潰すようにその拳をゆっくりと握りしめると、こう言った。




「貴様を殺すのではなく、




 直後、強烈な重圧が全身を襲った。


「……ッ、何をした!?」


 それはまるでジェットコースターが頂点から落下し始めた時に感じる、胃がフワッと浮くような不快感に似ている。

 何か……とても恐ろしいものが来る。


「喚くな。すぐに分かる」

「ユウト様、空を!」


 いち早くそれに気付いた真紀那が空を指差した。

 その先に見えたのは赤い点。

 初めはただの点だった。しかしそれは徐々に大きさを増し、大規模魔術によって黒一色に染まったはずの空を侵食していく。


「ッ!? ……まさか」


 それをユウトの蒼い瞳が見た瞬間、その正体に気が付いた。


「何を驚くことがある? そのまさかだよ。よもや今更この私が人の生き死に程度で躊躇すると本気で思っているのか?」


 ザリクは不敵に笑う。

 彼女が取った行動はあまりにもシンプルだった。

 吉野ユウトという人間をこの手で倒しても、彼の心が折れない限りきっと何度でも立ち上がり、向かってくる。だからこそ彼との戦闘行為に価値はない。ザリクはそう判断した。

 ならば、いかにして彼を無力化するのか? 簡単だ。彼自身がこれ以上戦おうと思えないようにしてやればいい。例えばそう、この氷の大陸が跡形もなく消えてなくなるほどの、絶対に無視できない天災を呼び寄せるとか。


「……超巨大隕石」

「万を超えるデブリを凝縮した特注品だ。空に展開されている結界をもってしても、完全消滅は不可能だろうさ」


 今、肉眼で確認できる空の赤は、隕石が結界に接触したことで見える氷山の一角だ。結界がどれだけその質量を削りきれるのかわからないが、あの規模の隕石がここに落ちれば少なく見積もってもこの大陸全ての人間が死ぬ。魔人と魔道士ユウトを除いて。


「王女の『幸運』に頼ってみるか? フッ、もしかすると上手く行くかもしれんぞ? まぁそんな暇があればいいけどな」

「……ッ、ライラ!」


 ユウトは遠視の魔法を発動し、はるか遠くの王城を覗く。


(よかった……御影と飛角も一緒か)


 どうやら彼女達は誰かと話をしているようだ。相手はシーレ・ファルクスに非常によく似た少女。だが彼女ではない。そもそも人間でもないらしい。遠視魔法にいくつかの索敵系メモリーを組み合わせた効果で、生体感知や遠視先の声も少しだけ拾えていた。

 ライラたちの場所を確認したユウトは魔法を解き、ザリクを睨む。


「どうした? さっさと王女の所へ行ったらどうだ? それともまだ私と無駄な時間を過ごして大勢を見殺しにしたいのか?」

「……ザリク」


 両手を広げて挑発するザリク。彼女にはユウトがどちらを選ぶかなどお見通しのようだ。


「二人とも……行こう」

「は、はい!」


 二人は頷くと、魔法で空を駆けるユウトの後を追った。


「せいぜい足掻くがいいさ。だが忘れるな。あの女の『幸運』も所詮外理カーマだ。決して万人に都合のいい力などではない」


 その場に残されたザリクは遠ざかっていく彼らを眺めながら、そう呟いた。


・2・


 ユウトがライラ達の前に現れたのとほぼ同時に、空の結界魔術が超巨大隕石の重圧によって破壊された。

 それを見たユウトとエクシアは同時に腕を上げ、それぞれ新たな結界を生成する。


『Defender Dupe Boost ......... Mix!!!』

「セット、ヴォイドエレメント。ブラックホールジェイル」


 二つの結界は急速にその範囲を広げ、落下してくる隕石の動きを再び押し留めた。


「あの魔人……とんでもないものをぶっこんできたみたいだね」

「それには同意するよ」


 ユウトは振り返らずにライラにこう尋ねた。


「ライラ、嫌かもしれないけど、お前の外理カーマであの隕石何とかならないか?」

「正直、分からないというのが答えです。そもそもこの力は私の思った通りに働くようなものではありません。だから彼女が……」


 彼のおかげでようやく落ち着いたライラは、目の前のエクシアを見て口ごもる。

 もってあと30分。

 初めから覚悟していたが、彼女の力が期待できない以上、ユウトが何とかするしかない。まだ理想無縫イデア・トゥルースの全力の一撃を叩き込めば、最悪の結果だけは避けられる可能性はある。

