第52話 外の理 -Resonance-

・1・


外理カーマってのは要は完璧な模造品なのさ。オリジナルと寸分違わず同じもんなら、同じ力を宿しても不思議じゃない。俺たちはその元になった存在の力を勝手に使ってるってわけだ」


 運ばれてきたコーヒーを味わいながら、タウルはまるでライターを発火するように人差し指の先に小さな炎を生み出した。


「共鳴、みたいなものってことか?」

「あー、確かザリクがそんな事言ってたな。あと何だったか……偶像、なんたら? わりぃ、忘れた」

「……そもそもその話、信用できるのか?」

「知らねーよ。ただ、あいつは何百年もずっと一人で外理カーマについて研究してきた。魔人の力もそのためだけに創り出したくらいだ。そんな物好きの言葉ならまぁ……信用してもいいんじゃねぇか?」


 例えザリクの言葉が偽りだとしても、タウルは全く気にしないのだろう。彼にとっては自分の力の起源が何であろうと関係ないのだ。

 カインは包帯に巻かれた自分の右腕に視線を向ける。


(俺以外にこの力を持ってるヤツがいるってのか?)


 タウルの言葉が真実なら、神喰デウス・イーターにも元になった存在がどこかにいて、カインの力はそこから共鳴を通して引き出されていることになる。

 にわかに信じ難い話だが、何故か不思議と腑に落ちる部分もある。そう思ったのはきっと、彼自身が自分の右腕についてあまりにも無知だからだ。


「で、テメェの話だ。本来、外理カーマ持ちは俺みたいに完全な状態で生まれてくる。当たり前だ。僅かでもオリジナルと差異があれば、そもそも共鳴は起きねぇからな。まぁ、大抵の場合は成長するにつれてオリジナルとの間にズレが生じて、力を失うみてぇだが……」


 要するに、タウルはこう言っているのだ。

 外理カーマの力を宿している今のカインは、あまりにも不自然だと。

 それは外理カーマそのものの在り方と矛盾する。


「なるほど……ようやく理解したぜ。何でお前が俺に変な期待を寄せてるのか。俺のこの右腕にはまだ伸びしろがあるかもしれない……そういう事だろ?」


 タウルの唇がニッと吊り上がった。それは肯定に他ならない。

 不完全な外理カーマ。矛盾を孕むその存在は未知数。何せ前例がない。もし本当にカインの右腕が不完全ならば、本来最初から完全であるべきはずの力に未知の領域が眠っていることになる。それはタウルにとって宝石の原石にも等しい価値を持つ。磨けば己の力を限界以上にぶつけるに値する好敵手になるかもしれない可能性の塊だからだ。


「テメェのオリジナルが何なのか……正直興味はあるが、考えたところで意味はねぇ。これ以上の自分探しならやめとくんだな」

「どういう意味だよ?」

「どうも何もねぇよ。ただそのオリジナルってのがどうもにいるって話だ。少なくともザリクの結論じゃあな」

「世界の……外側?」


 ただでさえ共鳴云々で半信半疑なのに、今度は『世界の外側』という大きすぎるキーワード。正直、すでにカインの理解を超えている。


「ま、難しく考える必要はねぇさ。要は好き放題外理カーマを使えるって事だ。後で使った分の請求つけが来ることはねぇ。何せ相手は世界の外側なんていうどこにあるのかもわからねぇ場所にいるんだからな。楽しんだもん勝ちだぜ?」

「……」


 カインは口をつぐむ。彼の人生、この腕のせいで苦労したことは両手の指じゃ数えきれない。死にかけたことはそれよりさらに多い。当然、自分の運命を呪った事は彼にだってある。

 どうして右腕がこうなってしまったのか?

 どうして自分なのか?

