第67話 模倣の極み -If she were ...-
・1・
――天使顕現から数分後。
2対1の激しい剣戟の応酬。外で何かが起きた。それを分かっていながらも、カインとシルヴィアにはそれを確認する暇はなかった。間髪入れずに剣と剣がぶつかる度、暗い剣道場の中で赤い火花が飛び散っていく。
(ッ……決めきれないッ!)
かつてこの場所で教えを受けていた頃ならまだしも、年を重ね体技共に大きく成長した今のカインたちが過去のリサに押されている。
しかもそれだけではない。
「!? シルヴィ! 下がれ!」
カインの叫びとほぼ同時に、堕天して再び
「く……ッ!」
だが彼女に到達する前に、カインの右腕がその魔手を掴む。
「……俺の真似か? 冗談だとしたら笑えないぜ……」
彼は常人を遥かに超える握力でその手を握り潰す。そして下から流れるように滑り込んだシルヴィアが、伸びきったリサの右腕を斬り捨てた。だが手応えどころか、彼女の切断された腕からは血さえ流れ落ちない。元より機械の体故か、痛みも感じていない様子だ。
『クヒヒ……それは特別製、です。そんなことじゃ彼女は倒せませんよー』
加えて笑いを堪えているのか、それとも怯えているのか分かりづらい
「このままでは埒が明きません。根本的な打開策を見つけなければ……」
「シルヴィ、さっきリサが使ったロストメモリー……確か『ファロール』つったか。お前、聞き覚えあるか?」
唐突なカインの質問に、シルヴィアは首を横に振る。
「いえ……聞いたことはありませんが」
「だよな」
(
それは特別製。
『それ』はリサを指した言葉ではない。何故なら
ならば必然的に『それ』が指すのは堕天に使用した
(もし、あの
『
「ッ!?」
思考の先を読まれたカインは思わず絶句する。だが、思考を読んだ当の本人は喜びに打ち震えていた。
『う、嬉しい……カイン様の考えてる事、
「リサの
『ですです……大正解♡』
未だ顔の見えない彼女だが、それでも尋常じゃないほど興奮しているのが手に取るように理解できる。その感覚が心底気持ち悪い。
『
「……そんな下らないもんのためにリサを……テメェらは何がしたいんだ!!」
「……カイン」
聞けば聞くほど腸が煮えくり返る。
憎悪を剥き出しにして叫ぶカインをシルヴィアは心配そうな目で見つめていた。
『……』
「答えろ!!」
しばらく沈黙が続いた。そして、
『か、神様って……この世界にいないじゃないですか?』
「ああ?」
およそ30秒。ようやく口を開いたかと思えば、
『いないけど、み、みんな求めてる……い、いると
「確かにヨハネは『王』ではなく、『天使』という上位者を求めていた。ですが……」
所詮は紛い物。あれはとても神と呼べるような代物ではない。シルヴィアの顔にはそう書いてあった。
『ひ、人の上に人が立つと、絶対、上手くいかない、です。だって……結局その人も自分と同じ、に、人間だから。他人より優れていたいという欲が捨てられない。悲しいけどだからこそ、
「なに、を……」
「なら何か? テメェは全人類の平穏のために神様を作ってる……そう言いたいのか?」
神様が神様である必要はない。それが神様としての機能を果たせればそれでいい。何も間違えない絶対の叡智こそ、全人類を統率できる唯一の方法だと。
『
「あっち側……だと?」
『もう気付いてる……でしょ? 外のアレ』
確かに何か尋常ではない気配は感じていた。ここに来て外を眺める暇は一度もなかったが、彼女の言葉でカイン達はようやく窓の外に広がる異様な光景を目の当たりにした。
「な……ッ!?」
街が燃えている。空さえも。
至る所で人々が争い合っている。戦場は王国の外だけだったはずなのに。
『争いが無意味だと分からせるための苦痛、憎悪、そして悲劇……
「壁上部隊からの報告です。騎士たちの中にリサと同じような
「何、ロゴスが!?」
「どうした?」
「……ロゴスが何者かに乗っ取られました」
クスクスと笑い声が響く。
『あっちも、順調みたい……
彼女がそう言うと、
「ッ!?」
『クヒヒ……
今まで仮面に隠されていた彼女の瞳が赤く輝く。
カインはその目を知っている。当然だ。彼の身近に二人も存在しているのだから。
「何ですか……この、でたらめな魔力……ッ!?」
『一応、忠告……こけおどしじゃない、ですよ?』
言われなくても分かっている。
信じ難いが、この馬鹿みたいに恐ろしい気配は――
「……
・2・
「なるほど、それがお前の導き出した結論か」
離れた場所で炎翼の天使を観測していた青いスーツの男――
「とか言って最初から分かってたんじゃないのー?
そんな彼に対し、隣に座る魔人が茶々を入れた。
「魔人ドルジ。
「いやマジあの子最ッ高。良い感じにぶっ飛んでて見てて飽きないわ。おまけにサービス精神もあるときた」
そう言って下卑た笑みを浮かべる魔人を
「人を超える存在……AIはそれに最も近いとされるものだ。シンギュラリティに達したそれが導き出した結論は、人類が全身全霊の知恵を振り絞り、ありとあらゆる手段を講じてもなお辿り着けない『答え』を見ることができる」
「それが人類の駆逐……ヒャハハハ! つまり救いようがないってか!? あー笑える」
「だが完璧な統治者としての能力がないのであれば、もはや俺の求めるものには成り得ない。俺の実験はここで終了だ」
あとは今回の実験に協力してくれた
「んじゃ、俺様もそろそろお暇させてもらおうかね。
「
立ち上がり、クルリと踵を返したドルジの背中に
「さて、何だろうねぇ」
「貴様が集めている遺物に関係することか?」
「ストップストップ! わかったよ
ドルジは宥めるようにそう懇願する。もちろんそれが心からの言葉ではないことは誰が見ても明らかだ。だが同時に、これ以上の詮索に意味はないことを示唆していた。
「あと、10万と3067日だ」
「? あー、確かあんたが閲覧して知った世界の寿命だっけ? 物好きだねぇ」
「知っているからこそ、俺は限りある時間を最大限に使うことができる。故に貴様が俺の邪魔をするというのなら……分かっているな?」
ドルジは背筋が凍り付くような感覚に襲われた。
「おー怖ッ……」
そう言ってドルジは転移魔方陣を展開して姿を眩ませた。
彼の気配が完全に消失したところで、
「カイン……まさかこんな場所でお前と出会うとはな」
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