第53話 二人の舞踏会 -Outer Halation-
・1・
午後18時。王城大広間にて――
「わぁ……!」
「……」
それは舞踏会という名の別世界。
用意してもらったドレスに身を包んだレイナと
「……って、じゃなくて! 隊長、いいんですか? こんな非常時なのにパーティーなんて」
「ハハ……まぁ、もう開いちゃってるし、今更中止にはできないだろ」
困り顔のユウトを見て、レイナも諦めたように溜息を吐いた。
魔人の首魁ザリクは、同じ
(まぁ、確かにこの空気はちょっと違和感を感じるな。何というか――)
少し無理をして明るい空気を演出している。そんな違和感だ。
「……だからこそ、なのかもしれませんよ?」
ユウトの思考を読んだかのように、隣に立った御影はそんな言葉を口にした。
「え……」
「……最後の晩餐……ではなくとも、気持ちを昂らせる意味合いはあると思います。何かをしていないと落ち着けないのは人間なら誰しもあります。魔人の脅威はあなたがロンドンで対峙したあの日、世界中に知れ渡りましたからね」
彼女の言う通りかもしれない。みんな胸の内に不安を抱えている。
そもそも向こうが日時を公開したのは、勝つ自信があるからだ。実際の所、ザリク一人で一国を落とすのにそう時間はかからないだろう。最強の
そんな彼女と戦わなければならないバベルハイズが、考え得る最高の
故にこの舞踏会はユウト達のお披露目も兼ねているのだろう。この場に足を運んだ時点で、断るという選択肢は消えたわけだ。
「……ところでユウトさん、何か私に言うことはありませんか?」
「え?」
御影はユウトの前でクルリと優雅にターンして、両手を軽く広げてみせた。
「どーん!!」
「うわッ!?」
「にぶちんめ、女が着飾ってるんだ。言う事は一つだろ?」
突然背後からグワッと抱き着いてきた飛角が耳元で甘く囁く。しかし当のユウトはというと、背中に感じる柔らかな感触でそれどころではなかった。
「……ッ、ひ、飛角……当たってる、当たってるから!」
「フフ、当ててんの♡」
艶っぽい瞳をユウトに向けながら、彼女は御影の横に立ってモデルのように髪をかき上げポーズを決める。
「どうよ? なかなかの美少女具合だろう?」
落ち着いた濃紺色のドレスは一見シンプルだが、逆に余計なものがない分、飛角の美貌とスタイルの良さを十二分に際立たせていた。というより、普段着るものに無頓着な彼女が本気で着飾ればこそなのかもしれない。
「……何故私の横に」
「あれー? 御影ちゃんは自分のボディに自信がないのかなー?」
「……(カッチーン)」
空気が凍り付いた。
「……いいでしょう。この際どちらが上で、どちらが下か、はっきり分からせてあげますよ?」
「上等」
気付けば二人の視線が交差し、激しく火花を散らしていた。
「あのな二人とも……ん?」
そんな時ふと、袖を軽く引っ張られる感覚にユウトは振り向く。そこにはどこか落ち着かない様子の真紀那が立っていた。
「真紀那、どうかしたのか?」
「いえ……その、どこにいればいいのかわからなくて……」
最初は綺麗な景色に目を奪われていた真紀那だが、次第に思い思いに話しかけてくる舞踏会の参加者たちの空気に馴染めず、ユウトの所に逃げ込んできたようだ。この前まで外の世界をまるで知らなかった彼女の生い立ちを考えれば無理もない。
ちなみに最初は舞踏会に否定的だったレイナはというと、一番大きな集団の中心で食事と会話を楽しみながら完全に場に溶け込んでいた。
「あらあら困りました。真紀那は引っ込み思案なのですね」
「ライラ……いつの間に」
気付けばユウトと真紀那の間に、氷を思わせる深蒼のドレスに身を包んだライラが立っていた。彼女はしばし思案した後、両手を合わせてニコッと笑みを浮かべる。
「良いことを思いつきました。ささ、こちらへ」
「あ、あの……」
ライラは真紀那の手を取ると、ユウトの方にも視線を向けた。
「ユウト、あなたもですよ」
どうやらついて来いという事らしい。何というか、絶対の自信のようなものとでも言えばいいのか、どうも彼女の
ともあれユウトは仕方なく、二人の後を追って会場を抜け出した。
・2・
「あの、ライラエル様……どこへ?」
「真紀那、私の事はライラと。ユウトが私の夫となれば、眷属であるあなたは家族も同然なのですから」
自由奔放な王女に腕を引かれ、真紀那たちがやって来たのはガラス張りの天井に覆われたかなり広い庭園だった。
