第61話 もう一つの魔遺物 -Another Destruction-

・1・


 先陣を切ったのは三剣の一人、クルト・シュヴァイツァー。


「行くぞアレス!!」

「ハッハー!」


 対するは焔の魔人タウル。

 刹那、獄炎を纏いし魔人の拳とクルトの直剣が氷上で激突した。衝突と同時に膨れ上がった獰猛な炎。それは前回と同様にクルトへ牙を剥く。


「……あ?」


 だが、違和感を感じたタウルの表情が変わった。炎を切り裂いて迫るクルトが無傷だったからだ。


「なるほど、少しは俺を楽しませる準備をして来たみてぇだな」

「貴様のためではない! 祖国を守るためだ!」

「まぁそうつれねぇ事言うなよ。まだまだこっからだろ!」

「言われるまでもない!」


 クルトは直剣型の魔具アレスに魔力を注ぎ、その力を解放する。

 アレス——ギリシャ神話におけるオリュンポス十二神の一柱。戦いを司る神の名だ。その権能は単純にして明快。一切の負荷なく、一時的に対象の潜在能力を超える力を発揮できる。使用者の身体能力はもちろん、魔力や集中力、さらにはアレス以外の武具であってもその対象に含まれる。剣はより研ぎ澄まされ、鎧はより堅牢となるのだ。


「ハァッ!!」

「く……ッ」


 クルトの一閃が炎の壁を破壊した。すかさずタウルはバスケットボール大の火球を飛ばす。だが彼の炎はクルトの鎧に直撃することなく、手前で不自然に軌道を変えて明後日の方向へと飛んでいった。


「ハハハ! 俺の炎に干渉してやがんのか? この感じ、確か前にも……」


 外理カーマへの直接干渉。昨日――カインが幽閉されていた牢屋で魔人と戦った際、それはすでに実証されていた。それを行ったのは、城内システムの全てを統括する魔導式AI『L.O.G.O.S.ロゴス』。彼は対魔人戦に先駆けて、必要なデータを独自に収集していたのだ。

 クルトが装備している鎧は魔力パスを通じてロゴスと直接繋がっている。今この瞬間も更新され続ける戦闘データを基に、鎧はタウルの炎を無力化する最適な術式を自動演算で導き出しているのだ。


「テメェの後ろ、何かいやがるな? その鎧か?」

(ッ……、やはり長丁場は危険か。ならここで一気に屠る!)


 そう判断したクルトは右耳に取り付けた通信端末に触れた。


「シーレ、頼む」

『……分かった。すぐに送る』


 通信の向こう側でもう一人の三剣、シーレ・ファルクスが了承する。すると次の瞬間、空に3つの光が煌めいた。


「あ? 今度は何だ?」


 高速で落下する巨大な物体。それらは氷の大地を粉砕し、真っ白な飛沫を上げる。黒く輝くその物体は隕石ではない。それは――


「……剣?」


 否、ただの剣ではない。巨人でなければ持つことすら叶わないような、全長20mを超える巨大な剣だ。


『……錬鉄開始ビルドアップ


 王城中央にあるロゴスの塔。その中枢に存在するコアシステムに接続されたシーレの命令コマンドで、つるぎの巨人達は目を覚ます。巨大剣から放射されれる大量の炎が鋼を生成し、人の形を構築し始めた。


 剣機グラディウス


 それは5年前、ヨハネの反乱で使用され、当時の三剣すら屠った悪魔の兵器。禁忌とされる太古の魔術をベースに、魔具ヘファイストスを組み込んだ擬似天使の力で制御するよう設計された無人決戦兵器の総称だ。

 3体の剣機グラディウスは重たい金属音を響かせながら、それぞれ本体である自身の剣を掴む。


 黒き重鎧を纏う巨人の名は『デュランダル』。

 雄々しき機翼を広げる巨人の名は『カラドボルグ』。

 絶えず分解と再構築を繰り返す形無き巨人の名は『オートクレール』。


 異なる性質を持つ3体の巨人。多大な犠牲を払ってそれらを鹵獲することに成功したバベルハイズは、天使の器だったシーレと共に解析と修復を続けていたのだ。


「ハッ! いいじゃねぇか!」


 しかし圧倒的な力を前にしても、タウルは怖気づくどころか、逆に目を輝かせて不敵に笑っていた。彼は右手に炎を収束させ、それを一気に放出した。炎は広範囲に津波の如き猛威を振るい、剣機グラディウスへ襲い掛かる。しかし、



『その炎はすでに分析済みです』



 突如として、この場の誰でもない機械の声が響いた。L.O.G.O.S.ロゴスだ。次の瞬間、炎の大波は


「……ッ!?」


 タウルの炎は剣機グラディウスたちには届かず、その力を失い霧散していく。先程のクルトの鎧と同じ。またもや炎が彼の意思に反した行動を取ったのだ。


「無駄だ。貴様の炎はもう我らには届かない!」

「…………クク」

「?」

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 最大の武器を封じられたというのに、タウルは大声で笑っていた。その異様さにクルトはもちろん、塔で剣機グラディウスを制御しているシーレでさえ、思わず身構えてしまった。


「あー、悪い悪い。初めてだったもんだからつい笑っちまった。そうか……俺の炎が攻略されちまう日が来たか。それも超越者でも何でもないただの人間の知恵で……ククク、シャルバの爺さん、どうやらあんたの言葉は正しいみたいだぜ。本当にいい時代だ。どこまでも俺を楽しませてくれる」

