第50話 神ならぬ身にて人智の最果てを超えるもの -Apotheosis Intelligence-

・1・


「何だ……これ……」


 ユウトは言葉を失っていた。

 塔の内部は薄暗く、しかし無数の光が絶え間なく疾走している。

 光の正体は無数の電子回路。それだけではない。ガラスの床の下――大小様々な無数のコードが整然と並ぶ黒い機器ハードウェア群に接続されており、ステータス良好を示す緑のランプはさながら地上の星の様に明滅していた。

 この光景を一言で表現するならば、



 ――宇宙。



 まるで全方位型のプラネタリウムを体験しているようだった。


「フフ、驚くのはまだ早いですよ?」


 ライラはクスクスと笑いながらユウトの手を引き、塔の中心部を目指した。シーレもそんな二人の後を無言で付いていく。

 おおよそ塔の中心部に辿り着いたところで、ふと足元が揺れた。重力に逆らい浮かび上がった床は三人を上へと運ぶためのエレベーターだったのだ。

 エレベーターは最上階で止まり、一行はようやく目的の場所へと辿り着いた。



『ようこそ、ライラエル王女。そして吉野ユウト。お会いできて光栄です』



 突然、声が響いた。

 生の声ではなく、スピーカーを介したものだ。

 だがこの空間に自分たち以外の気配はない。


「あれですよ」


 周囲を見渡していたユウトに、ライラは上を指さした。

 彼女の指し示す方向にあるのは、直径10mはある巨大な光る球体。


「彼が『ロゴス』。我がバベルハイズ王国とエクスピア・コーポレーションが共同で生み出した叡智の偶像Apotheosis Intelligence――すなわち魔導式AIです」


 塔の外からユウトが見た、奇妙な魔力を持つ存在。

 有機物でもなければ、無機物でもない。

 人間ではないが、単なる機械とも違う。

 その正体は科学と魔術――相反する二つの真理を併せ持つ、全く新しい『何か』だった。


・2・


「お待ちください宗像様!」


 王の間を守護する番兵二人。彼らの制止を振り切り、皆を引き連れた冬馬は大扉を開く。



「フン……やはり来たか」



 玉座に座する初老の男性はまるで予測済みだと言わんばかりの反応で、特に驚く様子はなかった。


「お初にお目にかかります。ライアン・クリシュラ・バベルハイズ王。現エクスピア・コーポレーション代表取締役兼CEOの宗像冬馬と申します」


 冬馬はイスカを含め引き連れた面々を後ろに下がらせ、片膝を付いて王に頭を下げた。


一心いっしんの息子……お前のことはヤツから何度か聞いたことがある」

「……失礼ですが、父は私の事を何と?」


 下げた頭を上げ、冬馬はライアン王にそう尋ねた。

 改めてよく見ると、実際の王様は思った以上に若い印象を受けた。およそ30代後半から40代前半くらいだろうか。綺麗な白髪と精悍な顔立ちからは老いを全く感じさせず、高い鼻に掛かった眼鏡とその奥に覗く翡翠の瞳は理知的な雰囲気さえ感じる。ただその一方で疲れているのか目の下のくまは濃く、全体的にやさぐれているようにも見えた。

 そのせいか口にこそ出さないが、正直『一国の王』というよりもむしろ『学者』と言われた方がしっくりくる。


「聞いても時間の無駄だぞ? 私が認めているのはヤツの能力だけだ。よもや息子のお前が分からないとは言わないだろう?」

「まぁ……何となくは……」


 冬馬は苦笑いしながら、立ち上がる。

 まどろっこしい社交辞令は望まれていない。王の言葉からそれをひしひしと感じ取った冬馬は、その時点でガラリと態度を変えた。


「お互い暇じゃない。こちらも単刀直入に言わせてもらいます」


 勝負はここから。

 あくまで対等な立場で、彼は物申す。 




「俺たちに……いや、?」




 聞き方によっては責め立てるようにも聞こえるその言葉に、王の間に控えていた衛士達が一瞬ざわつく。

 しかし、ライアン王は落ち着いたままだった。いやむしろ――


「なるほど……ヤツの息子だけのことはある、ということか」


 彼は口元を綻ばせて笑みを浮かべていた。


・3・


「……魔導式、AI?」


 AI――つまり人工知能。

 しかもただの人工知能ではない。ライラの言葉をそのまま使うならば、魔術で動くAIということになる。


極地世代超越型全能システムLiberating Omega Generation Omniscient System――通称、L.O.G.O.S.ロゴス。神ならぬ身にて人智の最果てを超えるものです」

「……?」

「つまりめっちゃスゴいAI」


 まだ頭で情報を整理しきれていないユウト。よく分かっていないので一言で済ませるシーレ。二人の反応を楽しみながら、ライラはさらに言葉を付け足す。


「そうですね……例えば魔術の完成形。ユウトはそれがどんなものだと思いますか?」

「いや、どんなと聞かれても……」


 ユウト自身、魔術に関してはド素人だ。

 確かに戦いの中で何度も魔術を見たことはある。だが今は単純に戦うための道具と一言で済ませることはできない。御巫の里では戦闘に限らず、文化として生活の中に息づいていたからだ。


「ロゴス、あなたの結論は?」

『魔術とは決められた手順を踏み、自らの意思を事象として顕現させる行為。それはつまり世界の真理の一端に触れ、そのリソースを行使することを意味します』


 魔法のように『不可能』を『可能』にする、ある種の奇蹟と呼べるほどの力はない。あくまでこの世界のルールに則って働く必然の力。それが魔術だとロゴスは説く。


『故に魔術の完成形とは、世界の真理そのものを読み解くことにあります。森羅万象を観測し、その全てを掌握したならば、魔術は既存の枠を超え、限りなく魔法ほんものに近い事象きせきを構築することが可能となります』

「奇蹟を、必然にするってことか?」


 ようやく要点を掴みかけたユウトに、ライラが頷いた。


「形は違えど、全ての魔術の根源はそこにあります。今まで『不可能』だったことを『可能』にする。その点で言えば、魔術と科学に違いはないのかもしれませんね」


 そんな事が果たして可能なのか?

 確かに人は文明という火を手に入れたその時から、数多くの『不可能』という壁を破壊してきた。例えその時は不可能だったとしても、後に続く者達が知恵と勇気を結集させ乗り越えてきた。

 今では地球の裏側であっても人の声は届く。海を渡り、空だって飛べる。

 なら次は――




「あら、ごめんなさい。少々話が脱線してしまいましたね」


 ライラは相変わらずニコニコしながら謝罪すると、ロゴスに指令を出した。


「ロゴス、今から15分前の北牢の映像を見せて」

『Yes, your highness.』


 1秒も経たずにユウト達の前に立体スクリーンが展開され、数分前の記録映像が流れ始めた。


「な……ッ!?」


 そしてユウトは15分前の真相を知る。


「……カイン」


 映像に映っていたのは囚われたカイン。そして彼を連れ去る焔の魔人タウルの姿だった。

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