第46話 罪狩 -Purger-
・1・
ユウト達がタシーラクを出発するのとほぼ同時刻。
ヘルグスの運搬船が王国の専用搬入口に入るちょうどその手前で下船したカインは、断崖絶壁の氷河を慎重に移動して、目的のポイントまで辿り着いていた。
「確か……この辺だったか?」
分厚い氷河の壁を包帯を巻いた右腕でコンコンとノックしながら、カインは辺りを探る。
コンコン……コンコン……、カンッ。
音が変わった。
分厚い氷の壁ではなく、そこに確かな空間があることを証明する反響音だ。
カインは左手首に付けた腕輪――待機状態の2つの
ボゴッと氷が砕ける鈍い音がして、風穴を開けられた壁は崩壊していく。
「ビンゴ」
彼の予想通り、その先には明らかに人の手が加わった通路が伸びていた。
このバベルハイズという国は、『
そしてこの絶対結氷の内部――つまり王国の地下には、アリの巣のように張り巡らされたいくつかの隠し通路が存在する。
大昔は有事の際、王城から外へ出るための天然の抜け道だったという話だが、長い年月をかけて徐々に拡張され、今では王国のいたるところに繋がっている。カインが見つけたのはそのうちの一つだ。
もちろんこの地下通路は王国の厳重な管理下にある。場所が場所だけに警備の人間はいないが、少し進むとそこかしこに設置された索敵術式や機械仕掛けの魔導ゴーレムが常に目を光らせていた。
だが策は用意してある。
「よし、チビ猫の魔術で多少は誤魔化せそうだ」
真紀那から受け取った霊符を起動させ、カインはその効果を慎重に確認する。
隠れる場所はそう多くない。無策で突っ切れば、あっという間に監視の目に留まるだろう。
だが、自動駆動型の魔術相手なら付け入る隙はある。特に彼が今使っている
隠形魔術による認識阻害効果は、霊符とカイン自身が結びつくことによって発動する。よって周囲の元素に干渉することはない。派手に立ち回りさえしなければ、十分監視の隙を突くことができるはずだ。
「ボロが出る前にさっさと行くか」
カインは姿勢を低くして、慎重に奥へと進んでいく。
・2・
しばらくすると、およそ10m四方の開けた場所に出た。
(……妙だ)
道中たくさんあった監視魔術が、この空間には存在しない。巡回していた魔導ゴーレムの姿もない。
まるでこの空間だけあえて監視の目が届かない様にしているみたいだ。
(ここまでいくつかあった分かれ道は、分かりやすいくらい警戒レベルに差があった……誘導されたか?)
―――カツ
その時、足音が響く。
「……ッ!」
次の瞬間、背後から青い炎の塊がカインに襲い掛かった。
カインは自身の右腕――
「ハッ、そっちからお出ましとは、随分サービス精神旺盛だな!」
カインはすかさず神機シャムロックを展開。縦横無尽に駆け回る青い炎に魔力の弾丸を撃ち込んだ。
『……ッ』
一瞬、くぐもった声が呻く。
だが手応えはない。炎が防御壁となって内部の敵にまで届いていないのだ。
炎の塊はカインの正面に落下する。その衝撃で蒼炎が散り、中に隠れていた者の姿が露わとなった。
「お前……」
異形。その一言に尽きる。
眼帯を付けた
『……やはり、来タカ』
ノイズが混じったような耳障りな声で襲撃者は呟く。
カインは神機トリムルトに持ち替え、その切先を敵に向け構えた。
「誰だテメェ?」
『……俺の名ハ、
得物に違いはあるが、その構えはカインのそれと非常によく似ていた。
(ッ!? こいつ……いや、そんなはずは……)
一瞬、頭によぎった考えを彼は払拭する。
確証はない。なら今は邪魔だ。余計な推測は判断を鈍らせる。
『お前は、己ノ過ちを、罪ヲ、全て隠して逃ゲタ、卑怯者ダ』
「……」
『罪』、そして『卑怯者』。
それら言葉でカインは確信する。
(間違いない。あの手紙を寄越したのはコイツだ)
そしてこの死神の正体は、おそらくカインの過去を知る者。それも彼に相当な恨みを抱いている人物。でなければ今更になってわざわざこうして呼び出すような真似をするはずがない。
(まぁ問題は、思い当たる節がありすぎるってことだが)
だが正体なんてどうでもいい話だ。興味もない。ここで叩きのめせば全て済む話なのだから。
そう、思っていた。
『罪ハ、裁かれナけレバ、ならナイ。お前たちガ、見て見ぬフリを、するナラ……俺が、裁ク。もちろん、あの女も——』
ガギン……ッ!!
突如、金属同士が激しくぶつかり合う。
その衝撃は二人の足元の氷床に小さな亀裂を走らせるほどだった。
「……黙れ。
静かな怒りが言葉となってカインの口から零れ落ちる。無意識に、大剣を握る彼の左腕に必要以上の力が籠っていた。しかし、
『クク……こんな、もノカ?』
「……ッ!」
押し切れない。いやむしろ押し返されている。
相手の膂力がどんどん強くなっているのだ。なのに力んでいる素振りは全くない。まるで生身で重機を相手にしているような気分だった。
さらに
(……ッ、これは……)
その刹那、彼ははっきりとその目で見た。
敵の左腕に巻き付くあの黒い腕輪を。
(レイナの報告にあった、
これ以上は無理だと判断したカインは腕の力を緩め、重心を後ろにシフトする。そうすることであえて相手を懐に誘い込み、体勢を崩すためだ。
そして一瞬ふらついた敵の鉄仮面に、カインは渾身の蹴りを喰らわせた。
『ウグ……ッ』
狙い通り、
違和感。
あれだけの腕力、あれだけの殺気を持ちながら、まるで意思のない人形と戦っているような気持ち悪さを感じた。
「その腕輪、どうしてお前がそんなもん持ってやがる?」
『ホウ……この腕輪を、知っている、ノカ』
『だが、このチカラ、は……ただのキッカケに、すぎナイ。俺を、
突き刺し抉るような殺気が一気に膨れ上がった次の瞬間、鉄仮面が……その赤い瞳が、カインの視界を全て覆い尽くしていた。
「な……ッ!?」
一瞬で……いや、実際には瞬きすらしていない。なのに5~6mあった距離が僅か数cmまで一気に詰められた。
単純に速いとか、ましてや武術特有の体捌きでもない。それはまるで距離という概念を無視したかのようなでたらめな動き。もはや瞬間移動と言っても過言ではない。
『死ネ、カイン・ストラーダ』
本来なら絶対に許さない。完全に無防備な状態で敵が肉薄する。
そこから繰り出される不可避の刺突が、カインの胸を貫こうとしたその時――
「威光を示せ、テミス!!」
澄んだ声と共に、眩いほどの光のオーラが周囲を包み込んだ。
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