第63話 骸面に隠されし真実 -It's you, but not ...-

・1・


 ギギッ、と扉が異音を発して開かれた。

 先にリボルバー型神機ライズギアシャムロックを構えたカインが周囲をクリアリングし、彼の合図でシルヴィアも店内へ足を踏み入れる。


「誰も、いませんね」

「あぁ……だがAI様の予測はあながちハズレじゃないらしいぜ」


 カインは店の奥を指差した。そこには店の裏へと続く扉がある。そしてその先はかつて二人がリサの下で修業した剣道場だ。


「鍵が開いていますね」


 壊されているのではなく、ちゃんと鍵で開錠されている。それも全く埃を被っていない所を見るに、開けられたのはつい最近だ。

 明らかに何者かがカインたちを誘っていた。


「ふざけやがって」


 もとより先に進むしか選択肢のないカインたちは裏口の扉を開き、剣道場へ繋がる通路を歩いて行く。

 そして剣道場の扉を開くと、予想通りそこには人影が佇んでいた。


「……」


 罪狩パージャー

 自らを粛正者と呼ぶその者は音もなく振り返り、左目を眼帯で覆った骸面をこちらへ向ける。カインとシルヴィアはすぐに気付いた。身に纏うその雰囲気が昨日のそれとは大きく違っていることに。

 故に二人はまだ剣を抜かず、ギリギリの間合いまで彼女に近づいた。


「……本当に、あんたなのか? リサ」

「……」

「答えてください」


 罪狩パージャーは左腕に巻き付いている外神機フォールギアから静かにメモリーを抜いた。するとボロボロだった黒衣は霧散し、骸面に隠されたその素顔が顕となる。


「……ッ、何でだよ……」


 気付いた時にはもう、言葉に出ていた。


「何で……」

「やはり……」


 拳を握りしめ、二人の弟子は目の当たりにした現実を噛み締める。

 粛清者の正体。それは——


「何であんたがこんな事……答えろ、リサ!!」


・2・


「生きていたのですね、リサ」

「あれ……お前、シルヴィアか? それにそっちは……カイン? いや、そんな訳……」


 意識が朦朧としているのか、リサは首を軽く横に振る。


「チッ、それより早く……ヨハネやつらを……片付けないと。

「……何……言ってんだ……」


 罪狩パージャーの正体がリサ・ストラーダだった事は驚きだ。だが今それはいい。それよりも今の彼女の発言。それがカインたちは引っかかっていた。


 カインが危ない。


 彼女はそう言った。

 カインがヨハネの使徒に狙われていたのはあくまで5年前の話。それも当時あの拠点にいた限られた者たちにだけだ。そしてそのヨハネの神託自体、擬似天使の暴走でトップである司祭を失い空中分解してしまっている。故に現在、国内に残っている残党はカインの事など知っているはずがないのだ。

