第47話 錬鉄の襲撃者 -The Sword maker-

・1・


 バベルハイズ国際空港に着陸したユウト達一行いっこうは、検問所で入国に必要な手続きと検査を済ませた後、王国御用達のリムジンに乗って国の入り口である氷の大門の前まで来ていた。


「……綺麗……」


 大門を前にした御影は思わずそんな声を漏らす。

 同乗した使者の話だと、王国全土をぐるりと囲う巨大な氷の壁。これは王国の真下にある『絶対結氷ダイアモンド・グレイシア』と呼ばれる巨大な溶けない氷から伸びているのだという。

 とりわけ門はその氷を特殊な加工技術を用いて装飾が施されており、その見た目は氷というよりはむしろ彫像や神殿などに使われる大理石のように白い。しかも太陽の光を受け、かすかに七色の光を放っていた。


「開門!!」


 門を守る兵士の声に反応して、白き大門に無数の光が走る。

 それらは中央の円に収束し、一本一本が複雑に交差して魔法陣を形作る。そして全ての線があるべき場所に収まった時――即ち大魔法陣の完成を以て、巨大な扉が重低音を立てて動き始めた。

 

「これがこの国の魔術……神聖術カレイドライト

「はい。私たちはこの世界に存在する六大元素ヘキサ・エレメンツを組み合わせ、あらゆる事象を為すのです」


 同席した使者の一人が真紀那にそう説明した。

 同じ魔術を使う者同士。しかし、門派の違う彼女がすぐに理解できるのかと言えば、答えはNoだ。一口に魔術といっても、御巫のそれとはそもそも根源ルーツが違う。


「なるほどね。元々科学とは相性が良かったってところか」

「さすがでございます、宗像むなかた様」


 使者は冬馬に敬服の言葉を贈る。

 隣に座るイスカは首を傾げて「どういう意味?」という顔をしていた。レイナと真紀那も同様だ。


「科学ってのは『こうすればああなる』っていう原因と結果の因果関係だ。特定の条件下において、必ず同じ答えが返ってくる」


 究極的に言えば、『何故?』という疑問はさして重要ではない。

 起こったという事実の記録、及び分析。これこそが科学の根幹である。


「魔術である以上、神聖術カレイドライトも科学の外にある代物には違いない。だけど手段はともかく、扱っているのはあくまで六大元素。特定の組み合わせで何が起こるかは予測できる」


 神聖術カレイドライトとは、元素同士の配合次第で変幻自在の効果を発揮する魔術。その長所を科学が記録、体系化することで一つの解へと落とし込む。この段階までくると、もはや術者が人である必要はない。そこに魔力という燃料があり、術式という枠組みテンプレートがあれば事足りる。

 詰まるところ、ボタン一つで再現可能なのだ。


「……王城、見えてきましたね」


 御影が窓の外を見てそう言った。ユウト達も釣られて外を見る。

 大門を超え、一変した景色。

 そこには白い壁の街並みが果てしなく広がっていた。そしてその最奥で一際異彩を放つ水晶の城――バベルハイズ城。


「改めまして、ようこそバベルハイズへ。エクスピア・コーポレーション代表宗像冬馬むなかたとうま様。並びに同行者様方。我らが王、そして全ての国民に代わり、皆さまのご来国を心より歓迎いたします」


 バベルハイズの使者は笑顔でそう言うと、優雅にお辞儀をしてみせる。

 永久凍土に閉ざされた魔術大国バベルハイズ。

 歴史ある魔導の地に足を踏み入れたことを、ユウト達はようやく強く実感した。


・2・


 王城に到着したユウトたちは、まず客人用に用意された豪勢な部屋へと通された。


「謁見の準備が整いましたらお迎えに上がります。今しばらくお待ちください」


 案内をしてくれた執事はそう言うと、部屋を出ていった。


「……広いです」

「私たちの部屋の軽く5倍はある……よね?」


 物珍しいのか、レイナと真紀那は部屋中を見て回っていた。


(気持ちは分かる)


