第45話 過去からの招待状 -The Past always looks at you-

・1・


 ――早朝。


「えぇッ! カイン君が!?」


 レイナの大声が宿に響き渡った。

 昨晩、真紀那から隠形の魔術を施した霊符を受け取ったカインは、皆に何も告げずに街を出ていったのだ。


「申し訳ありません。あまりにも鬼気迫っていた様子だったので……」


 真紀那は全員の前で頭を下げて謝罪する。その上で、少なくとも彼が伊達や酔狂であんな行動に出たとは思えないと説明した。


「……ユウト」

「ああ」


 ユウトと冬馬が互いに視線を交わす。何故か二人はこの状況にあまり驚いているようには見えなかった。


「隊長、何かご存じなんですか?」


 それにいち早く気付いたレイナがユウトに尋ねる。


「正直、カインの目的は俺たちにもわからない。だけど……」


 ユウトは一瞬躊躇ったが、冬馬が頷くのを見て続けた。


「今から俺たちが向かうバベルハイズ王国。あの国はカインの故郷なんだ」


・2・


 ――およそ3時間前。午前2時40分。


 タシーラクでスノーモービルを調達したカインは、3時間ほどかけて北にある小さな村に辿り着いていた。


「旦那! 準備できましたぜ」

「おう、悪いな」


 カインは代金を支払うと、男の船に飛び乗った。


「にしても、こうしてまた旦那と顔を合わせる日が来るなんて思ってもみなかったですよ」

「俺もだよ。ちゃんと真面目に働いてんのか?」

「失敬な。あっしはいつも通り、王国に荷物を届けるだけですよ。ま、今回はちょっとばかしが紛れ込んでるかもですが」

「おいコラ」

「す、すみません!!」


 カインを『旦那』と呼ぶ大柄な男の名はヘルグス。

 彼は元々この辺りの海域ではそれなりに名の知れた海賊だったが、カインに性根を叩き直ボコボコにされ、今では定期的に王国へ物資を運ぶ正規運搬船の船長として真っ当に働いている。

 訳あってカインは王国に表から入ることができない。そこで彼はヘルグスの協力を得ることにした。



 つまりそう、カインは今から王国に密航するつもりなのだ。



「でも旦那、今更ですがさすがに入国は無理ってもんですぜ。いくら積荷に紛れても、やっこさんの監視術式センサーに引っかかっちまう」

「んなことわかってるよ。途中まで運んでくれたら後はこっちで何とかする」


 カインのその言葉に、ヘルグスは頷くと船を出航させた。

 以降、二人の間に会話はない。ヘルグスに密航の理由を問われることもなかった。彼なりに気を使ってくれたのだろう。


「……」


 船上で時間を持て余したカインは、懐から1枚の紙切れを取り出した。

 ロンドンを離れる少し前、カインの元に送られてきたものだ。ご丁寧に古巣の人間だけが読める独自の暗号術式が用いられていた。

 そこに書かれていた内容こそ、まさに彼をここまでの行動に走らせた理由だ。

 その紙には、こう書かれていた。




------------------------------------------------------------------


I never forgive you私はお前を絶対に許さない.

Don't forget, coward忘れるな卑怯者.

I'm gonnaお前の罪を break all you hid全部暴いてやる.


------------------------------------------------------------------




 卑怯者。今更その烙印を否定する気はない。

 だが、その不名誉つみを背負ってまで守り通したものが壊されるのだけは許容できなかった。


「いいさ……」


 無意識に、包帯で包まれた異形の右腕に赤いオーラが湧き立つ。

 まるでカインの怒りに呼応するかのように。


「そっちがその気なら、今度は徹底的にブチのめしてやるだけだ」


・3・


 バベルハイズの使者と合流したユウトたちは、彼らが用意した王国専用のプライベートジェットに乗り、空路で目的地に向かっていた。


「カイン君の、故郷……」


 ふと、レイナが呟く。

 彼女は先程ユウトから聞かされた話を頭の中で整理していた。


 バベルハイズ。

 世界最古の魔導が生きる王国。


 当然、国の根幹とも言える独自の魔術は門外不出。

 その性質上、この国は長きにわたって外部との接点を一切持たない鎖国国家だったそうだ。


 しかしそのバベルハイズにとって大きな転機となったのが、5年前に起こった大規模な内乱だという。それは多くの死者を出し、国としての機能が損なわれるほど苛烈なものだったらしい。

 そんな王国の立て直しに名乗り出たのが、当時のエクスピア・コーポレーション。つまり宗像冬馬むなかたとうまの父だ。

 結果、彼はわずか数年で国力を完全以上に回復させ、現バベルハイズ王から絶大な信頼を得ることに成功した。

 今回の魔遺物レムナントの件も、その信頼があるからこそ実現したものだと言える。



 だが、ここでいくつかの疑問が浮かんでくる、とユウトたちは言っていた。



 まず、そもそも今のエクスピアを経営しているのは、王が多大な信頼を寄せる前社長ではなく、その息子だということ。しかも今回が事実上初の顔合わせとなる。

 いくら当人の息子だからと言って、一国を治める王が碌に知りもしない人間を無条件に信じるなんてことが果たしてあり得るだろうか?


 そしてもう一つ。

 それは魔遺物を自ら手放すという選択そのものだ。

 言わずもがな、その力はただの一つでこの世に存在するありとあらゆる兵器、そして軍隊を容易に凌駕する。

 抑止力としてこれほど完成されたものは他にない。その所有権を放棄するということは、むしろそうしなければならない理由があるのではないか?


 例えば、……とか。


 今まではあくまで推測の域を出なかったが、カインが動いたことでより現実味を増した。それがユウトと冬馬の見解だった。



「う~ん……」

「レイナさん?」


 気付けば一人で腕を組んで唸っていたレイナを、真紀那は不思議そうな顔で見ていた。


「あ、ごめんごめん。ちょっと隊長たちが言ってたことを考えてて」

「私には何がどう関係しているのか、よくわかりません…………でも、カインさんが心配です」


 離反を手助けしてしまったから、というだけではないのだろう。きっと。


「大丈夫……だと思う……たぶん。ううん、絶対大丈夫! ぶっきらぼうで、皮肉屋で、いっつも不真面目だけど、カイン君はここぞって時には頼りになるもん。知ってるでしょ?」

「はい」


 レイナの言葉に、コクンと真紀那は頷く。

 しかし、それでも心のどこかで不安を拭いきれないのはレイナも同じだった。


 結局どこまで行っても、彼が一人で行ってしまった――仲間を頼らなかったという事実が、彼女達に事態の重さを無情に突き付けるのだから。

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