第68話 右腕の真価 -The Warlock killer-
・1・
「そらッ! こいつはどうだ!!」
タウルの拳に合わせ、
しかし対するクルトに焦りはない。彼は炎を全て掻い潜り、タウルと一進一退の白兵戦を繰り広げていた。
状況はクルトにやや傾きかけている。その最も大きな要因は、堕天してその能力を変質させたアレスにある。瞬間移動、とでも言えばいいのか。瞬きをしたその瞬間、タウルの視界からクルトは消える。そのせいで後手に回らざる負えないのだ。
「何故、さっきの
「あ? あれは騎士の小僧にくれてやったもんだ。テメェじゃ役不足なんだよ」
今、タウルの目の前にいる騎士はクルト・シュヴァイツァーではない。よくできた偽物。そもそも本物を知らないが、少なくとも堕天した彼の剣からは戦士の
(……ったく、興醒めだぜ)
タウルは再び
「無駄だ」
だがやはりクルトはその全てを瞬間移動で躱し、タウルの横腹を深く切り裂いた。
「チッ、すばしっこい野郎だ」
どんなトリックかはまだ分からない。とにかく尋常ではないスピードを相手は獲得した。それだけは確かだ。
(……いや待て……逆か?)
しかしそこでふとタウルは立ち止まる。彼の闘争本能が自分の認識に『No』を突き付けたのだ。それは戦いの中でのみ得られる独特の感覚。幾千の死闘を経て培われた己が目で見たものだけを脳が無意識に判断する。そこには理解できる理由もなければ、納得のいく根拠もない。あるのはそんな
「……やってみるか」
タウルは剣の傷を一瞬で再生させ、右手に炎を猛らせる。彼の変化を察したクルトも剣を構えた。
次の瞬間、『答え』の是非は明らかとなった。
「ッッッ!?」
気付いた時には業炎が堕天の黒装束を包んでいた。
クルトは自身を襲った謎の衝撃によって吹き飛ばされ、巨大な氷塊に激突した。
「……なに、が……」
今の一撃が決定打となった。
ガクガクと不協和音を奏でるクルトの体――駆動系からは絶えず火花が飛び散っている。
「別におかしな事じゃねぇさ」
「……何?」
「その姿で獲得したテメェの能力は超加速じゃねぇ。その逆、いわゆる超減速ってやつだ」
「……ッ」
「ククク、どうやら当たりみてぇだな。
クルトが速いのではない。タウルが遅いのだ。通常の10分の1……いや、100分の1、あるいはもっと。対象の時が止まって見えるほどの時間と空間の減速。もちろん、視界や気配といった外部から得る情報も例外ではない。
「だが、それが分かった所で……何もできないはず。一体何をした?」
「俺はただコイツを使っただけだ」
「それは……ッ」
アグニ。以前、タウルがカインから奪った
獅子を象った黒き
「こいつも戦利品だ。さすがに炎の神だけあって、俺とは相性がいいらしい」
「こいつはあらゆる力をため込んで、それを増幅して放つことができる。こんな風にな」
タウルは右手に自身が生み出した炎を灯した。すると籠手はその炎を吸収し、徐々にその色を黒から真紅へと染め上げていく。
「まぁこれは力の一端でしかない。より正確に言やぁ力の向きを自在に、制限なく操る、だ」
超減速領域の中で動くためには、それを超える速度を持つしかない。
アグニならそれを実現できる。タウルは自身の炎を籠手に吸収させ、それを指先に集約した上で極小の弾丸とし、『向き』と『強さ』を設定した。そうして放たれた弾丸は超減速領域の影響下であっても、通常の弾丸とほぼ同等の速度を得ていたのだ。さらに領域を抜けたその瞬間、本来の加速度を取り戻し、不可視の弾丸と化す。
無限に等しい加速と約千度にも達する炎は、わずか数ミリであっても敵を焼き尽くすには十分な威力を持っていた。
「急に雰囲気が変わったとはいえ、律儀に正面から向かってくるのは変わらなかったからな。タイミングを合わせりゃ当てるのは簡単だ」
「……」
ミュトスに制御された操り人形とはいえ、その技能や性格はオリジナルに由来する。それは途方もないほど膨大な計算によって
実直な青年だったクルトという表面だけを模したが故の欠点。理屈や計算ではない本物の死闘を知らない人工知能は『本能』という重要なファクターを見落としていた。
「これで終いだ」
そう言ってタウルは
吸収と放出を繰り返し、螺旋を描く焔。球状に凝縮されたそれは――
「あ?」
しかし、そこでタウルは焔を止める。
「……チッ、逝ったか」
すでに
これ以上は無意味。ただの鉄くずに攻撃した所で何にもならない。
「まぁ、それなりに楽しめたぜ。こいつは貰っといてやるよ」
魔人は足元に落ちていたロストメモリー――アレスを拾い上げると、次の獲物を探し始めた。
・2・
「ぐ、は……ッ!!」
カインとシルヴィアは剣道場の壁を突き破り、外へと投げ出された。
「い、生きていますか?」
「……ぐ……何とか、な」
圧倒的な強さ。
剣の強さがどうとかもはやそんなもの関係ない。こちらが1度剣を振れば、彼女は少なくとも10回は斬っている。息の合った完璧な連携も意味を成さない。これでは大人と赤子が戦っているようなものだ。全く勝負にならない。
どういう理屈か全く想像つかないが、
「シルヴィ、お前の魔具でリサを俺たちのレベルまで弱体化できないのか?」
「もうやっています。彼女は今、確かに弱体化している」
「冗談だろ……」
耐性があるのか完全ではないものの、確実に相手は弱くなっている。それでもこれほどまでの差がある。
「ならあいつを起点に俺を
「それは……危険です。確かに強化はできますが、身の丈に合わない力は自分自身を傷つけます。これほどの力の差……一度でも剣を振れば腕が千切れますよ?」
「ならどうやって……」
カインの持つ力のみで
(ワーロックを倒せる力……そんなもの……ッ)
しかしそこで、カインはある事を思い出す。
それはロンドンでユウトがザリクと戦った時だ。
(あいつは俺たちを守ったから負けた。だがそもそもの話、それができたのはあの魔人がワーロックを倒せるだけの力を持っていたからだ)
魔人ザリクはその一つ、インドラを保有している。そして
「……」
カインは自分の異形の右腕に目を向ける。
この中にもその一つが眠っている。
(けど御巫の里の時みたいな中途半端な力じゃダメだ。あの時は
もっと強い力。完全な魔装の力が必要だ。しかし使い手のカインは
(……半分?)
まだ何かが引っ掛かる。
時間がない。カインはリサが次の動きを始めるまでに、その正体を突き止めなければならない。
(考えろ……誰に言われた? 完全……半分……伸びしろ……ッ!?)
破壊された壁の穴をくぐって、リサはカインたちの前に立つ。
「カイン! 次が来ます!!」
「ッ!!」
考える時間はない。考えるだけで生存率が下がるのなら、思考なんて放棄する。
カインは自身の直感に従い、そしてそれを微塵も疑うことなく、左手に握った大剣型
「「!?」」
『ひっ!?』
その場の誰もが驚愕した。
あの
「う……ッ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
激痛が右腕から流れてくる。しかしカインは剣から左手を離さない。
(
魔人タウルが言っていた。この右腕は不完全だと。
不完全故に足りない力を外から補おうとする性質があるのだ。そして今、右腕に収まった
(なら、使い方を覚えさせる!)
「さっさと起きやがれ!
次の瞬間、カインの右腕から全てを塗り潰す眩い光が溢れ出した。
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