 頷くユウト自身も、ここまで豪華な部屋に入ったのは生まれて初めての経験だ。

 壁に掛けられた絵画やシャンデリアを始め、据え置きのティーカップやポットにいたるまで、相当な値打ちが付く代物なのは誰が見たってわかる。


「ッ、お~。紅茶美味し♪ いや違いとかわかんないんだけどさ」

「……そうですね。仄かに柑橘系の香りがします」


 ソファーに腰かけた御影と飛角は、用意されていた紅茶を楽しんでいる。


「ユウトー、こっち来てお前も飲め飲めー」


 すっかり上機嫌な飛角が来い来いと手招きするが、ユウトは小さく首を横に振った。


「いや、今はいいや。冬馬、少し外の空気を吸ってくる」

「おう。迎えが来たら端末に連絡する。さっさと戻って来いよ?」

「ああ」


 そのやり取りに気付いた真紀那はすぐさまユウトの元に駆け寄って来た。しかし彼はそれを手で制す。


「大丈夫。ちょっとその辺歩いてくるだけだ。レイナ達と一緒にいてくれ」

「……ご命令なら」

「頼む」


 ユウトは優しく真紀那の頭を撫でると、扉を開けて部屋を出た。


・3・


 城内を無作為に歩くこと数分。

 あまりにも不自然に人気のない庭園に出たユウトはそこで足を止めた。



「出てこいよ。いるのはわかってるぞ?」



 振り返ることなく、ユウトはそう言い放つ。

 大門を抜けて城に辿り着くまでの間、ずっとユウト達を監視するような視線。それが今、彼の背後にいる。


「……」


 大理石の柱の影から姿を現したのは、綺麗な銀色のショートヘアと翡翠の瞳が印象的な盗賊、あるいは忍者のような恰好をした少女だった。


「君は……」


 微かな既視感。

 何となくだが、彼女の顔立ちに昨夜タシーラクで出会った謎の美女の面影をユウトは感じていた。


「私は……えっと……んー……ハッ!? 私は名も無き凄腕の暗殺者」

「……はい?」

「つまり、ココデオマエハオシマイヨー」

「何で棒読み!?」


 少女の言葉には絶望的なまでに感情がこもっていなかった。

 まるでめんどくさいものを全部無視して、強引に話を進めようとするような――



錬鉄開始ビルドアップ



 次の瞬間、少女の手元に火炎が渦巻き、一瞬にして身の丈ほどある巨大な剣が現れた。いや、この表現は正確ではない。手品みたいにどこからともなく現れたわけではないから。

 ありふれた表現が許されるなら……炎そのものが鉄となり剣という形に収まった、だろうか。


「覚悟」

「ちょ……ッ!?」


 ユウトは左腕に理想写しイデア・トレースの籠手を展開し、振り下ろされる強撃を受け止めた。


(ぐ……ッ!? 想像してたよりずっと、……ッ!)


 ただの武器ではない。

 この自称暗殺者が生み出した大剣は、おそらくありえないレベルで超高密度の金属の塊なのだ。少なく見積もっても見た目から想像できる10倍以上の重さがある。


「いきなり、何なんだ君は!?」

「私は暗殺者……凄腕の」

「いやそれ絶対嘘だよな!? このッ!」


『Eclipse Blade ......... Mix!!!』


 ユウトは籠手のスロットにメモリーを二つ差し込み、その力を融合させる。そして両手に黒白一対の双銃剣を召喚して迎え撃った。


 ガン……ッ、と鈍い音が木霊し、強い衝撃を受けた少女の手から大剣が離れる。そのまま白亜の床に突き刺さり、まるで大岩でも落ちたかのようなクレーターが生まれた。


「……驚いた。私と同じような力。ならこれはどう?」


 自称暗殺者は両手の指がそれぞれ上下に向くように掌を合わせると、再び炎が収束を始める。そして圧縮した炎を一気に解き放つように両手を広げ、新たな剣を構築した。それも無数に。刃渡り1mほどの直剣が彼女の頭上で整列する。


「セット、エレメントエンハンス・フレイム」


 少女の言葉が魔術となり、全ての刃に炎の加護が宿る。


神聖術カレイドライトか」

「えい」


 そして振り下ろされた腕に従い、文字通り炎の大雨がユウトに襲い掛かってきた。

 だがユウトは黒の銃剣に魔力を注ぎ、湧き出た黒いオーラを空に放つ。オーラを受けた炎の剣雨は崩壊し、完全に消失した。


「……ッ!?」


 これが遠見アリサの力を宿した『Eclipse』メモリーの能力。

 それが魔術や魔法によって生み出されたものならば、消滅の力を持つこの剣の前では等しく無力と化す。


「セット、トランス・リキッド」

「無駄だ!」


 すでにここはユウトの間合い。

 再び剣に魔術が宿るその前に、ユウトは黒銃剣でその剣を術ごと破壊した。


「……ッ」

「どういう事か、説明してもらうぞ?」


 尻もちをついた自称暗殺者に、武器を収めたユウトは本当の目的を問う。


「……」


 彼女は沈黙を続けた。しかしそんな時、どこからか拍手の音が聞こえてきた。



「シーレ、もういいわ」



 気付けばユウトの正面には悠然と立つ女性の姿があった。軍人あるいは警察……いや、この国では騎士と言うべきか。いずれにせよ、おそらく彼女はそのどれでもない。紺色の儀礼服を身に着けてはいるが、武器の類は一切装備していない。


「お疲れ様」

「姫様、こいつ強い」

「ええ、そうでなくては困ります。彼は魔道士ワーロックなのですから」


 自称暗殺者の少女と同じ雪原を思わせる銀色の髪と、宝石の如く透き通った翡翠の瞳。顔立ちもよく似ていた。

 また、昨夜の情景が――あの美女の面影が蘇る。それもそのはず。


「君は……昨日の」

「また会えましたね、吉野ユウト。これって運命かしら?」


 驚いているユウトを満足そうに眺めながら、あの時の美女は微笑んでいる。当然だが運命でも何でもない。全て彼女のシナリオ通りだということは、ユウトも薄々理解していた。

 そしてその正体についても。


「えーっと……説明していただけますか? ライラエル王女殿下」

「まあ♪ まあまあ♪」


 自分の正体を言い当てられて、彼女はとても喜んでいた。

 考えるまでもない。この王城にいて、従者に『姫様』と呼ばれる人物なんて一人しかいない。


「シーレに一芝居打ってもらったの。あなたを追って城内に入り込んだ不届き者として、ね」

「何だってそんなことを?」


 溜息をつくユウトに、ライラエルは悪戯っぽく見返してこう答えた。





「それはもちろん、わたくしとしてあなたが相応しいか否かをこの目で見極めるためです」


「……………………は?」





 天使のような屈託のない微笑みでとんでもない事を口にした少女を前に、ユウトはただただ絶句して見つめることしかできなかった。


 そんな時だ。

 轟々と鳴り響く爆音が城内を震撼させたのは。


「何だ!?」


 見れば北の方に巨大な火柱が立っていた。


「あら……シーレ、もうお芝居はいいのよ?」

「姫様違う。私じゃない」


 首をブンブンと横に振るシーレ。

 ぶれない二人の独特な空気につい流されそうになってしまうが、今はそんなことを言ってる場合ではない。あの爆発がシーレでないのなら――


 次の瞬間、


「北の牢屋から囚人が脱走したぞ!!」


 けたたましい怒号と警報の音が、一瞬にして城内を駆け抜けていく。

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