第74話 炎翼の天使 -The Fiery Angel-
・1・
「ッ……私の
「どうやら自慢の未来予測でも、あいつらを測りきれなかったみたいだな」
ユウトの言葉にエクシアは僅かに眉をひそめる。
想像以上、と言っていい。彼女たちがここまで敵を圧倒できたのは嬉しい誤算だった。信じていなかったわけじゃない。ただ、ユウトの予想を遥かに超える勢いで彼女たちが力を付けている。それだけだ。
「いい気にならないで。まだ
「はたしてそうでしょうか?」
「ッ!?」
エクシアの言葉をライラは否定する。そしてそれはユウトも同じだった。
「シーレのヘファイストスは寄生型の
寄生型は未解明な部分がまだ多い。宿主から取り出すことはもちろん、次の宿主にどうやって移るのかさえ分かっていない。
無論、ミュトスが何らかの方法を見つけ出した可能性はある。
「ロゴスには
全く同一の存在には同一の力が宿る。いわゆる偶像崇拝と呼ばれる概念だ。
「
「だったら……何だって言うの?」
「お前自身がヘファイストスを使ってるんじゃない。ならお前の使える力には何らかの制限があるんじゃないのか?」
エクシアは押し黙る。それが二人の憶測を確信へと変えた。
仕組みはともかく、この共鳴現象を魔術に置き換えることで、シーレを介してエクシアは
「手の内さえ分かってしまえばこちらのものです。ユウト、昨夜のダンスように私に合わせてください」
「戦えるのか?」
「フフ、王女の嗜みです♪」
人差し指を唇に当てながら、彼女は可愛らしくウインクする。
「とはいえ私にできるのはあくまで支援のみ。決めるのはあなたですよ」
「了解。頼りにさせてもらうぞ!」
そう言ってユウトは
「はああああああああああああああああッ!!」
「舐めるなぁぁぁ!!」
怒気を孕んだ声でエクシアが叫ぶと、背中の炎翼がそれに応え猛り狂った。それはまるで大樹の枝のように、急速に広がってユウトを囲い込もうとする。
だがユウトは止まらない。そのまま突き進む。
「ッ……これは!?」
まさに今、四方八方から彼に襲い掛かろうとしていた炎翼が突如揺らぐ。その変化に気付いたエクシアは後方のライラを見た。
「
ライラが使用したのは氷系の高位
範囲内に存在する全ての魔素を凍結する結界だ。大気中の魔素を利用して発動する
「こんなもの……ッ!!」
エクシアは咄嗟にまだ消えていない炎を爆発させた。地面が砕け、彼女とユウトは奈落の底へ落ちていく。
「逃がすかぁぁぁぁ!!」
視界を埋め尽くす瓦礫と炎。ユウトにはその全てがスローに見えた。
重力に引かれて落ちていくそれらを足場に、二人の攻防はさらに加速する。片や両手に握る刃を。片や翼を刃として。お互いにとって必殺となる剣戟が、目にも止まらぬ速さで縦横無尽に駆け回る。だが――
「……ッッ!?」
その均衡はすぐに崩れた。
徐々にその力を失っていくエクシアの炎。それがユウトの黒刃――消滅の魔法によって砕かれることで。
「これで…………終わりだ!!」
そして次の瞬間、もう一方の白刃が炎翼の天使の体を貫いた。
・2・
――同時刻。
異変の中心となった王城に向かうカイン達は、街中で暴走する数多の
「クソッ! いったいどれだけいやがるんだコイツら」
「たいした手合いではありませんが……」
とにかく数が多い。100を超えたあたりから二人は数えるのを止めていた。
互いに背中を合わせる二人。シルヴィアは振り向かずに続けた。
「気付いていますか?」
「……あぁ」
カインは乱れ始めた息を整えながら、ゆっくりと答えた。
「一体一体が確実に強くなってやがる」
