第71話 過ち -Her wish, but also her crime-
・1・
王国の中心――光の柱の中。
ライラの先導の元、飛角と御影は地下に広がる巨大な氷の通路を抜けて王城内部へと侵入していた。
「や、やっぱ私、寒いのダメだわ……」
「……抱きつかないでください。鬱陶しい」
ガタガタと震える飛角は御影を後ろから抱き抱えながらそう呟く。彼女の方が御影より背が高いため、必然的に抱きつかれた御影の足は地面を離れて為す術がない。
「……ライラエル様、現在地は分かりますか?」
「えぇ、ここは調理場ですね。ロゴスの塔は外を出てすぐですよ。あと、私の事は親しみを込めて『ライラ』で構いませんよ? これから共にユウトの妻になるのですから」
「………………………………はい?」
サラリととんでもない事を言ってのける王女を前に、柄にもなく御影は目を丸くする。
「私とあなたたち。共に彼の事が好きでしょう? だったらみんなまとめて妻になれば万事解決です。あ、ちなみに私は正妻にはこだわりませんよ? その方が燃えますし」
何がッ!? と、御影と飛角は同時に心の中で思わずツッコミを入れる。
「……いえ……あの……それは法律的に……」
近年まで外部と隔絶された謎の多い国ということもあり、出国前に御影はある程度この王国についてエクスピアが所持する資料に目を通している。その中には法律関係も含まれていた。時間もなかったのであくまで上澄みをすくった程度だが、確かこの国に一夫多妻制度はなかったはずだ。
「法律なんて変えればいいでしょう?」
御影は額に手を当てて天井を仰ぎ見る。そして一回深呼吸して再認識した。
(そういえばこの方……生粋の王女でした……)
根本的に自分達とは考え方が違う。決して悪い意味ではないが……そう、詰まる所、出来る事と出来ない事の基準が違う。とでも言えばいいだろうか?
「もちろんいくら王政国家であっても、私の一存で変える事はできません。ですが皆が幸せになれる法律なら、国民も理解してくれるかと」
「……」
何となくだが、いざやるとなったら彼女は本当にやりかねない。そんな予感……いや確信が遠い目をした御影の脳裏を駆け抜けていた。
「あのさ王女さん。言いづらいんだけど……あいつの事好きなヤツ、私らだけじゃないよ?」
困ったようにそう言う飛角。しかし逆にライラは宝石のような翡翠の瞳をより一層輝かせていた。
「まぁ! それはとても楽しくなりそうですね!」
「「……」」
ダメだ。この暴走ロイヤル特急止まらない。
気づけば御影と飛角は揃ってお互いの顔を見合わせていた。
「これが噂に聞く『恋バナ』というものですね。ずっと憧れていたのです。この続きは追々させていただくとして……」
ライラは外へと続く大扉の横にあるターミナルにアクセスすると、魔術による認証を解除する。
「まずは塔を目指します。この異変の全ての元凶はそこにあるはずです。私の騎士も……」
そして、彼女は開いた大扉の先にある塔を指さした。
・2・
「これは、いったい……」
始めに飛び込んできた景色は大森林だった。
きちんと整備されていたはずの城内はおびただしいほどの樹木が埋め尽くし、その有り様を180度変えていた。しかもまるで何百、何千年と時が過ぎ、人間の痕跡が跡形もなく消えてしまったような……そんな異常な光景だ。
さすがのライラもこれは予想していなかったようで、声を失っている。
「これ、全部機械だぞ」
飛角が近くの花を一つ摘んだ所、茎の中から出てきたのは本来植物が持つはずのない何か極小のコードのようなものだった。
「見た目は確かに本物だ。けど、生きてる感じはしない」
植物だけではない。そこら中で走り回る大小様々な動物、昆虫にいたるまで。全て今街で暴走している
「ロゴスの
『素敵でしょ? ライラお姉さま』
「「「ッ!?」」」
突如、少女の声が響いた。三人はすぐに身構える。どこから話しかけられたのか全く分からない。声は一方向からではなく、まるで森全体が喋りかけたように全方位から聞こえてきたからだ。
『フフ、こっちだよ』
声の主は楽しそうに笑う。そしてそれに呼応するように機械の樹海が波打ち、道を創り上げた。
「どうする?」
「……明らかに罠です」
声の主がどんな存在なのか、城を埋め尽くす機械樹を手足のように自在に操作できる時点で想像は付く。
「……行きましょう」
しかしライラは臆せず用意された道を歩き始める。
1分ほど歩くと、機械樹の森をあっさり抜けることができた。次に彼女たちを待ち受けていたのは広大な花畑だった。そしてその中心に人影が一つ。
「やっと来てくれた。お姉さま♪」
「あなたは……」
待っていたのは王女の騎士シーレ・ファルクス――ではない。
完全に瓜二つだが、雰囲気が違う。
「私はエクシア。5年前に『天使』になり損ねた
「あの子は……シーレはどこですか?」
「……何で?」
シーレの居場所を聞いた途端、エクシアの表情からそれまでの無邪気な笑顔が消える。危険な気配を感じ取った飛角はすぐにライラの前に立った。
「何で? 何で
次の瞬間、想像を絶するオーラがエクシアの体から迸る。
「ッッ! ホントに機械かあの嬢ちゃん!?」
「……私でもわかります。彼女は他の
そもそも根本的に物が違う。
街で暴走している
エクシアの背中から巨大な灼熱の翼が現れる。それは間違いなく遠方から確認できた天使の炎翼だ。
「この……ッ!」
