第49話 動き出す歯車 -Crossing Speculation-

・1・


 北牢に拘束されていた囚人の脱走。

 その知らせを受けた城内は、瞬く間に慌ただしい空気に包まれる。

 城の衛士たちがこぞって北牢へと向かう中、その流れに逆行する者達がいた。


「あの、ライラエル王女殿下」

「ライラ、で結構ですよ?」

「いやさすがにそれは……」


 渋るユウトに、王女は足を止めて振り返る。そしてあざとく頬を膨らませた。


「……はい……では、その……ライラ様?」

「むぅ~」


 折れるユウト。だが彼女はまだご機嫌斜めのご様子だ。

 もう一声、と期待に満ちた眼差しが刺さる。


「……ライラ」

「よろしい♪ 私もユウトって呼ばせてもらいますね?」


 屈託のない笑顔でライラは右手を差し出した。ユウトはその手を取って握手をする。


「で、どこへ向かってるんだ?」

「フフ、全てを知る者の元へ」


 ライラは城の中央にそびえ立つ塔を指さした。

 魔道士ワーロックの証であるユウトの赤い瞳は、魔力そのものを直視することができる。その目を通して、ユウトは塔の最上階に大きな魔力を持つ存在がいることに気が付いた。

 ただ、


(何だ……あれ?)


 奇妙だった。

 普通、多かれ少なかれ人が持つ魔力の根源はユウトの目には揺らめく炎のように映る。それに対して塔の上の存在は、無数に交差する線の集合体。炎のような不規則性は感じない。

 さらにここまで塔に近づかなければ気付けなかったが、極細の魔力の線が塔の上から蜘蛛の巣の如く全方位に伸びていた。この分だと王城はもちろん、城下町の方にまで伸びているかもしれない。


「さぁ、ユウト。こちらへ手をかざしてください」


 塔の真下。

 まるで銀行の金庫を連想させるような鋼鉄の大扉の前に辿り着いた王女とその従者、そしてユウト。

 ライラはまず自分が端末に手をかざして認証してみせると、今度はユウトにそれを促した。



==============


 新規魔力パターンを検知

 登録者:吉野ユウト

 認証キーを作成します


 ...... Complete.


 ようこそ、ロゴスへ。


==============



 歓迎の言葉の後、重たい扉が独りでに音を立てて動き始めた。


「ロゴス?」

「ここから先は王国の極秘事項トップシークレット。覚悟はいいですか?」


 ライラは悪戯っぽく、しかしどこか真剣な面持ちでそう尋ねた。


・2・


 爆発の音は、冬馬たちの待つ応接室にも届いていた。


「ありゃー、事故……ってわけじゃなさそうだ」

「……ッ!!」


 窓から外の黒煙を眺める飛角の横で、御影はまるで背筋に電気が走ったかのようにピクッと一瞬その体を震わせた。


「? どったの御影?」

「……いえ、少し悪寒が……」


 首を傾げる飛角。しかしすぐに思い当たる節を見つけたのか、彼女は口元に指を当ててニヤニヤと笑う。


「ハハァ~ン、さてはこの状況にかこつけて、またユウトが知らない女とフラグを立てたとか心配してる?」

「……笑えない冗談ですね」


 ギロッと睨み返す御影。否定しない所を見るに、ドンピシャのようだ。


「だよね~………………いや自分で言って何だけど、本当にありそうで何かムカムカしてきた」


 最初は面白そうにしていた飛角の表情もだんだんと陰り始める。

 彼女たちは身をもって知っているのだ。何か事件が起こる度に吉野ユウトという男はその渦中にいる。そしてこれまた経験上、そういう時は極めて高い確率で可愛い女の子を引っ掛けている。しかも本人にはその自覚がない。


「お二人さーん、旦那ユウトの心配は後だ」

「トーマ、どうするの?」


 すでにイスカはいつでも戦えるよう、二本の短剣を構えていた。冬馬は彼女の横で顎に手を当て、どう動くべきか思考する。そして数秒もかからないうちに行動指針をまとめあげ、彼はまずレイナの方を向いた。


「レイナ、ちょっと上から何が起きたのか確認してきてくれ。ただし状況が状況だ。爆発現場にはあまり近寄りすぎるな。俺たちの事は知られているとはいえ、敵と誤解されると厄介だからな」

「はい!」


 一つ返事で了承したレイナはロストメモリーを取り出して両足にスレイプニールを展開すると、窓を開いて颯爽と飛び出した。


「で、真紀那ちゃんはユウトを迎えに行ってくれ。端末のGPS追跡トレースを使えばユウトの足跡を追えるはずだ。使い方は分かるな?」

「問題ありません」


 真紀那は頷き、急いで部屋から出ていった。

 ユウトの部下にそれぞれ役割を与えた冬馬もここから動き始める。


「さて、残った俺たちはこのまま王様のところへ行きますかね」

「……勝手に動いていいのですか?」


 御影の意見はもっともだが、冬馬は首を小さく横に振る。


「少々無作法だが、事態を知る権利は俺たち客人にもある。それにここが安全だって保障もないしな」


 今のは建前だ。

 この国では何かが起こっている。それはもう確定と見ていいだろう。

 そんな状況下にも関わらず、バベルハイズはエクスピアうちを客人として招いた。魔遺物レムナントを餌にして。

 そこまでする理由はわからない。だが向こうが何を求めているのかはだいたい想像がつく。


(この際、親父おやじがこの国で何を手に入れたのか……せめてその痕跡だけでも見つけ出すか)


 事情はどうあれ、王国側が冬馬たちを利用しようとしているのは明らかだ。ならこちらもそれ相応の対応をする必要がある。この世界、へこへこして都合のいい道具と舐められたら終わりなのだから。

 それに幸い、相手が欲しているカードはこちらにある。


(ここは一つ、無礼はお互い様ってことで)


 勝負師の顔つきになった宗像冬馬の横に、何も言わずイスカが並ぶ。

 もう第一線で戦うことができないが故に、無茶をしがちな彼を守るのが彼女の仕事だ。


「ま、荒事に発展させるつもりはないが……もしもの時はよろしくな」

「ん」


 小さく頷く護衛イスカと共に、冬馬は応接室の扉を開いた。

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