第74話 炎翼の天使 -The Fiery Angel-

・1・


「ッ……私の剣機グラディウスが……」

「どうやら自慢の未来予測でも、あいつらを測りきれなかったみたいだな」


 ユウトの言葉にエクシアは僅かに眉をひそめる。

 想像以上、と言っていい。彼女たちがここまで敵を圧倒できたのは嬉しい誤算だった。信じていなかったわけじゃない。ただ、ユウトの予想を遥かに超える勢いで彼女たちが力を付けている。それだけだ。


「いい気にならないで。まだ魔具アストラはデータが足りないだけ。それにこの力ヘファイストスがあれば、剣機グラディウスなんていくらでも造り出せる!」

「はたしてそうでしょうか?」

「ッ!?」


 エクシアの言葉をライラは否定する。そしてそれはユウトも同じだった。


「シーレのヘファイストスは寄生型の魔具アストラです。彼女が死なない限り、宿主が変わることはない。何より例えあなたであっても、次の宿主を選ぶことはできないはずです」


 寄生型は未解明な部分がまだ多い。宿主から取り出すことはもちろん、次の宿主にどうやって移るのかさえ分かっていない。

 無論、ミュトスが何らかの方法を見つけ出した可能性はある。御巫みかなぎも分散封印という特殊な手段を用いてぬえを維持し続けることだけは可能にしていた。だが仮にそれができたとして、わざわざ『シーレ』という人間を模してまで、『エクシア』という機械を作る必要がない。生物以外にも宿るのなら、それこそ人型よりもさらに効率的な何かにヘファイストスを移植する選択肢だってあったはずだ。なのにミュトスはそれをしなかった。おそらくは彼女を完全再現することが、力を手に入れるための絶対条件。


「ロゴスには外理カーマの解析も任せていました。あれも未だ多くの謎を抱えていますが、彼はこの力がある種の『共鳴』ではないかという仮説を立てていた」


 全く同一の存在には同一の力が宿る。いわゆる偶像崇拝と呼ばれる概念だ。


完全自立型機械人形パレイドリア・オートマタ――人間を完全再現するこの技術を器とし、ロゴスミュトスの叡智で満たした存在。それが上位者を名乗るあなたの……天使の正体ですね?」

「だったら……何だって言うの?」

「お前自身がヘファイストスを使ってるんじゃない。ならお前の使える力には何らかの制限があるんじゃないのか?」


 エクシアは押し黙る。それが二人の憶測を確信へと変えた。

 仕組みはともかく、この共鳴現象を魔術に置き換えることで、シーレを介してエクシアは魔具アストラの力を無理矢理引き出している。言い換えれば、彼女を自分の一部として組み込んでいるのだ。


「手の内さえ分かってしまえばこちらのものです。ユウト、昨夜のダンスように私に合わせてください」

「戦えるのか?」

「フフ、王女の嗜みです♪」


 人差し指を唇に当てながら、彼女は可愛らしくウインクする。


「とはいえ私にできるのはあくまで支援のみ。決めるのはあなたですよ」

「了解。頼りにさせてもらうぞ!」


 そう言ってユウトは理想無縫イデア・トゥルースを発動し、両手に黒白の双銃剣を召喚した。消滅くろ収束しろ、二つの魔力を刀身に纏わせ翼とし、彼は飛ぶ。


「はああああああああああああああああッ!!」

「舐めるなぁぁぁ!!」


 怒気を孕んだ声でエクシアが叫ぶと、背中の炎翼がそれに応え猛り狂った。それはまるで大樹の枝のように、急速に広がってユウトを囲い込もうとする。

 だがユウトは止まらない。そのまま突き進む。


「ッ……これは!?」


 まさに今、四方八方から彼に襲い掛かろうとしていた炎翼が突如揺らぐ。その変化に気付いたエクシアは後方のライラを見た。


魔術凍結領域アブソリュート・アーツ……お姉様!」


 ライラが使用したのは氷系の高位神聖術カレイドライト——『魔術凍結領域アブソリュート・アーツ』。

 範囲内に存在する全ての魔素を凍結する結界だ。大気中の魔素を利用して発動する神聖術カレイドライトはこの中では使用不能となる。当然、エクシアとシーレを繋いでいる共鳴魔術も例外ではない。


「こんなもの……ッ!!」


 エクシアは咄嗟にまだ消えていない炎を爆発させた。地面が砕け、彼女とユウトは奈落の底へ落ちていく。


「逃がすかぁぁぁぁ!!」


 視界を埋め尽くす瓦礫と炎。ユウトにはその全てがスローに見えた。

 重力に引かれて落ちていくそれらを足場に、二人の攻防はさらに加速する。片や両手に握る刃を。片や翼を刃として。お互いにとって必殺となる剣戟が、目にも止まらぬ速さで縦横無尽に駆け回る。だが――


「……ッッ!?」


 その均衡はすぐに崩れた。

 徐々にその力を失っていくエクシアの炎。それがユウトの黒刃――消滅の魔法によって砕かれることで。


「これで…………終わりだ!!」


 そして次の瞬間、もう一方の白刃が炎翼の天使の体を貫いた。


・2・


 ――同時刻。


 異変の中心となった王城に向かうカイン達は、街中で暴走する数多の機械人形オートマタに手を焼いていた。


「クソッ! いったいどれだけいやがるんだコイツら」

「たいした手合いではありませんが……」


 とにかく数が多い。100を超えたあたりから二人は数えるのを止めていた。

 互いに背中を合わせる二人。シルヴィアは振り向かずに続けた。


「気付いていますか?」

「……あぁ」


 カインは乱れ始めた息を整えながら、ゆっくりと答えた。



 初めは素人レベルだった。魔術を使うが、戦い方の方は全くなっていない。その程度の相手なら何人束になってもカイン達が遅れを取ることはありえない。だが実際そうなっていない。カインも、そしてシルヴィアも、致命傷はまだないにせよ、確実に体力を削り取られ、追い込まれている。

