第67話 模倣の極み -If she were ...-

・1・


 ――天使顕現から数分後。


 2対1の激しい剣戟の応酬。外で何かが起きた。それを分かっていながらも、カインとシルヴィアにはそれを確認する暇はなかった。間髪入れずに剣と剣がぶつかる度、暗い剣道場の中で赤い火花が飛び散っていく。


(ッ……決めきれないッ!)


 かつてこの場所で教えを受けていた頃ならまだしも、年を重ね体技共に大きく成長した今のカインたちが過去のリサに押されている。

 しかもそれだけではない。


「!? シルヴィ! 下がれ!」


 カインの叫びとほぼ同時に、堕天して再び罪狩パージャーとなったリサの右腕が変化する。黒い闇を纏った悪魔の腕。まるでカインの神喰デウス・イーターをそっくりそのまま真似したようなそれを彼女はシルヴィアに向かって伸ばした。


「く……ッ!」


 だが彼女に到達する前に、カインの右腕がその魔手を掴む。


「……俺の真似か? 冗談だとしたら笑えないぜ……」


 彼は常人を遥かに超える握力でその手を握り潰す。そして下から流れるように滑り込んだシルヴィアが、伸びきったリサの右腕を斬り捨てた。だが手応えどころか、彼女の切断された腕からは血さえ流れ落ちない。元より機械の体故か、痛みも感じていない様子だ。


『クヒヒ……それは特別製、です。そんなことじゃ彼女は倒せませんよー』


 加えて笑いを堪えているのか、それとも怯えているのか分かりづらい神凪絶望かんなぎたつもの声がカイン達の感情をさらに逆なでする。だが彼女の言葉通り、右腕を失ったリサは何事もなかったかのように周囲の黒い霧を集め、新しい右腕を生成した。


「このままでは埒が明きません。根本的な打開策を見つけなければ……」

「シルヴィ、さっきリサが使ったロストメモリー……確か『ファロール』つったか。お前、聞き覚えあるか?」


 唐突なカインの質問に、シルヴィアは首を横に振る。


「いえ……聞いたことはありませんが」

「だよな」


 魔具アストラは神の権能を封じ込めた霊装。その名はそのまま奪った神の名に由来する。唯一例外として複数の神を統合した『神融型』はそのルールに当てはまらないが――


神凪絶望あいつはさっき『それ』と言った)


 

 『それ』はリサを指した言葉ではない。何故なら絶望たつもはその後すぐにリサの事を『彼女』と呼んだからだ。

 ならば必然的に『それ』が指すのは堕天に使用した魔具アストラ、あるいは外神機フォールギアという事になる。


(もし、あの魔具アストラが――)

絶望たつもたちが製造したものなら、ですか?』

「ッ!?」


 思考の先を読まれたカインは思わず絶句する。だが、思考を読んだ当の本人は喜びに打ち震えていた。


『う、嬉しい……カイン様の考えてる事、絶望たつも分かります。分かっちゃいますぅ……ウェヘヘ』

「リサの魔具アストラはお前たちが作った、そういう事でいいのか?」

『ですです……大正解♡』


 未だ顔の見えない彼女だが、それでも尋常じゃないほど興奮しているのが手に取るように理解できる。その感覚が心底気持ち悪い。


これファロールを作るのに……ご、5年もかかっちゃいました。魔具を叡神グノーシス化させる第1段階ニグレドまでは、あ、明羅あきらお姉ちゃんが確立したんですけど、そ、そこから育った神性を分離して新しい魔具を製造する第2段階アルベドが難しくて難しくて……』

「……そんな下らないもんのためにリサを……テメェらは何がしたいんだ!!」

「……カイン」


 聞けば聞くほど腸が煮えくり返る。

 憎悪を剥き出しにして叫ぶカインをシルヴィアは心配そうな目で見つめていた。


『……』

「答えろ!!」


 しばらく沈黙が続いた。そして、


『か、神様って……この世界にいないじゃないですか?』

「ああ?」


 およそ30秒。ようやく口を開いたかと思えば、絶望たつもは突然そんな事を口にした。


『いないけど、み、みんな求めてる……い、いると仮定して信じて、それが示す答えに依存している……ヨハネの神託がいい例、です』

「確かにヨハネは『王』ではなく、『天使』という上位者を求めていた。ですが……」


 所詮は紛い物。あれはとても神と呼べるような代物ではない。シルヴィアの顔にはそう書いてあった。


『ひ、人の上に人が立つと、絶対、上手くいかない、です。だって……結局その人も自分と同じ、に、人間だから。他人より優れていたいという欲が捨てられない。悲しいけどだからこそ、絶望たつもという武器商人サービスが求められ続けるんです。ひ、必要なのは全幅の信頼を置ける『唯一』、と……疑う事すらおこがましいと思える人を超えた『叡智』。か、形や生まれなんて何でもいいんです。それが人間以上のステータスを持つ存在であれば、ぜ、全部解決すると思いませんか?』

「なに、を……」


 絶望たつもの言葉は耳に入るが、脳がそれを上手く噛み砕けない。そもそも情報そのものが噛み砕く必要がないほどシンプルすぎるからかもしれない。ならもし仮にそれをそのままの意味で解釈するのなら――


「なら何か? テメェは全人類の平穏のために神様を作ってる……そう言いたいのか?」


 神様が神様である必要はない。それが神様としての機能を果たせればそれでいい。何も間違えない絶対の叡智こそ、全人類を統率できる唯一の方法だと。


絶望たつもじゃない……です。い、今のは受け売り。今回、に関しては、絶望たつもは技術と場所を提供した、だけ……利害が一致したから』

「あっち側……だと?」

『もう気付いてる……でしょ? 外のアレ』


 確かに何か尋常ではない気配は感じていた。ここに来て外を眺める暇は一度もなかったが、彼女の言葉でカイン達はようやく窓の外に広がる異様な光景を目の当たりにした。


「な……ッ!?」


 街が燃えている。空さえも。

 至る所で人々が争い合っている。戦場は王国の外だけだったはずなのに。


『争いが無意味だと分からせるための苦痛、憎悪、そして悲劇……絶望たつものミッションはもうほとんど完遂して、ます』

「壁上部隊からの報告です。騎士たちの中にリサと同じような機械人形オートマタが潜んでいたそうです。同様に街中でも相当数確認されています!」


 神聖術カレイドライトによる通信を拾ったシルヴィアが外の状況をカインに伝える。だが凶報はそこで終わらない。


「何、ロゴスが!?」

「どうした?」

「……ロゴスが何者かに乗っ取られました」


 クスクスと笑い声が響く。


『あっちも、順調みたい……絶望たつもたちもつ、次の段階に行っちゃおう』


 彼女がそう言うと、罪狩パージャー――いや、リサは自分の顔を隠す髑髏の面を右腕で掴み強引に剥ぎ取った。


「ッ!?」

『クヒヒ……絶望たつものとっておき。ほ、本来ならありえない可能性、ですけど……』


 今まで仮面に隠されていた彼女の瞳が赤く輝く。

 カインはその目を知っている。当然だ。のだから。


「何ですか……この、でたらめな魔力……ッ!?」

『一応、忠告……こけおどしじゃない、ですよ?』


 言われなくても分かっている。

 信じ難いが、この馬鹿みたいに恐ろしい気配は――


「……魔道士ワーロック


・2・


「なるほど、それがお前の導き出した結論か」


 離れた場所で炎翼の天使を観測していた青いスーツの男――神凪滅火かんなぎほろびは小さく落胆する。


「とか言って最初から分かってたんじゃないのー? 滅火ほろびちゃんよぉ」


 そんな彼に対し、隣に座る魔人が茶々を入れた。


「魔人ドルジ。明羅あきらが世話になったようだな」

「いやマジあの子最ッ高。良い感じにぶっ飛んでて見てて飽きないわ。おまけにサービス精神もあるときた」


 そう言って下卑た笑みを浮かべる魔人を滅火ほろびは横目で一瞥した。


「人を超える存在……AIはそれに最も近いとされるものだ。シンギュラリティに達したそれが導き出した結論は、人類が全身全霊の知恵を振り絞り、ありとあらゆる手段を講じてもなお辿り着けない『答え』を見ることができる」

「それが人類の駆逐……ヒャハハハ! つまり救いようがないってか!? あー笑える」

「だが完璧な統治者としての能力がないのであれば、もはや俺の求めるものには成り得ない。俺の実験はここで終了だ」


 あとは今回の実験に協力してくれた神凪絶望かんなぎたつもの指示を待つだけ。それが彼女との間で結んだ契約だった。


「んじゃ、俺様もそろそろお暇させてもらおうかね。死神ザリクちゃんの攻撃に巻き込まれたくねぇからな」

絶望たつもと何を企んでいる?」


 立ち上がり、クルリと踵を返したドルジの背中に滅火ほろびは問う。


「さて、何だろうねぇ」

「貴様が集めている遺物に関係することか?」

「ストップストップ! わかったよ滅火ほろびちゃん、あんたには敵わねぇよ。だからここは見逃してくれや。な?」


 ドルジは宥めるようにそう懇願する。もちろんそれが心からの言葉ではないことは誰が見ても明らかだ。だが同時に、これ以上の詮索に意味はないことを示唆していた。


「あと、10万と3067日だ」

「? あー、確かあんたが閲覧して知った世界の寿命だっけ? 物好きだねぇ」

「知っているからこそ、俺は限りある時間を最大限に使うことができる。故に貴様が俺の邪魔をするというのなら……分かっているな?」


 ドルジは背筋が凍り付くような感覚に襲われた。神凪滅火かんなぎほろびに――より正確には、彼の纏う黄金の覇気に圧倒されたのだ。


「おー怖ッ……」


 そう言ってドルジは転移魔方陣を展開して姿を眩ませた。

 彼の気配が完全に消失したところで、滅火ほろびは懐から取り出した端末を起動する。そこに映し出されたのは、昨日街で出会った青年の姿だった。


「カイン……まさかこんな場所でお前と出会うとはな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る