第48話 必然と偶然の再会 -Meets again × 2-

・1・


 爆発発生より少し前、同じく王城地下の牢屋にて――




 あれから何時間が経過しただろうか?

 外の光が一切差し込まないこの場所では、それを知る術はない。


「……ッ」


 誰か来る。1人……いや2人。

 響く足音でカイン・ストラーダは目を覚ます。


「ここは……」


 あの時――

 罪狩パージャーと一戦交えていた所に、誰かの横やりが入ったのは覚えている。こうしてまだ生きているということは敵ではなかった……とも言い切れない。

 彼はまず、鎖に繋がれた自分の右腕を見た。腕を通すように浮かぶ筒状の魔法陣。それは幾重にも張られた封印の神聖術カレイドライト。右腕に力をこめると、体内の魔力を強引に外へと吐き出す仕組みになっている。


「……チッ」


 彼が本気で抗えば、右腕は封印術そのものを喰らい破壊するだろう。だがその代償として、体力のほとんどを持って行かれる。

 カインに対して最も簡単で、最も効果のある拘束方法。彼の右腕の事を良く知っている人間でなければこんな手段はまず取らない。



「久しぶりですね、カイン。あの内乱以来でしょうか?」



 檻の前で自分と同じくらいの年の女が足を止めた。

 いや、ただの女ではない。

 穢れを知らぬ魂を形したような白銀の甲冑。風に揺れる麦畑のような黄金色の髪。きりりとした清澄な眼差し。

 その全てを兼ね備える騎士をカインは知っている。


「……シルヴィ」


 かつての愛称を口したカインを、隣にいた若い騎士が鋭い眼光で睨みつけた。


「気安くシルヴィア様の名を口にするな! この裏切り者が!!」

「ハッ……しばらく見ないうちに随分と偉くなったじゃねえか? 泣き虫のクルトくん」

「貴様……ッ」


 カインのわかりやすい挑発に激昂したクルトという少年は、腰に差した剣の柄を握りしめた。


「やめなさい。貴殿は私と同じ三剣の一人。その誇りを、安い挑発程度で汚したいのですか?」

「……ッ、……申し訳、ありません」


 シルヴィアに窘められたクルトは、渋々剣を握る手を放した。


「三剣? お前らが?」

「えぇ、5年前の内乱で先代の三剣達は皆、この国のために最後まで戦い、そして命を落としました。今は『フラムベルグ』の名を私が。『シュヴァイツァー』をクルト。そして『ファルクス』はシーレという者が継承しています」


 三剣とは、この国における騎士の最高位。王族に次ぐ身分だ。

 王国の治安を司り、それぞれが独自の騎士団を持つことを許されている。

 その重責を担う者達はそれぞれ『フラムベルグ』、『シュヴァイツァー』、そして『ファルクス』。初代三剣の名を継承するのがこの国の古くからの習わしだ。


「もっとも、現在この国に騎士団は1つしか存在しませんが」

「シルヴィア様は我ら三剣騎士団トライナイツを率いる団長。この国の秩序を成すお方だ」


 なるほど、とカインは合点がいく。

 同じ三剣でありながら、クルトがシルヴィアに忠を尽くす理由はそこにある。元々昔から剣技、神聖術共にトップクラスの実力を持つシルヴィアを尊敬していた節はあったが、どうやら今は当時よりさらにこじらせているらしい。


「あの時の魔具アストラは? あんなもの、この国にはなかったはずだ」


 今もシルヴィアの腰に差さっているガラス細工のように精巧な細剣。確か彼女は『テミス』と呼んでいた。どんな能力を持っているのかは知らないが、そもそもカインの知る限り、彼女は魔具を持っていなかったはずだ。


「その問いに答える意味はありません。必要だったから手に入れた。ただそれだけです。あの内乱で行方を眩ませたお前にはわからないかもしれませんが」

「……」


 平静を保ってはいるが、シルヴィアのその言葉には僅かに棘があった。

 そのどこか探るような視線は、カインの心臓を締め付ける。体の内から嘔吐のように湧き上がる不快な感情を、彼は歯を食い縛って耐えていた。


「弁明は……しないのですね」


 深い落胆。そして哀れむような視線。

 しかしそこまで。彼女はすぐに騎士シルヴィア・フラムベルグの顔に戻った。


「本来であれば、不法入国したお前を罰しなければなりません。ですが――」

「あの骸骨野郎か?」


 カインの言葉に、シルヴィアは眉をひそめた。

 どうやら図星らしい。


「えぇ。ここ数ヶ月、罪狩パージャーを名乗るあの人斬りを私たちは追い続けています。お前が狙われている以上、捨て置くことはできません」

「なるほど……やっこさん、随分好き放題やってるらしいな」


 贔屓目なしに見ても、バベルハイズの騎士団は優秀だ。そもそもそうでなくては務まらない。個人の剣技、及び神聖術の練度はもちろん、今はシルヴィアが統率しているならなおさらその実力を疑う余地はないだろう。

 だがそれでも自らを『粛清者』と呼ぶあの隻眼の死神は、彼女たち相手にたった一人で対抗している。


「あれの標的ターゲットは5年前に内乱の引き金となった『ヨハネの神託』の残党、及びそれに関わった王国側の内通者です」

「……ッ!?」


 カインの表情が一瞬、ほんの一瞬だけ強張る。

 その小さな変化を、シルヴィアは見逃さなかった。


「……やはり、お前は何か知っているのですね?」

罪狩パージャーが狙うのはヨハネの関係者。ならばやはりカイン・ストラーダ! 奴に狙われたお前は――」


 ――裏切り者。

 そう、クルトの口が開くその直前、




「おいおい、なかなか面白そうなことやってんじゃねぇか?」




 暗い牢屋に第4の声が響いた。と同時に訪れる熱気。いや、そんな生易しいものではない。レンガの壁が、鋼鉄の柵が、目に映る景色そのものが、赤く変色してドロドロに溶けていく。

 その中心――全ての元凶である灰色の男は、不敵に笑う。


「俺も混ぜろよ?」

「この声……まさか……ッ」


 男がそこにいる。

 ただそれだけで、一瞬にして牢屋は地獄の釜土へと変貌した。


・2・


「……タウル」


 極熱に晒されチーズの様に勝手に割けた壁越しに、カインはその魔人の名を口にした。


「ようカイン・ストラーダ。でかい外理カーマの気配を感じて来てみたが……いや、まあいい。こっちの方が面白そうだ」


 灰色の肌に赤い衣服を纏った野性的な風貌の男。獄炎の魔人タウル。

 飢えた獣のように戦いを求める彼の瞳は、しっかりとカインを捕捉していた。


「何者だ? ここは神聖なる我が国の王城。貴様のような下郎が足を踏み入れていい場所ではない」

「あ? 何だお前、捕まってんのか?」


 剣を向けるシルヴィアに対し、タウルは全く興味を示さない。

 彼はカインしか見ていなかった。


「っるせーよ。こっちにもいろいろ事情があんだよ」

「へーそうかい。ま、これっぽっちも興味ねぇけど」


 一歩一歩、気怠げに階段を下りるタウル。

 彼が最後の一段に足を付けた直後、


「アレス!!」


 クルトが直剣を抜いた。

 アレス。あれもおそらく魔具だ。時間を操っているのか、それとも単純に肉体が強化されているのかは定かではないが、普通の人間では到底ありえない速度でタウルに突貫する。


 ッッッド!! と。

 クルトの剣がタウルの焔と激突した。


「く……うッ!」


 衝突と同時に破裂した膨大な熱量と閃光。そして暴れ回る衝撃波がクルトを襲う。その威力は両手で抱えた爆弾が体に密着した状態で爆発したのとほぼ同等。

 だが彼はそれを耐えた。その上でさらに耐え続けている。


「あ? んだお前? そんなんじゃ刃が俺に届く前に燃え尽きちまうぞ?」


 実際、タウルはまだ何もしていない。クルトが戦っているのは魔人ではなく、あくまで彼の周囲を漂う焔。彼にとっては盾ですらない。


「威光を示せ、テミス!」


 しかし、状況はシルヴィアの魔具によって好転する。

 細剣を天に掲げ彼女が魔具の名を叫ぶと同時に、クルトとタウルを飲み込むように眩い光の結界が展開された。


「ぐ……う、おおおおおおおおおおおおおおお!!」

「……ッ!」


 徐々にクルトが焔を押し返す。そしてついに彼の剣がそれを断ち切った。


「ヤツの焔を!?」


 驚くのも無理はない。

 そもそもあの焔は魔術でも、ましてや魔法でもない。そんなものより遥かに強い説明できない何か……そう定義するしかない異質なものだ。


「いかなる力を持っていようと、この剣テミスは結界の中にいる者の力を、私が指定した者と均一にする。私はお前を指定した」


 実力が拮抗した者同士の勝敗を決めるのは運ではない。己が培った技と勝利への欲求。この2つが相手を超えられるかどうかにかかっている。

 つまりほんの一瞬とはいえ、クルトの意思はタウルを超えたのだ。


「ハハハハハ!! なるほど、なかなか面白れぇ力じゃねぇか! 要は俺の領域つよさにテメェが追いついてくれるってことだろ? ならもっと上げていこうぜ!!」

「……なっ!?」


 焔はまるでタウルの感情に呼応するかのように、さらに勢いを増していく。際限なく燃え盛る焔はついに天井を貫き、空を焼く。


「う……ッ」


 それに比例して、クルトが苦しみの表情を浮かべ始めた。

 『戦力』という概念そのものを均等化するテミスの能力。だがそれを使いこなせるかどうかはまた別の話。

 身の丈を遥かに超える力を行使する者には、それ相応の反動バックファイアがもたらされるようだ。


「へばるなよ? まだまだお楽しみはこれから――」


 そこまで言って、文字通り天井知らずのタウルの獄炎はその勢いを急に失い始めた。


「んだ、この気配?」


 タウルは何故か周囲を気にしていた。

 まるで焔が急激に弱まったのは、彼の意思ではないとでも言うように。


 


 周囲に燃え移ったタウルの焔が彼の制御下を離れ、無数の槍へと形を変えて彼の体を貫いたのだ。


「俺の焔に干渉してんのか?」


 自分の焔に貫かれたというのに、タウルの表情に一切の乱れはない。

 しかし彼を含め誰一人、この不可解な現象を理解してはいなかった。


「チッ、ヤメだヤメ。しらけちまった」


 心底つまらなそうなタウルはそう言って、自身の焔を完全に引っ込める。

 そして肩で息をしているクルトを横切り、溶解した壁を壊してカインの前までやって来た。


「……何だよ?」


 その疑問に対し、カインを見下ろす魔人はこう答えた。


「こんなとこいてもつまんねぇだろ? ついでだ。手ぇ貸してやるよ」

「ッ、貴様何の真似だ!」


 叫ぶシルヴィア。だがもう遅い。

 タウルが指を鳴らすと同時に、業火が彼とカインを包み込む。そして全て消えた時、彼らもまた、もうそこにはいなかった。

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