初めは素人レベルだった。魔術を使うが、戦い方の方は全くなっていない。その程度の相手なら何人束になってもカイン達が遅れを取ることはありえない。だが実際そうなっていない。カインも、そしてシルヴィアも、致命傷はまだないにせよ、確実に体力を削り取られ、追い込まれている。
学習しているのだ。恐ろしい速度で、それも加速度的に。
おそらくここだけではない。この国で現在稼働している全ての
「仕方ねぇ、ここは俺が――」
「待って!」
魔装で一気に片付ける。そのために右手の包帯を取ろうとしたカインをシルヴィアが制止した。
「先程の戦いであなたは消耗しきっている。ここで
「……」
彼女の言葉は正しい。
存在そのものが完成された神の力。それを本来とは別の形で使っている。当然そこには無駄が生まれる。あの時、咄嗟の閃きで編み出したものなら尚更だ。
「けどこのままじゃあ――」
「何だよ。随分と手間取ってやがるじゃねぇか」
その時、空から声が降ってきた。
「ッ、伏せろ!」
言われるまでもなくその圧倒的な気配を察知したシルヴィアは、予め
次の瞬間、城下町を業焔の濁流が飲み込んだ。
「……」
そのあまりの惨状にシルヴィアは絶句する。しかし一瞬であれだけの被害をもたらしたというのに、咄嗟に張った彼女の結界にだけは一切傷ついた形跡がなかった。
「どういうつもりだ……タウル!」
ゆっくりと、焦土と化した地面に降り立った焔の魔人はカインを見て不敵に笑う。
「ほぉ、どうやら少しはその右手もマシになったみてぇだな。昨日よりも格段に濃い力を感じるぜ」
対して敵意剥き出しで睨むカイン。だが内心はかなり焦っていた。
(最悪だ……今コイツの相手なんてとてもじゃないができねぇぞ)
リサとの戦いですでに満身創痍。加えて数多の
(あと一回……行けるか?)
自然と右手に力が入る。無茶なのは百も承知だ。あの時のように上手く行く保証もない。だがこの魔人を前にそんな事は言ってられない。
タウルの右手が動く。直後、二人の背後で音がした。振り向くとさっきの業焔を生き残った一体の
「なるほど、テメェらが手こずる理由はこれか」
風で煙が流され、カインはその言葉の意味を理解する。
全滅などしていなかった。約半数近くの
「ドルジの野郎……ふざけた真似しやがって」
「何で、俺たちを助けた?」
「あ? 勘違いすんじゃねぇ。こう邪魔が多いとテメェとの戦いを楽しめねぇ。それだけだ」
タウルは再び業焔を飛ばす。先ほどとは違う威力重視の圧縮された炎は多重結界を容易に砕き、さらに多くの
「待て待て、それじゃダメだ」
「何だよ?」
「あいつらは学習してる。今はよくてもすぐに対策を立てられるぞ」
「じゃあどうするんだ?」
「やるなら一カ所に集めて……一網打尽にする。だから協力しろ。相手なら後でいくらでもしてやる」
タウルは少しばかり思案する。
カインの推測が正しければ、この事態は魔人側も想定外のはず。タウルの態度からもそれは窺える。さっきの彼の口ぶりでは
(こいつら、一枚岩じゃないのか? まぁいい。今はむしろ好都合だ)
正直、乗ってくるかは賭けだ。それでも今のカイン達に残された選択肢はこれしかない。
しばらくして、タウルは無言でカインの横に立った。
「面白れぇ。乗ってやるよ、その作戦」
「今だけは一時休戦。文句ねぇな?」
「ま、たまにはいいだろ。テメェらが足を引っ張るようなら知らねぇがな」
今ここに、異例のタッグが結成した。
利用できるものは何でも利用する。例えそれが敵であっても。これ以上、師と過ごしたこの場所を踏みにじらせないために。だから――
「上等だ。テメェこそ足引っ張んなよ!」
カインは僅かに残った力を総動員して、大剣を握りしめた。
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