第70話 銃神 -Noisy Barrel-
・1・
「隊長! 隊長!!」
声が聞こえる。
それが自分の名前だと気付いた時、ユウトはゆっくりと目を開いた。
「あ、気が付いた! 大丈夫ですか!?」
「レイ、ナ……」
意識が戻ると同時に、思い出したかのように疲労が全身にドッと押し寄せる。
「無事でよかった……」
「それはこっちのセリフです! もう……無茶しすぎ」
かなり心配していたのか、レイナは深く安堵の溜息を吐いた。
魔装したザリクとの戦いに、レイナと
「ハハ……真紀那は?」
「ここに」
真紀那はスッと近くに現れて答えた。
彼女はユウトの方を向くことなく、鋭い目つきで
「ユウト様、今ならトドメを――」
「いや……待ってくれ」
今まで意識を失ったユウトを最優先に考えてこの場から動かなかった真紀那は、彼が目を覚ました事でそう進言する。しかし、ユウトは首を横に振った。
彼は重たい体を無理矢理起こし、ザリクの方へ歩いていく。付いて来ようとした後ろの二人は手で制した。
「……何の冗談だ?」
二人の距離がおよそ3mまで迫った時、ザリクは仰向けに倒れたまま口を開く。
予想通り、彼女はすでに目を覚ましていた。真紀那を止めたのは正解だった。いや、今はそれより――
「あれは……お前の記憶なのか?」
「……」
魔人は答えない。固く口を閉ざしたまま、その隻眼で真っ黒な空を眺めている。
「もしそうなら、俺たちは手を取り合え――」
「傲るなよ、人間」
「……ッ」
気付いたらユウトは全力で後ろへ跳んでいた。自分でも何故そうしたのか分からない。そうするべきだと体が勝手に動いてしまった。
殺気……否、これはもっと根源的なものだ。
「それが……お前の
それは無条件で怖ろしいと思ってしまう何か。
いかなる強者、聖人君子、そして何より彼女の過去を垣間見たユウトでさえも『拒絶』してしまうほどの。
生きている。ただそれだけでその力は容赦なく牙を剥く。
それが、彼女の身に宿る死の
「理解したか? 私を理解できないと」
この世で最も純粋で、最も救いのない神様の
(……黒い、瘴気?)
今まで見えなかったが、ユウトの蒼い瞳は魔人ザリクの体から立ち上るそれを捉えていた。一瞬、彼は後ろを振り返る。どうやらレイナ達にはあれが見えていないらしい。
だが、あれは危険だ。もしも彼女達がほんの一歩でも自分の立ち位置より前に出ようとしたなら、ユウトはそれを全力で阻止するだろう。
ここより一歩でも前に踏み出せば、今度は確実に死ぬ。
理屈も理由も何もない。なのにそんな確信だけがあるからだ。
そんなユウトを前に、ザリクはゆっくりと立ち上がる。
「ヴリドラの封印が弱まっている……魔装が強制解除された影響か」
弱まっていると彼女は言うが、ワーロックの魔力でさえ封じてしまう恐ろしい
ザリクは自身のマントに付いた氷雪を手で振り払う。すると彼女の周りを漂う黒い瘴気が波打ち、こちらへと流れて来た。
当然、ユウトは数歩下がる。その光景をザリクは表情一つ変えずに見ていた。
「ほう、これが見えているのか。だが所詮、貴様も有象無象の一人。手を取り合うだと? 薄ら寒いその御託、心底反吐が出る」
「……」
何も言い返せなかった。他でもないユウト自身がその手を引っ込めたから。
「そっちこそ……どうして今、襲ってこない? その力があれば俺たちを簡単に殺せるはずだろ?」
本当はこんな事が言いたいわけじゃない。なのに完全否定されてしまったユウトに残されたのは、もうこんな言葉しかなかった。
「何故、貴様の都合で私を語らなければならない?」
「俺は、ただ……」
眼帯の少女との距離はおよそ5m。今なお意外なほどに近い。
だが遠い。どうしようもなく遠い。世界の最果てよりもなお……ずっと。
「理解など求めていない。たかだか十数年で獲得した貴様の矮小な知恵で私を推し量れるものか。時間の無駄だ」
ザリクは右腕を前に伸ばし、再び手のひらに光を束ね始める。
その瞳に、底なしの闇を宿して。
・2・
「さてさて……どうすっかなぁ」
「そんな悪戯がバレた子供のような顔で言わないでください」
