第60話 決戦の朝 -Daybreak gong-

・1・


 決戦の日――


 昇る朝日が氷の大地に立つ二人の魔人を照らし出した。

 片方は魔女のような先端の尖った鍔広の帽子に、裸同然の灰色の身にマントと黒鎖を巻きつけた隻眼の少女。ザリクの右目は今から対峙する遠方の王国を見ていた。


「はぁ~、やっと朝か……随分長いこと待たされたぜ」


 そしてもう一方、欠伸をするのは焔の魔人タウル。ザリクの指示でバベルハイズに潜伏していた彼は、ようやく訪れた『祭り』の時間にニヤリと口元を歪めた。


「なら思う存分暴れるといい。私の都合に合わせてくれた礼だ。今回は止めはしないぞ?」


 ザリクは少し微笑みながらそう答えた。


「お前さんの頼みだからな。気にする必要はねぇよ。とはいえその顔を見るに、望んでた答えは得られなかったみてぇだな」

「……」


 ザリクは答えなかった。

 あの夜、彼女は王女にこう問うた。


『貴様の目に、私はどう映る?』


 同じ外理カーマ持ちとして。


『私という死を、貴様は終わらせることができるのか?』


 そして理さえ捻じ曲げるその力で、この死の外理のろいを消し去れるのか? ただそれが知りたかった。

 しかし王女の答えは予想通り、残酷なものだった。


『残念ながら私の力ではあなたを救うことはできません。あなた自身の死を否定し、他者の生をも否定する……それがあなたのあるべき形。なのです。私がどれだけ願おうと、最善を引き寄せる私の外理カーマでは最善以上を作り出すことはできません』


 最初から期待などしていなかった。希望を抱き、そして絶望する。そんなことを何度も何度も繰り返してきたのだから。奇蹟なんて起こらない。摩耗した心はそんなこと分かりきっていた。


「ま、いいさ。向こうにもそれなりの役者が揃ってるのは下見で確認済みだ。ククク……久々に熱くなれそうじゃねぇか」


 タウルの闘気をそのまま表すかのような外理カーマの炎が彼の周囲を漂う。


「目的はあくまで魔遺物レムナントの回収だ。それだけは忘れるな」

「わーってるよ。たしかの槍だったな」


 絶槍ベルヴェルーク。

 その神槍はこの世全ての氷雪を操り、ただの一人で100万の軍勢『氷の騎士団エインヘリヤル』を従える事ができる。

 過去、それを扱うことができた者はたった一人しか存在しない。原初の魔道士ワーロック――アベル・クルトハルの眷属の一人であり、このバベルハイズで『氷の聖騎士』と称された最初の三剣。ソフィア・フラムベルグただ一人だけだ。


「幸いあれを超える槍の使い手は存在しない。私とお前ならこの国を落とすのにせいぜい1時間といったところか」


 ザリクの素足は氷の大地を離れ、その体を徐々に上昇させていく。

 そして日の光を背に、彼女は開戦を宣言した。


「約定は果たした。始めるぞ」


 次の瞬間、白夜の空が一斉に赤く染まる。

 降り注ぐ幾万の流星。その全てが彼女の手の中に。


「蹂躙の時間だ」


・2・


「総員、迎撃準備!!」


 三剣騎士団トライナイツ魔術師部隊、および上級騎士部隊。王国の外壁に並ぶ彼らの数はおよそ3000人。


「セット、フレイムアローズ!」

「セット、ストームエッジ!」

「セット、アースランス!」

「セット、アイシクルバレット!」


 号令と共に四属性の攻撃魔術が空へと放たれた。それらは降り注ぐ流星を次々に爆散させていく。だがそれでも撃ち落とせたのは全体の数%程度。物量が違いすぎる。


「魔導式量子加速砲を用意しろ」


 全軍を指揮するライアン王の指示で運ばれて来たのは巨大な大砲。全二十門の魔導兵器群にはそれぞれ別部隊の騎士達が十人前後集まり、大量の魔力を注いでいた。


「魔力装填、完了しました!」

「放て!!」


 次の瞬間、空に無数の黒い穴が出現した。

 それは光と闇の属性魔力を完璧に衝突、その後統合することで初めて成立するブラックホールに近しい現象。擬似マイクロブラックホールとも呼べるものだ。本来、一人の人間では絶対に再現することはできない。また複数人で試みても同様だ。光と闇、二つの上位属性を完璧な比率、完璧な過程を経て、合成しなければならないからだ。それら人では成し得ない事を可能にしたのが海上都市イースト・フロートの『科学』の力。量子加速砲には予め一定のプロセスを自動化するプログラムが仕込まれている。起動には大量の魔力を必要とするが、それさえクリアすれば望む結果を狂いなく実現することができるのだ。


「流星群、80%の消失を確認!」

「可能な限り迎撃を続行だ! 大結界の消耗を可能な限り抑えろ!」


 兵士と指揮官の声が交錯する。その中でライアン王は火の海となった空を睨んでいた。


魔具アストラ……いや、この規模は魔遺物レムナントか? どちらにせよたった一人で我が軍の兵器を上回るか……」


 ユウト達から事前に得た情報のおかげでこの結果は予測済みだ。だが、こうして実際にその力を目の当たりにした彼は思わず舌を巻く。


「シーレに剣機グラディウスの調整を急がせろ。予定通り、ここから先は彼らに出てもらう。我らは王国の守護に尽力する!」

「「「Yes, your majesty!!」」」


 対魔人戦において『数』は意味を成さない。最も大きな理由としてあげられるのは、魔人が持つ魔力吸収能力だ。これ一つでバベルハイズの戦力は半減したと言える。しかしいくつか活路は存在する。その一つが魔具アストラだ。魔人は魔具の力を吸収することはできない。故に必然的に『質』で勝負するより他はないのだ。


「お父様、この戦況をどうお考えですか?」


 ライアン王の隣に立ったライラは、今まさに外壁から飛び降りて敵の元へと走るユウトたちの後ろ姿を見つめていた。


「悪いな。だがかろうじて最悪ではない。こちらの切れる手札はこれ以上ないものだ。ならばあとは信じるしかあるまい」

「えぇ、私も同じ意見です。故にお父様、私は今一度覚悟を決めました」

「え?」


 一度、大きく深呼吸したライラは、



「ユウトーーッ!! 帰ってきたらすぐに挙式です! だから絶対、無事に私の元へ戻ってきなさい!! 待っていますよーーッ!」



 ユウト達に聞こえるほどの大声で叫んだ。公衆の面前での大胆な結婚宣言。一瞬、ユウトの動きがピクッと固まったように見えた彼女はクスクスと微笑む。


「!? いやいやライラエルそれは……いくらなんでも早急すぎると父は——」

「あら? 我が王国の命運を背負って戦っていただくのです。これくらいの役得はあって然るべきかと?」

「うぐ……」


 娘の言葉に反論の余地が見つからないライアン王は口を噤む。


「フフ、それに今ので兵士たちの士気も一気に高まったようです」


 ライラの言う通り、そこかしこから歓声が上がり始めていた。


「ですがそれは全てが終わってからのお話。私達が討つべき敵は

「あぁ、そのために彼女を行かせた。そして捨て置いてやっているあの小僧にも働いてもらわねばな」

「はぁ……お父様、もう少し言葉を選ばないと無駄に敵を作ってしまいますよ?」


 溜息を吐くライラ。もはや今更だが、ぐうの音も出ない娘の提言に、またもやライアン王はばつが悪そうな顔を見せていた。

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