 学習しているのだ。恐ろしい速度で、それも加速度的に。

 おそらくここだけではない。この国で現在稼働している全ての機械人形オートマタが戦闘経験を共有している可能性が高い。


「仕方ねぇ、ここは俺が――」

「待って!」


 魔装で一気に片付ける。そのために右手の包帯を取ろうとしたカインをシルヴィアが制止した。


「先程の戦いであなたは消耗しきっている。ここで魔装それを使うのは得策ではない。そんなに便利なものではないでしょう? それは」

「……」


 彼女の言葉は正しい。

 刃神クレイジーエッジ銃神ノイジーバレル。この二つは伊弉冉いざなみが本来持つ魔装ではない。カインの神喰デウス・イーターを鍵として、特定の権能にのみ特化した彼だけの魔装。いわば亜種魔装だ。

 存在そのものが完成された神の力。それを本来とは別の形で使っている。当然そこには無駄が生まれる。あの時、咄嗟の閃きで編み出したものなら尚更だ。


「けどこのままじゃあ――」




「何だよ。随分と手間取ってやがるじゃねぇか」




 その時、空から声が降ってきた。


「ッ、伏せろ!」


 言われるまでもなくその圧倒的な気配を察知したシルヴィアは、予め神聖術カレイドライトを刻み込んだネックレスを千切って結界を張る。

 次の瞬間、城下町を業焔の濁流が飲み込んだ。

 機械人形オートマタたちは突如襲い掛かって来た極熱に体を焼かれ、ドロドロに変形して動かなくなる。


「……」


 そのあまりの惨状にシルヴィアは絶句する。しかし一瞬であれだけの被害をもたらしたというのに、咄嗟に張った彼女の結界にだけは一切傷ついた形跡がなかった。


「どういうつもりだ……タウル!」


 ゆっくりと、焦土と化した地面に降り立った焔の魔人はカインを見て不敵に笑う。


「ほぉ、どうやら少しはその右手もマシになったみてぇだな。昨日よりも格段に濃い力を感じるぜ」


 対して敵意剥き出しで睨むカイン。だが内心はかなり焦っていた。


(最悪だ……今コイツの相手なんてとてもじゃないができねぇぞ)


 リサとの戦いですでに満身創痍。加えて数多の機械人形オートマタとの連戦で全く休めていない。気を抜けば最後、あっという間に全身から力が抜けて動けなくなるだろう。


(あと一回……行けるか?)


 自然と右手に力が入る。無茶なのは百も承知だ。あの時のように上手く行く保証もない。だがこの魔人を前にそんな事は言ってられない。

 タウルの右手が動く。直後、二人の背後で音がした。振り向くとさっきの業焔を生き残った一体の機械人形オートマタが燃えていた。


「なるほど、テメェらが手こずる理由はこれか」


 風で煙が流され、カインはその言葉の意味を理解する。

 全滅などしていなかった。約半数近くの機械人形オートマタたちはシルヴィアと同じように結界魔術を発動し、それらを何重にも重ねてタウルの炎を耐えきっていたのだ。


「ドルジの野郎……ふざけた真似しやがって」

「何で、俺たちを助けた?」

「あ? 勘違いすんじゃねぇ。こう邪魔が多いとテメェとの戦いを楽しめねぇ。それだけだ」


 タウルは再び業焔を飛ばす。先ほどとは違う威力重視の圧縮された炎は多重結界を容易に砕き、さらに多くの機械人形オートマタを消し炭にしていく。


「待て待て、それじゃダメだ」

「何だよ?」

「あいつらは学習してる。今はよくてもすぐに対策を立てられるぞ」

「じゃあどうするんだ?」

「やるなら一カ所に集めて……一網打尽にする。だから協力しろ。相手なら後でいくらでもしてやる」


 タウルは少しばかり思案する。

 カインの推測が正しければ、この事態は魔人側も想定外のはず。タウルの態度からもそれは窺える。さっきの彼の口ぶりでは神凪絶望かんなぎたつもと、彼女を回収した神凪滅火かんなぎほろび。この二人と繋がっているのはドルジという別の魔人のようだ。

 

(こいつら、一枚岩じゃないのか? まぁいい。今はむしろ好都合だ)


 正直、乗ってくるかは賭けだ。それでも今のカイン達に残された選択肢はこれしかない。

 しばらくして、タウルは無言でカインの横に立った。


「面白れぇ。乗ってやるよ、その作戦」

「今だけは一時休戦。文句ねぇな?」

「ま、たまにはいいだろ。テメェらが足を引っ張るようなら知らねぇがな」


 今ここに、異例のタッグが結成した。

 利用できるものは何でも利用する。例えそれが敵であっても。これ以上、師と過ごしたこの場所を踏みにじらせないために。だから――


「上等だ。テメェこそ足引っ張んなよ!」


 カインは僅かに残った力を総動員して、大剣を握りしめた。

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