 タウルとの話から得た答えは、結局のところ単なる偶然だということ。どこぞの誰かに似ているというただそれだけの理由で、理不尽な厄介事を押し付けられたようなものだ。それを素直に受け入れることができるほど、カインは人間ができていない。



「……フン、くだらん」



 そんなカインの背後から男の声が聞こえてきた。振り向くと、そこには青いスーツを着た男の背中が見えた。


「あぁ? 何だテメェ」


 タウルは急に会話に割り込んできたその男に眉をひそめる。

 すると男は読んでいた本を閉じ、立ち上がった。


「くだらない。そう言った」


 眼鏡のブリッジに指を当て、彼はタウルに対して再度言葉を繰り返す。


「魔術であれ、兵器であれ、人が力を持った先に待つのは等しく滅びだ。いつまで経っても戦うしか能のない愚かな生物。貴様はまさにその典型だな」

「……ほぅ、言うじゃねぇか」


 清々しいまでにド直球な男の挑発に、タウルは好戦的な笑みを浮かべる。それに呼応するように隠しきれない彼の外理カーマ――熱は、テーブルの上にあるコーヒーを瞬時に気化させた。


「おいバカ!? こんな所で――」


 だがその時、


「きゃあああああああああああああああッ!!」


 突如として大勢の悲鳴が大通りを駆け抜けた。


・2・


 声の発生源に駆けつけたカインが目にしたのは、漆黒のフードを纏う死神の姿だった。


罪狩パージャー……ッ」


 公衆の面前で、罪狩パージャーはどこにでもいそうな一般人数名を斬り捨てていた。彼らの周りにはゴーレムと思しき残骸も散らばっている。おそらく抵抗したのだろう。

 カインは牢屋で聞いたシルヴィアたちの言葉をふと思い出す。

 罪狩パージャーが狙うのは、5年前に内乱を扇動した宗教団体ヨハネの神託の残党。ならあそこで倒れているのは――


「考えるのは後だ!」


 カインはすぐさま腕輪形態の神機ライズギアを起動するため、左腕を伸ばす。しかし、そこでハッと気付いた。


(チッ……そういや捕まった時に押収されたんだった)

「……」


 そうこうしているうちに、赤く輝く隻眼がカインを捉えた。罪狩パージャーは残ったヨハネの残党には目もくれず動く……いや、


「……ッ!」


 まただ。また一瞬で距離を詰めてきた。だがカインはその動きを一度見ている。どんな場所にいても一瞬で間合いを詰められるのは厄介極まりないが、来ると分かっていれば対応のしようはある。


「同じ手を……二度も喰らうかよ!」


 どんな手品を使っているにせよ、間合いを詰めるメリットは何も罪狩パージャーだけにあるわけではない。特にカインの場合は。


「ぶっ飛べ骸骨野郎!!」


 カインは相手の懐に潜り込ませた右腕――外理カーマの力を解放した。

 刹那、赤い光が爆発する。右腕から解き放たれる巨大な霊体の腕。禍々しい炎のようなオーラを纏う爪が、罪狩パージャーの胴体を二つに引き裂いた。


『ウギ……ッ』


 宙を舞う敵の体は、やがて重力に掴まり落下する。

 しかし、そこでカインは違和感を覚えた。


「お前……本当に人間か?」


 胴体を引き裂いたというのに、血が一滴も流れていない。それだけじゃない。地面に散らばった罪狩パージャーの肉体から闇が溢れ、縫い糸のような何かで他の肉体を引き寄せて自己修復していく。


『言ったはずだ……俺は罪を粛清する者だと。だから誰にも俺を裁くことはできない』

「前より随分舌が回るじゃねぇか。徹夜で勉強でもしてたのか?」


 罪狩パージャーは答えない。ただ、赤く光る右目でカインを見ていた。


「ちょうどいい。喋れんなら答えてもらうぜ……使


 リサ・ストラーダ。

 それはまだカインが幼かった頃、右腕のせいで誰からも拒絶され身寄りのなかった彼を引き取って育ててくれた女性の名だ。

 カインにとっては唯一家族と呼べる存在。同時に剣の師でもある。今でこそリボルバーを織り交ぜた独自の戦闘スタイルを持つカインだが、今もその根底には彼女の教えがある。そんな彼だからこそ、あの時一目見ただけで罪狩パージャーの構えがその流れを汲んでいることに気付けたのだ。

 罪狩パージャーの正体がリサ本人である可能性はない。

 では彼女に剣の教えを受けた者か? だが過去にリサの指南を受けた者はカインの知る限り自身を除けば一人しかいない。そしてその人物が目の前の死神と同一人物だと、彼にはどうしても思えなかった。


「……シルヴィ、お前なのか?」


 カインは恐る恐る問う。すると――


『……クク……ククク、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』


 死神は突然笑い始めた。金属の顎を小刻みに何度も震わせ、不気味な音色を奏でる。

 そして次の瞬間、その右腕がバキバキと骨が折れるような耳障りな音を立てて変形し始めた。それは悪魔の腕――まるでカインの右腕をそっくりそのまま真似たようにも見える。


「答えろ!」

『ハァッ!』


 互いに伸ばした異形の腕が激突する。

 その余波は地面を粉砕し、辺り一帯に激しい粉塵を撒き散らした。


「ッ、どこ行きやがった!?」


 周囲は煙で覆われ視界が悪い。ここで下手に動けば相手に隙を与えることになる。しかし対峙する度に感じたあの突き刺すような殺気はもう感じない。敵がこの場を去ったことを確信したカインは、入れ替わるようにこちらへ近づいてくる複数の足音を察知した。


「騎士団か……今は捕まるわけにはいかねぇ」


 直に夜だ。白夜のせいで真っ暗とはいかないまでも、ここを乗り切れば身を潜めやすくなる。

 ひとまずカインが足音の方向とは反対に向かって走ろうとしたその時、誰かが彼の左腕を掴んだ。


「こっち……」


 薄汚れたフードを被るその人物はただ一言そう言うと、彼を強引に路地裏へと引き込んだ。


・3・


 戦場となった商業区画。

 そこに面した建物の屋上から、石畳に残された破壊の爪痕を見下ろす者がいた。


「……何の用だ?」


 青いスーツの男は眼鏡をクイッと持ち上げ、振り返ることなく背後に立つ焔の魔人に問う。


「ハッ、やっぱりただの人間……ってわけじゃなさそうだな」

「フン、それだけわかりやすい殺気を遠慮なく撒き散らしていれば嫌でも気付く」

「何モンだ? テメェ」

「貴様が知る必要はない。失礼する」


 これ以上話すことは何もない。男は一方的にそう結論付け、躊躇なくタウルの横を通る。


「まぁいいさ。喋りたくねぇなら喋りたくなるようにしてやるだけだからな」


 触れれば生身だろうが立ち所に蒸発するほどの圧倒的な熱量の塊が魔人の体から湧き出し、男を襲う……


「……ッ、へー」


 だが、タウルの焔が男の体を焼き尽くすことはなかった。

 そもそも届いてすらいない。一切の音もなく、焔は彼の意に反して消失してしまったからだ。


「あと10万と3068日……」

「あ?」


 男が口にした謎の数字に、タウルは首を傾げる。


「人類に残された余命カウントダウンだ。覚えておくといい」

「おいおいテメェ、まさか占い師か何かかよ?」

「確定事項だ。人が文明の火を手にしたその時から、この滅びは決まっている」


 静かに振り返った男を囲うように、濃密すぎるが故に可視化された黄金の魔力が収束する。形を得たその姿はまるで蛇――いや、竜だ。タウルにはそのに見覚えがあった。


「その力……なるほど。どうりで俺の焔があっさり掻き消されちまったわけだ」

「ここでの仕事はすでに完了している。後は導き出される答えを見届けるだけだ。暴れたいというなら好きにすればいい。それもまた、俺が観測すべき答えだからな」


 そう言い残すと、男は黄金の魔力に包まれてその場から完全に姿を消した。

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