第54話 あの日、あの時 -Your sin-

・1・


 ——午後21時。

 日が完全に落ちずとも、地面に差す影の色は次第に濃くなり始めた。

 何度も同じような路地裏を曲がるカインとその手を引く何者か。


「おい!」


 ついにカインが掴まれた腕を強引に振り払おうとしたその時、フードの人物は急に足を止めた。


「もう大丈夫」


 彼女はそう言って、フードを取る。


「お前は……」

「久しぶりだね、カイン」


 白銀の髪と翡翠の瞳。そして何より。かつては名前さえ与えられていなかったその少女はカインに笑いかける。


「その顔を見るに、やはり彼女を救ったのはお前でしたか」


 正面の暗がりからもう一人。同じくボロボロのフードを被った人影が姿を表した。この場にいることが少々意外ではあったが、彼は声を聞いただけですぐに誰なのか理解した。


「シルヴィ……」


 現三剣騎士団トライナイツ団長、シルヴィア・フラムベルグ。

 無意識に右手を開いたカインをシルヴィアは片手で制す。


「今の私は騎士ではない。故にお前と敵対するつもりはありません」

「どうしてそう言い切れる?」

「コホン……今日はもう非番ですので」


 そう言うと彼女はポケットから取り出した腕輪を二つ、カインに向かって放る。彼がキャッチしたそれらは待機状態の神機ライズギア――トリムルトとシャムロックだった。


「これで少しは信用してくれますか?」

「……チッ」


 よく見ると、確かに今は昼間見た甲冑を付けていない。変装のつもりなのか、服もかなり質素なものを着用している。彼女が手に持っているボロボロのフードと合わせれば、人目には留まりにくいかもしれない。


「私たち三剣は明日の戦いに備えて特別休暇をもらってるの。クルトだけは仕事するって言ってたけど」


 シルヴィアの言葉に、王女そっくりな少女が付け加えた。


「私たち……ってことはこいつが」

「ええ。彼女がシーレです。5年前のあの内乱の日、ヨハネ掃討作戦の折に騎士団が保護した。そう言えば、お前も理解できますね?」


 カインは頷くことはせず、ただ黙りこくる。

 そんな彼を見て、シルヴィアは小さくため息を吐いた。


「やはり変わっていませんね。貧乏くじを全て自分で片付けようとする所は。その顔を見れば、お前がヨハネと何らかの関わりを持っていたことくらいわかります」

「俺は……」

「話しなさい。私を気にかけての事ならそれは無用の心配です。私はもう守られるだけの子供ではない。騎士として……いえ、同じ師を仰いだ者として、私はお前と対等でありたい」


 シルヴィアは真っ直ぐな瞳でカインを見つめる。今の彼女はカインの事を本気で案じている。だがだからこそ、カインにとってそれは受け入れがたいものだった。

 もし、彼女があの日の真実を知ってしまったら――


罪狩パージャーの正体、私はリサだと考えていました。あの剣技は間違いなく彼女のものだ。ですが、幾度剣を交えても肝心の彼女が見えてこない……もっとも、お前はお前であれを私だと考えたようですが」


 どうやら先程の戦いが見られていたらしい。


「まぁな。確かにお前には俺がいた氷洞でヤツを撃退したアリバイがある。だがヤツが持ってる外神機あの腕輪は得体が知れねぇ。前の時は魔具アストラ本来の能力も使い手の力量も無視して、周囲の物質を取り込んで巨大化したって話だ。だから正直、二人に分裂したとしても驚きはねぇ」

「フフ、正直ですね。ですがそれについてはここできちんと否定します。あれは私ではない。フラムベルグの名に懸けて、誓いましょう」


 彼女の事だ、言葉にした以上そこに嘘偽りはないのだろう。事が事だけに100%疑いが晴れることはないが、少なくとも今は信じていいはずだ。


「話を戻しましょう。あれがリサだとして、それを断定する前に、私はお前の口から聞かねばなりません」


 シルヴィアはキュッと胸元を握りしめる。

 おそらく彼女の中でもう結論は出ている。そしてきっとそれは限りなく正解に近いものだ。故にこれは単なる答え合わせでしかない。それでも、避けて通ることは彼女自身が決して許さないのだろう。

 シルヴィアはこう続けた。


「カイン、お前がこの国を去った日、同じくリサも姿を消しました。よもや偶然とは言わないでしょう? あの日、いったいお前たちに何があったのですか?」


 わかっていた。どんなに逃げても、いずれこの日が来ることは。

 それでも、カインは右の拳を強く握りしめずにはいられなかった。


「……カイン」


 シーレが心配そうな目でカインを見つめる。シルヴィアもまた、彼の口から真実を知ることにどこか怯えている様子だ。


罪狩あいつはリサじゃない……それだけは絶対だ」


 カインは諦めた――いや、逆に決心がついたと言うべきか。

 逃げ切れない過去なら、もうこれ以上背を向け続けることに意味はない。何よりそれを一番許さない騎士様が目の前に立っている。

 ここらが年貢の納め時……過去と向き合う時なのかもしれない。


「何故です?」

「……俺が……」


 固く結んでいた口をカインはゆっくりと開く。右腕はまるで痺れたかのように小刻みに震えていた。

 これより語るのは5年前のあの日。彼だけが知るリサの真実。そして――


「あの日、


 カイン・ストラーダが一人背負い続けてきた罪過だ。

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