温度管理されているのか、ここでは寒さを全く感じない。むしろ外よりも暖かい。庭園の中央には噴水が配置されており、そこから辺りをよく見渡すと、所々本来この寒冷地では生息しないはずの動植物の姿があった。
「素敵でしょう? ここは
「すごいな。これを全部……」
ユウトは息を呑む。
この場所ではロゴスの下、全ての命がその生死の輪廻を絶え間なく管理されている、という事らしい。その在り方はまるで小さな地球のようだ。
「8割が氷のこの土地でここまでの緑豊かな自然を鑑賞できるのはここだけ。普段は魔導技術のプロパガンダを兼ねて一般開放していますが、将来的にはテラフォーミングや、新たな生命を生み出すことも可能になるでしょう」
ライラは真紀那の手を放し、両手を大きく開いて深呼吸をする。
「さて、難しい話はここまで。ここなら今は人はいないし、あなたが住んでいたという御巫の里にも近しい景色ではないかしら?」
「……」
真紀那は大きな瞳をユウトに向ける。ユウトが小さく頷くと彼女はその場から歩き出し、噴水の縁に座った。どうやらそこが彼女にとって心落ち着くスポットらしい。
「で? 今度は何なんだ?」
真紀那を見届けた後、ユウトは改めてライラと向き合う。
「何がです?」
「真紀那をここへ連れてきたのは、俺を会場から引っ張り出すためなんだろ?
もちろん親切心からの行動だったことは今更疑わない。だが、それだけならわざわざユウトまで付いてこさせる必要はなかったはずだ。
「はぁ……なるほど。今ほんの少しだけ
「え……」
「いいですか? 私があなたをここへ誘ったのは、あなたともっとお話ししたいからです。二人になりたかったからです! 一緒に踊りたいからです!!」
人差し指から順に指を立てながら徐々に語調を強め、グッとユウトに詰め寄るライラ。その気迫に思わずユウトは後ずさる。
「えーっと……」
「ですがもし……あの場で私と踊っていれば、あなたはいよいよこの国の命運を一身に背負うことになる。それはあなたもわかっているのでしょう?」
近すぎて吐息が鼻をくすぐる。ユウトは思わず彼女の露わになった両肩を掴み、いったん距離を取った。その上で冷静に、彼女の言葉に耳を傾ける。
「それは私の本意ではありません」
「……君は一体、何がしたいんだ?」
ユウトはここまでの流れが全てライラの目論見に沿ったものだとばかり思っていた。しかし実際は違った。少なくとも今の彼女は嘘をついているようには見えない。
婚約を迫る一方で、義務も責任も強要しようとはしない。平時ならともかく、今は祖国が存亡の危機に立たされている緊急時。婚約そのものを有効な
なのに彼女はそれをしない。まるで自分の異能によって提示された最善の運命に逆らうかのように。
「私は……」
ライラは真紀那に視線を送った。彼女は未だ噴水の縁でうたた寝している。それ自体は微笑ましいが、事この状況においてそれはいつもの彼女ではありえない行動だ。
「私の
必ず最善を引き寄せる力。それを証拠づけるのが今の真紀那だ。
彼女は従者として人一倍ユウトを守ろうといつも気を張っている。ユウトが一人の時であればなおさらだ。そんな彼女が今うたた寝しているのは、度重なる偶然の連続に基づく結果。ライラは自分の異能がそれらを導いたという。
「程度の違いこそあれ、この国で私を愛さない者は一人としていません」
「それは君が――」
「いいえ」
ライラはユウトの言葉を遮り、首を横に振った。
「私が天使の生まれ変わりと呼ばれるのも、国民から得る愛情も、真に私に向けられたものではなく、あくまで私の
彼女はそこで俯き、口を閉ざしてしまった。しかしすぐに顔を上げると、そこには先ほどまでの影は消え失せ、いつもの笑顔を取り戻したライラエル・クリシュラ・バベルハイズという王女がいた。
「コホン……と、とにかく、私のお願いを聞いてくれないユウトの方が変なのです。王女としての
頬を膨らませて拗ねる王女様。ついになりふり構わず権力を振りかざしてきた。
「我儘か! ……そう言われてもな。ダンスなんて経験ないぞ?」
「フフ、意外に簡単ですよ。まずは手を――」
しかし気のせいかもしれないが、今しがた一瞬だけ見せた彼女の笑みは、今まで見てきたどれとも違う。きっとそれは王女としてではなく、一人の女性としてのもの。ユウトには不思議とそんな風に思えてしまった。
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