「負け惜しみを!」

「いいぜ、ならこっからはギアを一つ上げていこうか」


 タウルは周囲に飛び散った自身の炎を引っ込め、右手を真横に伸ばす。そして満足げに口を開き、その真名を呼んだ。


「……来やがれ、スルト!!」

「ッ!?」


 次の瞬間、3体の剣機グラディウスは跡形もなく蒸発した。


・2・


「ザリク!!」

「……来たか」


 ――タウルがスルトの力を解放する数分前。

 理想写しイデア・トレース理想無縫イデア・トゥルースに昇華させ、瞳を蒼に変えたユウトが空を駆け、ザリクに迫る。

 対して右手をかざした彼女の手には極光が収束を始めた。


(……ッ、来る!!)


 インドラの光。全てを灰燼に帰す絶対の灼熱はいくら魔道士ワーロックであっても直撃すれば死は免れない。だが対処法はある。


「消えろ」


 次の瞬間、光が弾けた。

 直線状に放たれた黄金の閃光は瞬く間にユウトの体を飲み込み、その先の氷の大地さえもいとも簡単に引き裂いていく。しかし――


「……ッ」


 違和感を感じたザリクは即座に振り返った。


『Eclipse Overdrive!』


 複製魔法『Dupe』で自身の偽物を作り出し、上手くザリクの背後に回ったユウトは漆黒の大弓から破魔の矢を放つ。ザリクは指先から先程と同じ5つの小さな光の球体を出し、その形を引き延ばして壁を形成した。

 魔力を消失させる黒の矢が光壁と衝突する。それが魔力で構築されたものであるならば、例え魔遺物レムナントであろうと効果があるはず。ユウトはそう考えたのだ。

 拮抗する二つの強大な魔力。だが、矢は光壁に亀裂を生みはしたが貫通するまでには至らなかった。


「ッ!? これでもダメか……」

「フッ、当てが外れたようだな」


 同じ奇襲はもう彼女には通用しないだろう。生み出したチャンスを掴み損ねたユウトの瞳はそれでも闘志を失っていなかった。


「……上か!?」


 新たな気配を感じて空を見上げたザリクはそこで思わず目を閉じる。それもそのはず。いくら魔人であろうと太陽を直視することはできない。そしてその隙を突くのは二人の少女たちだ。


「行くよ、マキにゃん!」

「はい!」


 真紀那の輝夜かぐやとレイナのスレイプニールがその刃を煌めかせ、上空から一気にザリクの両腕を肩口から切断した。


「ぐ……ッ!!」


 切断面から大量の血を吹き出しながら、ザリクは氷上に落下する。


「や、やった!?」

「いえ、まだです」


 鵺の能力で背中に翼を生やした真紀那がレイナの横で即答した。彼女は猫の耳をひくひくと動かしている。おそらく彼女にしか聞こえない微細な音を感じ取ったのだろう。

 ユウトも落下地点を見下ろす。すると白い煙が晴れ、彼女と目が合った。


「……ッ」


 両腕を失ったというのに、ザリクの表情には全く変化がない。まるで痛みを感じていないとでも言うように。


「なるほど。私の腕を切り落とし、インドラの力を封じる。それが狙いか」

「例えそれが発動条件じゃなくても、何かしらの制限はあるはずだ。それに始めの流星群に加えてあれだけ大規模な攻撃の後だ。今のお前に腕を再生できるだけの魔力はない」


 実際、魔力を視覚で認識できる魔道士ワーロックの瞳は、彼女の内に魔力がほとんど残っていないことを見抜いている。魔人が持つ聖刻クレストと呼ばれる刻印。彼女の場合、左目の眼帯の下にあるそれは未だ謎が多い代物だが、少なくともあれは底無しに魔力を喰らうものであって、宿主に供給するものではない。断言はできないが、彼女は以前ユウトの魔力を吸う時に『育つ』という言葉を使った。なら聖刻クレストにはもっと別の目的があるのではないかとユウトは考えている。


「さて、それはどうかな?」

「何……ッ!?」


 次の瞬間、ユウトの背筋が凍り付いた。

 何が起こったのか? ユウトにはまるで理解できなかった。だが事実として、枯渇しきっていたはずのザリクの魔力が爆発的に増加し始めたのだ。


(嘘だろ!? あんな馬鹿げた量の魔力、一体どこから……まさか!?)


 魔人ザリクが所有する魔具は攻撃の『インドラ』と封印の『ヴリドラ』。その二つだけだと決めつけていた。だが、彼女が最初にやってみせた宇宙から隕石を引き寄せる力。あれは


「隊長、ザリクの腕が!」

「く……ッ」


 そんなことを考えてるうちに、彼女の傷口から光の糸のようなものが無数に顔を覗かせる。それらは複雑に絡まりながら形を成し、欠損部分を補っていく。ものの数秒でザリクの両腕は完全に再生してしまった。


「少し、面白いものを見せてやろう」


 再び浮力を得て、ユウト達と同じ高度まで上昇した彼女はそう言った。


「インドラ、そして。お前たちの力、私に寄こせ」

「「「ッッ!?」」」


 紡がれる第三の神名。


「――魔装」


 その刹那、















 ――文字通り、世界が震撼した。

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