自分がもう直この王国を吹き飛ばす爆弾になるというのに、リサの表情には深刻さなど微塵も感じられない。そんな彼女を見て、シルヴィアは呆れたような溜息を吐いた。
「つってもなぁ。今から走って王国の外まで行っても間に合わなそうだ」
「あと……どれくらい猶予が残されているのですか?」
「5分くらいだな。こう見えてもう限界なんだ。いつ私が消えてもおかしくない」
赤く輝く胸元を押さえながら、リサは答える。
消える、という言葉を使ったのは、彼女がカイン達の思う『リサ』ではないことを強調したいからだろう。所詮この身は鉄の塊で、この記憶は寄せ集めのコピーにすぎない。だからこれから消える自分のために悲しむ必要はないと。
「唯一修理ができる
シルヴィアは額に手を押し当てながら、涙を堪えている。そんな彼女の頭にリサは優しく手を乗せた。
「心配すんなって。何とかなるさ」
「ですが……」
「なぁ、カイン」
「あるんだろ? 私を壊す手が」
「……自分が何言ってるのか分かってやがるのか?」
カインはゆっくりと立ち上がり、リサと向かい合う。そして彼女をこれでもかというほどきつく睨み付けた。無理もない。だってそれは、
そういう意味だ。
「せっかく――」
「せっかくもへったくれもあるか。こちとら天国満喫中に呼び出されて迷惑してたんだ。さっさと帰してくれ」
「アンタ、自分が天国行けると本気で思ってんのか?」
「は? 行けるに決まってんだろ? 自慢じゃないが私は…………あー…………」
生前の自分の行いを振り返り、顔を真っ青にするリサ。そんな彼女を見ていると、自然と弟子二人の表情に笑みが生まれていた。
カインはリサに近づき、右手を――
二人の右手が合わさる。するとリサの中にあった暴発寸前の莫大な魔力がカインへと注がれていった。もう一度、魔装をするのに十分な量だ。
「頼む」
「……あぁ」
カインは左腕の2種の腕輪の内、一つに触れる。するとそれは光を発し、彼の左手の中に
「魔装……
静かにそう唱え、彼は自分の右腕を撃ち抜いた。
直後、
「へぇ……」
リサはその姿を見て、物珍しそうな顔をした。
カインが獲得した
それはありえたかもしれない未来の姿。
そして終ぞ叶わなかった理想の自分。
「こう言うのもなんですが、せっかくの騎士姿なのに、剣を使わない所は実にあなたらしいですね」
「……うっせぇ」
少し照れくさそうにカインは悪態を付く。正直、自覚はある。
「じっとしてろ」
カインは右手をリサに翳し、再び彼女の魔力を採取する。そしてその手のうちに
「それは?」
「リサの魔力で作った弾丸だ。
『反転』とは、本来は無から有を生み出す力。言い換えればそれはひっくり返す――つまり事象の裏にある相反する性質を顕現するということ。彼はそれをリサの魔力を対象に発動し、その性質自体を反転させるように応用した。
マイナスの魔力は対象とぶつかることで対消滅を発生させる。それはまさしくこの絶望的な状況を打破する銀の弾丸と言える。
「アンタの爆発に合わせて、コイツで相殺する。そうすりゃ被害は最小限に抑えられるはずだ。まぁ、ぶっつけ本番になっちまうがな」
「……フッ、上出来だ」
リサはカインの腕を掴み、銃口を胸元に当てる。
「外すんじゃねぇぞ?」
「……」
これから引き金を引くその指先に、シルヴィアの白い指がそっと触れた。
「……シルヴィ」
「今度はあなただけに背負わせません。私も、共に」
涙で濡れた真っすぐな瞳で、彼女は答えた。
もう猶予はない。リサの胸元の光は最初とは比べ物にならないほど強まり、暴発寸前だ。残された時間はせいぜい60秒といった所だろう。
「まぁ、あれだ……達者でな」
(どうして……アンタは――)
どこまで行っても所詮は
――あと40秒。
それは分かっている。なのに……
――あと20秒。
どうしてこんなに……
――あと10秒。
(あぁ……そうか)
――あと5秒。
「ありがとな……母さん」
「……ッ…………あぁ」
――あと――
最後にほんの一瞬、とびきりの笑顔を見せてくれた母の姿を目に焼き付け、カイン達は引き金を引く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます