第64話 二重魔装 -Duarage-

・1・


「争いの根絶……だと?」


 武器商人の言葉とは思えない少女の言葉に、カインもシルヴィアも言葉を失っていた。


「ならば誅されるべきは貴様だ、神凪絶望かんなぎたつも!」

『キ、ヒヒ……私を殺せば、世界が平和に? 結構簡単だね……世界平和』


 クスクスと上機嫌に笑いながら、絶望たつもはシルヴィアの言葉を馬鹿にするように一蹴した。


絶望たつもが何もしなくても……く、クーデターは起きてた、よ? む、むしろ絶望たつも商品ぶきを売ったから、それが早まって……い、今のこの国があるんじゃ……ない?』

「それは……ッ」


 確かに事実だけに目を向ければ、絶望たつもの言葉はその通りと言えなくもない。この国が知らず知らずの内に抱えていたヨハネという反乱分子ばくだんを排除し、ずっと閉し続けていた外との交流さえ取り付け、バベルハイズは本来なら決して辿り着くはずのなかった変革を果たした。良い悪いは別として、何百年も変わることのなかった国が武器で変わった。その事実は疑いようがない。

 だが、それは単なる結果論に過ぎないはずだ。


「詭弁だ。貴様がヨハネに過剰な力を与えたせいでリサは……いえ、彼女だけではない。あの日、いったいどれだけの犠牲が生まれたと思っている!!」

『クヒヒ……た、絶望たつもは、武器を……売っただけ。そ、それをどう使うかは……当事者の問題、です。絶望たつものやり方が、気に食わないなら……その魔具テミス絶望たつもをと、止めればいい』


 どうやっても言葉で彼女を説き伏せることは不可能なようだ。何故ならシルヴィア自身、彼女から提供された魔具アストラを使用しているのだから。すでに当事者となった彼女には『力』を否定する事はできない。



「……一つ、答えろ」



 目を閉じ、無理やり怒りを抑え込んでいたカインは静かな声でそう言った。


『な、何?』

「どうして俺なんだ? あの時、あいつが死ぬことも全部お前の筋書き通りだったのか?」


 あの時――カインがリサに拘束され、ヨハネの拠点に監禁された時だ。

 標的はカインで、彼を中心に一連の事件を企てたのか。


『違い、ます……カ、カイン様を見つけたのもほ、本当に偶然。でも、あれからずっと……絶望たつもはあなたをみ、見てました』


 相変わらず通話越しで表情は見えないが、今の絶望たつもきっと笑っている。陶酔していると言ってもいい。それくらい声に感情がこもっていた。


『大切な人を失って、い、生きる目的も無くして……死に場所を探して行く先々のせ、戦場でがむしゃらに戦い続ける。でもその一方で絶望してもけ、決して立ち止まらない……そうして絶望を乗り越えた今のあなたは、む、昔よりずっと生き生きしてる。た、絶望たつもの理想……あうあう……言っちゃった恥ずかしい』


 まるで初心うぶな少女が告白でもしたかのような浮かれ切った声音。だがあまりにも場違いなその雰囲気も、次の彼女の言葉で凍り付くことになる。


『だ、だから……これは絶望たつもからの

「ッ……カイン、離れろ!!」


 シルヴィアが叫んだ次の瞬間、カインの眼前を何かが掠った。


「ッ!?」


 ギリギリのところで反応した彼は、そのまま大きくバックステップして後ろに下がった。シルヴィアもの間合いから逃げるように後退していた。


「……な、体が……勝手に……ッ」


 リサは自分の意思を無視して勝手に動く体に困惑している様子だった。だが、先ほど肌を撫でた確かな死の感触。あの太刀筋は確実にカインを殺そうとするものだった。


「お、前ら……さっさと……逃げろ!」


 リサは懐から真っ黒なメモリーを取り出した。


「何だ……あれ?」


 ロストメモリー。魔具の待機状態であることは間違いない。だが、何かが違う。あくまで直観だが、カインが持っているものとはあまりにも――


Pharolファロール ...... absolution』


 耳障りな電子音。リサは自身の左腕に巻いた外神機フォールギアにそれを装填する。同時に腕輪に取り付けられた瞼の装飾がギロッと開眼した。


「じゃないと、私は……ぐ、ああああああああああああああッ!!」


 外神機フォールギアから零れ出る漆黒の闇が徐々に彼女の機械の体を蝕んでいく。しかし苦しみに喘ぐ声はやがてピタリと止まった。


『あ、。もっともっと絶望して……乗り越えて、もっともっとカッコよくなる所、た、絶望たつもに見せてください」


 無慈悲に、無情に、無残に。

 絶望たつものその言葉で、完全に闇に飲み込まれたリサは腕輪のトリガーを引いた。


・2・


 その力はもはや神の領域を超えていた。

 全てが埒外。全てが未知数。何もかもが理解の外側にある。


「どうした蒼眼の魔道士ワーロック。まだ余興だぞ?」

「……ッ」


 ものの数分で形勢は逆転した。

 氷の大地に伏したユウトは姿を変えたザリクを見上げる。

 蒼く輝く長髪。頭上に浮かぶ天輪。周囲には太陽系の惑星を模したような謎の球体が浮かんでいる。右手に握った黄金の三叉槍トリアイナと背後に浮かぶ二つの巨大な金剛杵ヴァジュラは、彼女が二柱の主神を完全に掌握した証だ。


 『インドラ』と『シヴァ』による二重魔装デュアレイジ


 信じられないことに、彼女は同時に二つの魔遺物レムナントで魔装しているのだ。


「魔装は一回使うだけでもかなりの消耗を強いられるはずだ。それを同時に二つ……そんなのいくら魔人でも……ッ」

「人の身では不可能というだけだろう。死から忌み嫌われている私がどうしてその枠に収まると思う?」


 ザリクは左手を前に伸ばす。すると極大の光が集中し、インドラの閃光がユウトに襲い掛かった。威力、規模、チャージ時間。どれを取っても以前とはまるで比較にならない。


「くそ……ッ!!」


 ユウトは自分の体に鞭打って、迫りくる死を無理やりにでも回避する。だがザリクの猛攻はそこで終わらない。放射された熱線はその威力を失うことなく、彼を追い続ける。


「貴様の言う通り、このインドラは一撃の強さこそ全ての魔具の頂点に位置するものだが、その分喰われる魔力は尋常ではない。常人ではその命を代価に一発撃てるかどうかだろうさ」


 彼女の言葉とは裏腹に、尽きることのない閃光はユウトの逃げ道を次々と潰していく。


「だが私にその道理は通用しない。この身に宿るシヴァのおかげでな」

「……二つ目の魔遺物レムナント


 シヴァは体内に小さな擬似宇宙を生成する魔遺物レムナント。その小宇宙は現実のそれとリンクしている。つまりザリクは宇宙そのものと常に繋がった状態にあるのだ。隕石の軌道を操作し、雨の如く降らせたのもその力の一端。

 だがこの権能の真の恐ろしさは他にある。宇宙の掌握。それはつまりということだ。


「私の魔力切れを狙っているのなら諦めることだ。私の魔力が尽きるとすれば、それはこの宇宙が死んだ時だけだからな!」


 ザリクが右手に持った三叉槍トリアイナを天に掲げたその時、彼女の左右に2人の少女たちが現れた。


「このチャンスを!」

「待っていました」


 攻撃方法を切り替えるほんの一瞬、その隙をレイナと真紀那は虎視眈々と探っていた。二人の魔具から放たれる風と光の斬撃がザリクに襲い掛かる。だが、


「フッ、同じ手を二度も喰らうか」


 息の合った二人の同時攻撃は、彼女の意思で自在に動く金剛杵ヴァジュラによって簡単に防がれてしまった。


「「!?」」

「それ以前にこの魔装を前にその程度の力、もはや児戯にも等しい」

「まだ!!」


 しかしレイナは諦めない。この場の誰よりも空中を自在に移動できる彼女はその金剛杵ヴァジュラすら器用に掻い潜りさらに一撃、風の刃を叩き込む。


「入った!!」


 誰もがそう確信したその時、スレイプニールの風刃が突然消失した。


「な……ッ!?」


 消えた!? いやそれとも吸収されたのか?


(違う、今のは……ッ)


 ユウトが見たのはザリクのマントの裏側。そこに広がる広大なだった。あくまで推測だが、レイナの風刃は消えたのでも取り込まれたのでもない。ただ宇宙の彼方へ転送されたのだ。


「そらお返しだ」


 ザリクがマントを翻すと、そこからまるで手品のように巨大な岩——否、隕石が現れる。ほとんどゼロ距離のレイナに避ける術はない。このままでは押し潰されてそれでお終いだ。


「レイナ!」


『Trick』


 ユウトは理想無縫イデア・トゥルースの籠手にメモリーを装填し、ギリギリの所でレイナと近場にあった氷塊の位置を入れ替えた。


「あ、ありがとうございます……」


 そう言って感謝はするものの、彼女の体は身に迫った死の感触に小さく震えていた。遅れて白い翼を生やした真紀那もユウトの背後に舞い降りる。


「チッ、厄介な魔法だ。ではこれはどう防ぐ?」


 ザリクは右手の三叉槍トリアイナを再び天に掲げ、。物の例えではない。文字通り、数多の星がグルグルと渦を巻いて回転しているのだ。そうして空に無数の赤い点が輝き始めた。


「な……ッ、嘘だろ!?」


 赤い点の正体。

 それは今まさに地球の一点へと押し寄せる那由多の流星群。おそらく彼女は太陽系のありとあらゆるデブリに対して進行方向ベクトルを与えたのだ。


「私の『無限』と貴様の『無限』。どちらが上か根比べといこうじゃないか」


 ザリクが好戦的な笑み浮かべたのを皮切りに、天災の第一波がやって来る。


「二人とも逃げろ!!」


 叫ぶユウト。だが正直無理な話だ。実際、逃げ場などどこにもない。それが分かっていても彼は叫ばずにはいられなかった。

 破壊が訪れる。少しでも二人を守ろうと魔法で堅牢な盾を召喚したユウトは数秒後に押し寄せるそれに覚悟を決めた。




 だが、




「……?」


 空を覆う黒い穴。

 それが全ての隕石を余さず飲み込んでいた。


「あれは……王国の神聖術カレイドライトなのか?」


 だがその規模が桁違いすぎる。周囲一帯が夜になったと錯覚するほどの超広範囲魔術。先で王国が使用したものは、巨大な兵器に複数人の魔術師が同時に魔力を注いでようやく直径50m前後に至るものだったはずだ。もしこれが単純な魔力量でその規模を決定するものだとすれば、これは明らかに異常だ。


「ほう、あれがお前たちの奥の手か?」

「……何?」


 ザリクが指差したのは王国の方だ。

 王国の中心部。そこにある光景を見て、ユウトは絶句した。


「何だ……あれ?」


 天を貫く光の柱。そこから伸びる巨大な炎の翼。

 美しく、しかしどこか背筋の凍る畏怖を感じるその存在は、この国ではかつてこう呼ばれていた。


 ――天使、と。

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