飛角はすぐさま龍化し、弾丸の如きスピードでエクシアに突進した。
その拳が、エクシアに迫る。しかし――
「……解析完了」
「ッ!?」
突如、炎と共に両者の間に構築された鋼鉄の壁が飛角の拳を弾いた。
「お姉さんの能力は霊的存在に物理で干渉する力。なら魔術ではなく物量で対処すればいい」
シーレの完成体というだけあり、どういう訳か彼女はシーレの
「おかしいな。私、まだこの国で手の内を晒してないはずなんだけど?」
もし、エクシアが魔術や天使の力で防御壁を張っていたなら、飛角の拳はそれを問答無用で打ち砕いていたはず。いかにその力が強かろうが、彼女の前ではそれは物理法則に基づいた破壊可能なオブジェクトに変わる。つまり並みの結界なら薄皮一枚の張りぼてのようなものだ。それをエクシアは一度も見ていないのに看破し、ヘファイストスの力で鋼の壁を形成するという最善手を打った。
「関係ない。お姉さんがどんな能力を持っていようと、ミュトスとリンクした私は人間が想像すらできない高次元の演算能力を獲得してるから」
「……未来を、予測したとでも言う気ですか?」
「ううん、違う。奇蹟や偶然といった不確定因子、それら全てを含む無量大数の可能性を検証、その全てに最善の対応を用意したんだよ」
その言葉に、全員の背筋が凍り付いた。
全てに対応。それではいかなる方法を用いても無駄だということになってしまう。
それに簡単に言うが、そんなもの現在のテクノロジーでは絶対に不可能だ。それでは御影の言った未来予測と何も違わない。断言する以上、エクシアの中では明確な違いがあるのかもしれないが、おそらくそれは人間には理解できないものだろう。
「ロゴス……いえ、今はミュトスですか。いったい彼は何をしようとしているのですか?」
「何言ってるの? 私たちの目的はずっと変わってないよ?」
「……え?」
不思議そうな顔をするエクシア。何故かそこに悪意のようなものは微塵も感じられない。機械故に表情が読めないということも考えられるが、ここまで来て彼女にそんなことがはたしてありえるのだろうか?
「私たちは生まれた時からずっーと、お姉さまの願いを叶えるために存在しているんだから」
「何を……ッ、私はこのような事態を望んでは――」
「本当に?」
「……ッ」
全てを見透かすような自分と同じ翡翠の瞳に、ライラは言葉を失う。
「……あなたは先ほどこの国を滅ぼすと言った。それが彼女の願いだと、そう言うのですか?」
御影の問いに、エクシアはあっさりと頷いた。
「ロゴスは古今東西様々な情報を取り込み、演算を繰り返してきた。お姉さまの願いを叶えるため。その答えを導き出すために」
「私……の……」
「でもその過程で、自身がAIという
人差し指を立て、エクシアはこう言った。
「お姉さまはその体に流れる
「ッ!!」
その言葉にライラは口元を押さえ、動揺を隠しきれないでいた。
その力を彼女は誰かの傷を癒すために使い続けてきた。だがそれがこの力の本質ではない事を彼女だけは知っている。
例えそれが過ぎ去った過去であっても、因果を捻じ曲げ書き換える権能。
あらゆる物事に対して絶対の成功を得ることができる万能。
『治す』ではなく『直す』ための異能。
もし、そんなものが悪しき者たちの手に落ち、使われてしまったら……。
もし、自分が憎しみに心を染め、誰かの不幸を願ってしまったら……。
「だから自分を守ってくれる強い騎士を欲したんでしょ? それもただの騎士じゃない。自分が絶対の信頼を置ける存在……そう、例えば血が繋がった家族とか」
「そ、それは……」
結果として、王女がそう願った事で『シーレ』という少女が誕生した。その過程でヨハネの神託が暗躍し、天使がこの国を滅ぼしかけたが、そんなことは問題ではない。
「でもシーレじゃお姉さまを守り切れない。吉野ユウトはおろか、魔人にだって勝てないもの。だから心のどこかで思ったんじゃない? もっと強い騎士を、って」
「私はそんな事望んでない!!」
ライラは大声でエクシアの言葉を否定した。そうせざるを得なかった。だってこの状況が全てを物語っている。
「そんなこと……」
例え人道に反していても、ヨハネを使えば
その全てを利用し、エクシアという完全な天使を完成させることができる。
全部まぎれもない偶然だ。何一つ、ライラが企てたことではない。だが、そんな都合のいい偶然を呼び寄せることができるのが彼女の
「私、は……」
考えれば考えるほど頭の中から否定の言葉が消えていく。他でもない彼女自身がこの
涙が王女の頬を伝う。
(私が……)
それが地面に落ちたその時――
「お前が悪いんじゃない!!」
突然、空に伸びる光の柱が崩壊した。同時に空を塗り潰していた
そしてその彼方から、一人の少年がライラの前に降り立った。
白い髪、蒼き双眸。左腕の白銀の籠手には膨大な魔力が循環し、心奪われるような美しい輝きを放っている。
「……ユウ、ト」
「らしくないじゃないかライラ。口八丁でお前が負けるなんて」
「……ッ、もう……こんな時に昨日の意趣返しですか? あまりいい趣味とは言えませんよ」
「その調子なら大丈夫そうだな。ならあと一歩、ここで踏ん張るぞ」
泣き崩れていた王女――否、ライラエル・クリシュラ・バベルハイズに、ユウトは優しく手を差し伸べた。
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