第66話 動き出す悪意 -Glowing Malice-

・1・


「愚かだな。自らが生み出した兵器に牙を剥かれるとは」


 降り注ぐ那由多の隕石群。その身一つで地球規模の天災を操るザリクの大技は、バベルハイズ王国の中心に発生した『天使』と呼ばれる何かが放った空を黒一色に染め上げる神聖術カレイドライトによって防がれた。

 だが、だからと言って『天使』がこちらの味方かと言われれば、どうやらそうではないらしい。理由は不明だが、の存在の出現と時を同じくして、国防に専念していた王国騎士、及び魔術師たちの間で仲間割れが発生していた。


「お前達が仕掛けたんじゃないのか?」


 ザリクと同じ高度まで上昇したユウトはそう尋ねた。


「……」


 その問いに答える事なく、彼女は離れた場所で今まさに死闘を繰り広げるタウルとに視線を向ける。つられてユウトも同じ方向を向いた。


(……ッ、あれは!?)


 ユウトが注目したのは黒装束の左腕。禍々しいオーラを放つ黒い腕輪。

 間違いない。あれは御巫の里で神凪明羅かんなぎあきら神無月織江かんなづきおりえに使わせた外神機フォールギアと同じもの。『堕天』と呼ばれる魔具アストラの権能を変質させる謎の腕輪だ。


「あの魔人と戦っていたのはたしか……」


 ユウトの脳裏にその青年の顔が浮かぶ。王城でライラから一度紹介された三剣騎士団トライナイツ副団長。クルト・シュヴァイツァー。彼はアレスという魔具を持っていた。ならばあの黒装束の正体は彼ということになる。


「どうした? 今の私を前に呆けるとはいい度胸だな」


 ザリクの周囲に浮かぶ惑星を模した球体が淡く輝き始める。しかし、


「いや……その、疑って悪かったなって」

「……は?」


 敵であるユウトからそんな言葉が出るとはさすがのザリクも想像していなかったらしい。あっけらかんとした表情でユウトを見ていた。彼女の殺意に呼応する惑星の輝きも鳴りを潜める。


「だから、この状況をお前たちが引き起こしたって疑った事だよ。外神機あの腕輪が出てくるってことは、たぶん前に御巫の里で会ったやつの仕業だ」

「……つくづく呆れるな。私がこの国を滅ぼすためにその者と繋がっているとは考えないのか?」


 軽蔑するようなザリクの言葉に、しかしユウトは首を横に振る。


「何となくだけど、やっぱりお前はそういうことをするやつじゃない……気がする」


 確証はない。ただの想像だ。

 だがこれまで彼女と対峙してきて、彼女個人に対して不思議とユウトは不快感を覚えたことがない。もちろん彼女が善人だとは思わない。事実、世界に仇なす恐ろしい魔人だ。しかしそれでも、ザリクにはザリクなりの信条ルールがあるように思えてならない。そうでなければこれほど圧倒的な力を持っているにも関わらず、ライラとの約束を律儀に守ったりしないはずだ。それこそ力で屈服させ、恐怖で支配する方がよっぽど簡単なのだから。


「ふざけるな……」


 ザリクはギロッと隻眼でユウトを睨みつけると、再び周囲の惑星に煌光を灯す。それらはやがて一つとなり、彼女の頭上で黒い球体へと変じた。


「貴様に……私の何が分かるッ!!」


 それはさながら黒い太陽。超高密度の重力を無理矢理束ね塊状とした破壊そのもの。自らが発する光さえ逃さず、黒く輝くそれを彼女は一気に解放する。それをユウトはあろうことか正面から迎え撃った。


「ぐ……ッ!!」


 衝突した左腕の籠手が明らかに不気味な異音を立てる中、それでも歯を食いしばって耐えた。下にはレイナたちがいる。だから避けるという選択肢はない。ありったけの魔力を衝突面に集中させ、ここで砕く!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ッ、破魔の魔法か!?」


 超重力の塊を可能な限り無効化し、拳で砕いたユウトはさらに飛ぶ。それに対し、一直線に接近する彼を撃ち落とそうと射出される2つの金剛杵ヴァジュラ。螺旋回転にインドラの光を纏わせたそれらは、あらゆる防壁を穿つ絶対の滅矢と化した。


『Blade』


 だがユウトはそれさえも召喚した白銀の刀で受け流し、飽和した金剛杵ヴァジュラの魔力を奪って束ね、それを刀身からジェット噴射のように放出してさらに加速する。


「ぐ……ッ!?」

「ここだぁぁッ!!」


 魔人の懐まで潜り込んだユウト。二度とないチャンスを逃すまいと、彼は横一文字に刃を鋭く走らせた。

 ガシャン! とガラスが割れるような音が鳴り響く。


「……ッ!?」


 それはザリクの三叉槍トリアイナと激突した刀身が砕けた音だった。


「フン、惜しかっ――ッ!?」


 しかしその時、勝利を確信した彼女の表情が急に凍り付く。そしてそれはユウトも同じ。今、


(これは……ッ!!)