 だが、そのためにはどうしても邪魔な存在がいる。


「そういえばさっき、お姉さまのせいじゃないって……そう言ったよね? お兄さん。それって私という存在の全否定なんだけど?」


 エクシアはニコリと笑みを浮かべる。笑っているが、声は笑っていない。そんな細かい感情の機微まで本物の人間と全く同じだ。


「否定はしない。というかできない。でも、お前の言ってる事は

「……へぇ。というと?」

「例え一つの願いが歪みに歪んだ結果だとしても、決めたのはこいつじゃない。ならライラだけが悪いって事にはならないはずだ。それだけはお前にだって証明できないだろ?」


 世界は彼女を中心に回っているわけじゃない。

 例えそこに何らかの力が働いていたとしても、『偶然』はどこまで行っても『偶然』だ。起こってしまった事を彼女一人のせいにする――つまりそれを『必然』だと証明することは誰にもできない。何せ外理カーマとは、そもそも『理解できない力』なのだから。


「つまりそれって言ったもん勝ちって事でしょ? それこそ屁理屈じゃない?」

「俺はこいつを信じてる。お前の言う『失敗作シーレ』を本気で心配しているライラエル・クリシュラ・バベルハイズをだ!」

「……ユウト」


 ライラは自分の胸を押さえる。

 そして一度だけ深呼吸をすると、ゆっくり立ち上がってユウトの横に並んだ。


「大丈夫なのか?」

「えぇ……これ以上なく素晴らしいプロポーズの言葉を頂きましたから」

「いやそうじゃないだろ!?」


 ツッコミと同時に背中に鋭い視線が刺さった。


「……ジー」

「……」


 振り向かなくても分かる。なので振り向かない。冷や汗をかきながら、ユウトは心の中でそう決めた。追及なら後でいくらでも受ける。


「全部……私のせいだと認めることは簡単です。ですが私はそれを敢えて否定します。全て単なる偶然なのだと。そしてこれからこの最悪な状況すら彼と覆してみせる。私は、私の我儘を貫き通すと決めました!」


 ライラは凛とした王女としての顔で力強くそう宣言した。奇蹟でも偶然でもない。彼女は自分の意志で立ち向かう覚悟を決めたのだ。


「……そう……そっか、理解したよ…………」


 エクシアは俯きながらボソボソとそう呟いている。

 そして次の瞬間、怒りを露わにして叫んだ。


「お姉さまはその男にたぶらかされてる!! 自分の中に流れる血がどんなに恐ろしいものか! 理解してるよね!? 嫌というほど実感したよね!? ミュトスは言ってる! 脅威を排除するためにはお姉さまに関する記録を! 記憶を! その存在を消すのが一番効果的だって!!」

「……だからお前はこの国を滅ぼすって言ったのか」


 ライラエル・クリシュラ・バベルハイズという個体に関する一切合切を排除する。誰もそれを知らなければ、それは存在しないも同じだから。


「ミュトスは絶対だ! 人間ごときの下等な思考回路では決して理解できない絶対の『答え』を提示できる。そのためにお前たちが作ったんだ! 今更私たちを否定なんて絶対にさせない!!」


 まるで泣いているかのようにそう叫んだエクシアは、背中から巨大な炎の翼を広げた。王城は一瞬で火の海に包まれ、機械樹の森は崩壊を始める。


ミュトスわたしの『答え』に従えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 鉄を喰らった神炎は天空に集まり、新たな力を錬金そうぞうする。


「ヘファイストスの炎……来るぞ!!」


 生まれ出でたのは三本の『剣』――タウルによって破壊された剣機グラディウスたちだ。


 重厚な黒鎧の剣機、デュランダル。

 空を支配する大翼の剣機、カラドボルグ。

 形無き殺戮の剣機、オートクレール。


 ヘファイストスの炎とミュトスの叡智が合わさり新たに再構築されたことで、破壊される前とは比べ物にならない……もはや完全に別物の存在感を放っている。


「その男を殺――」


 エクシアが命令しようとしたその時、3機の剣機グラディウスが何者かによって弾き飛ばされた。


「な……ッ!?」


 その何者かはこう言った。


「まぁ後でいろいろ言いたい事はあるけど、無視されんのはムカつくわけよ」

「や、やっと追いつきました! 私も戦います!」

「あれを、壊せばいいですか? ユウト様」


 飛角と、ようやく追いついたレイナと真紀那。

 ユウトの前に三人の戦う乙女たちが降り立った。

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