 なのにリサはカインの身を案じている。だがそれは今目の前にいる彼に対してではない。まるで彼女にとって、5年前のあの日が今もまだ続いているとでも言うように。


「リサ、私です。シルヴィアです。私たちが分からないのですか!?」

「……シルヴィ……ア? 馬鹿言え……15

「「ッ!?」」


 間違いない。

 理由は不明だが、彼女の時は5年前のあの日から全く進んでいないようだ。




『ク……ヒヒ……お、面白い事になってる……』




 その時、どこからかスピーカーを介して少女と思しき声が聞こえてきた。

 咄嗟にシルヴィアは細剣のグリップに手を添え、カインは周囲を見渡した。


『あぁ、カイン様カイン様カイン様カイン様♡ 生カイン様だぁ……あ、映像越しだから生じゃないか。クヒヒ』

「何者だ!?」


 シルヴィアの問いに謎の声は一度静まり返る。そして数秒後にやっと返事が返ってきた。


『な、何者? ……こ、答える事に意味……ある?』


 おどろおどろしながらも、どこか馬鹿にしたような切り返し。しかし、


「誰だテメェ? どこに隠れてやがる?」

『ッ……か、神凪絶望かんなぎたつも、で、です』


 カインの質問にはあっさりと彼女は答えた。


「神凪、だと……」


 その名をここで聞くとは思わなかった。だがよくよく考えてみれば合点がいく。

 この場にはいないエクスピアの技術顧問――神凪夜白かんなぎやしろ。彼女と同じ姓を持つ謎多き敵対者が御巫の里にはいた。


 神凪明羅かんなぎあきら


 あの時彼女は外神機フォールギアを使い、里に混乱をもたらした。そしてそれと全く同じ代物を罪狩パージャー――つまりリサ・ストラーダが持っているからだ。


『そ、そっちの騎士には……オ、オラクルって言った方が……分かるかな? いっぱい名前があるから忘れちゃったけど』

「オラクルだと!?」


 ひどく驚いた様子を見せるシルヴィア。どうやら彼女とも何らかの関わりがあるらしい。


「知ってんのか?」

「知っているも何も……オラクルは王家に私やクルトの魔具アストラを提供してきた者です」

「武器商人か……」


 神凪絶望かんなぎたつもと名乗るその少女は、それを肯定するかのようにクスクスと不気味に笑っていた。


「で、その商人様が何の用だ? テメェ、あいつに何しやがった!!」

『カ、カイン様が、た、絶望たつもに質問……絶望たつも、会話してりゅぅ♡』


 絶望たつもは酷く興奮しながら彼の質問にこう答えた。


『ひ、一言で言えば……じ、実験です』

「……実験?」

『は、はい。あなたたちの予想通り、そこの女……5年前にし、死んでる。絶望たつもが遺体をか、回収しました』

「貴様……ッ」


 絶望たつもの言葉に、シルヴィアは隠しきれない怒りを露わにした。当然だ。あの時から今に至るまで、声の主は自分の師を弄び続けているのだから。カインでさえ最低限の冷静さを保つのが精一杯だ。


「私が……死んだ? あぁ……そうだ、あの時私は……うっ」

「リサ!」


 急に頭を抱えてその場で蹲ったリサにシルヴィアが駆け寄った。


「なら何で死んだあいつが今こうして生きてる?」

『……それ、ちょっと違う。その女、い、生きてない』

「どういう意味だ?」


 まるでナゾナゾのようなまどろっこしい言い回しにカインは苛立ちを禁じ得ない。それでも今は全ての謎を知っている可能性の高いこの少女の言葉に耳を傾けるしかなかった。


『それ、機械人形オートマタ。た、絶望たつもの新しい商品サンプル……』

機械人形オートマタ……では彼女は……」


 シルヴィアの傍らにいるそのに、カインは視線を向けた。

 だがどこをどう見てもリサ本人としか思えない。見た目はもちろん、彼女から発せられる武人特有の気配まで。無機質の塊では絶対に再現不可能なレベルの領域が完璧に模倣されている。それはもう、『生きている』としか表現できないほどに。


『ほ、本物と同等の技量と思考パターンを持ち合わせた完全自立型機械人形パレイドリア・オートマタ……す、凄い?』

「ありえません……ッ、シーレのようなクローンならともかく、完全な機械――いえ、これはもはや機械知性。それではまるで……」


 ロゴスと同等。いや、『人間らしさ』という面ではそれ以上。


 バベルハイズが海上都市イースト・フロートのテクノロジーを取り込み、多くの術士の叡智を結集させてようやく完成させた魔導式AI。それを一個人が超えたことになる。

 驚きを隠せないシルヴィアを他所に、自らネタばらしをして楽しくなってきたのか、絶望たつもは聞いてもいないのにさらに説明を続けた。


『も、もちろん簡単じゃ、ない……です。素体作成には本人の正確な情報がひ、必要だし……思考回路はまだ他者の記憶からしか再現、で、できないし……』

「今まで俺やヨハネの関係者を襲ってたのはそれが理由か」


 つまりはこういう事だ。

 完全なリサ・ストラーダの思考を作り上げるために、何らかの手段を用いて彼女を知る者たちから情報きおくを取得する必要があった。罪狩パージャーはそのための代理人格にすぎない。考えてみれば2度目の対峙で彼女の言葉は以前より流暢になっていた。あの時点ではまだ『リサ』ではなかったものの、人格の形成が進んだ結果なのかもしれない。


『ち、ちなみに白状すると……5年前、ヨハネに剣機グラディウスと擬似天使の設計図を提供したのもた、絶望たつも……だよ』

「……ッッ」


 その事実を聞いた瞬間、カインの中で何かが音を立てて壊れた。


「お前が……ッ!」

「……カイン」


 堰き止めていた感情がいよいよ限界を迎えたカイン。当然だ。彼女こそが全ての元凶。彼から居場所を奪った張本人。それを自ら何の悪びれもなく白状したのだから。

 彼を心配するシルヴィアを他所に、包帯を巻かれた右腕から赤く禍々しいオーラが漏れ出し始めた。


『あぅ……カイン様が怒ってる♡ た、絶望たつもに夢中ぅ♡』

神凪絶望かんなぎたつも! 貴様の目的はいったい何だ!?」

『クヒヒヒ……ッ!』


 喜びに打ち震える少女の笑い声。

 通話越しでも感じるその歪み切った悪意に底知れぬ不快感を覚えた。


『そ、そんなの決まってる』


 たった一言。

 信じる信じないに関わらず、神凪絶望かんなぎたつもの行動はこの一言で全て説明できる。


世界平和ラブ&ピースだよ?』

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