 脳裏にフラッシュバックする全く覚えのない情景。

 人の心を読み解く理想写しイデア・トレースの性質が、互いの武器を通して共鳴している。


(ザリクの――)


 次の瞬間、膨大な感情と記憶の波がユウトに襲い掛かった。


 たくさんの屍に囲まれ、その中心で泣いているみすぼらしい少女。

 死なないで、一人にしないでと泣き叫ぶ彼女の通った道には、等しく『死』があった。人も、動物も、植物さえ、後には何も残らない。

 誰も彼女に触れることはできない。誰も彼女と言葉を交わすことはできない。自他を分ける境界には常に絶対的な『死』が立ち塞がっていた。

 病気でも呪いでもない。そうある事が少女の意味、本質。奇蹟でさえ、彼女の前では何の意味もない木偶に成り果てる。

 だから少女は――




「見るな!!」




 突如、怒号がユウトの意識を激しく揺さぶる。記憶の主が持てる力の全てを使って強制的に理想写しイデア・トレースの接続を断ち切ったのだ。


(うっ、意識、が……)


 その反動か、まるで電源コードを無理矢理引っこ抜いたテレビのように視界が暗転し、そのまま二人は揃って地面へと落下していく。


・2・


「あらよっと!」


 がっしりと相手の首を掴んだ飛角は、そのまま片手で敵集団に向けて軽々とを放り投げる。次の瞬間、ボーリングのピンのように次々と機械人形たちが吹っ飛ばされた。


「……ここまでなんて」


 最悪を想定していた。していたとはいえ、この惨状を前に御影は固唾を呑む。


「お姫様! 右から来るよ!」

「はい!」


 建物の影からライラたちに奇襲を仕掛ける機械人形。その見た目はどこにでもいる優しそうな男性だ。だが襲い掛かる男は普段通りの笑顔を張り付けたまま、彼女たちに刃物を振りかざしてくる。


「ッ……ごめんなさい」


 ほんの一瞬躊躇するも、ライラは氷の神聖術カレイドライトを発動し、相手の全身を氷漬けにして無力化する。

 飛角たち3人を襲っているのは、今までだ。もちろん全員が全員敵というわけではない。他の場所でも国民同士が魔術戦を繰り広げている。壁上の王国兵と同じように。


「チッ……さすがに騎士連中と違って、こいつら相手に本気は出しにくいな」

「えぇ、何よりこの乱戦の中ではどれが機械人形オートマタなのか正確に見分けるのは困難です」


 背中合わせで状況を伝え合う飛角とライラ。

 ざっと見積もって5人に1人。間違えて何の罪もない一般人を手にかけるわけにはいかない。相手が訓練を積んだ騎士ならまだしも、常人を遥かに超える身体能力を持つ飛角が本気を出せば、一般人はただでは済まないだろう。

 だが共通の問題として、襲い掛かってくる相手が人間なのかそうでないのかを外見で判断するのは限りなく不可能に近い。特に国民は急に始まったこの乱戦の中、パニック状態に陥っている。下手に近づけば相手が機械人形でなくても襲い掛かってくる可能性があった。


「……やはり元を叩くのが一番ですね」

「それに賛成。問題はどうやってここを切り抜けるかだ」


 目的地は分かっている。さっきみたいに空を飛べば早いが、悪目立ちして恰好の的になる可能性が高い。


「お姫様の幸運力で何とかならない?」

「私の外理カーマに頼るのはあまりお勧めしません。あれは私の意志に関係なく作用します。傷を治す程度の小規模改変ならともかく、多くの事象が渦巻くこの状況で使えばどうなるのか私自身分かりません。最悪の場合、私以外全員死ぬ事だって十分あり得ます」


 もしライラがここで一滴でも血を流せば、状況は確実に変わる。彼女にとって不都合な事象は改変されるだろう。しかしそれがどの程度の規模で、また本当に彼女が望む結果に繋がるかどうかはやってみなければ分からない。『最善』と『願望』は必ずしもイコールではないのだ。


「……なるほど、良くも悪くも劇薬という事ですか」

「ちぇー、さすがにそう都合良くはいかないか」

「ッ!? 地下! 地下通路はどうでしょう? この国の地下には王家が管理する古い氷の地下通路があります。当然、お城にも繋がっています」


 下を指差したライラが思い出したようにそう提案した。


「地下通路か。それなら!」


 飛角は近くにあった大型バスを蹴り上げ、ライラたちの前方へと落とした。衝撃と共に火の手が上がる。結果、街道を塞ぐ事に成功した。


「これでしばらくは時間が稼げる。で? その地下通路ってどこから入るの?」

「こっちです」


 遠方で今もなお巨大な炎の翼を広げる天使。彼女たちはそれに背を向け、走り出した。

 一瞬、ライラは後ろを振り返る。まだ天使に動きは見えないが、炎翼は間違いなく時間の経過と共にその大きさを増していた。あの時と同じように。


(シーレ、必ずあなたを助けます。例えだとしても、あなたは私の大事な騎士なのだから)


 そう心に誓った王女は、踵を返して再び走った。

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