第44話 出会いはドラマチックに -Meets on a white night-
・1・
明日に向けた集会が終わってもなお突き刺さる女性陣の冷たい視線。耐えかねたユウトは一人、温かい缶コーヒーを片手に逃げるように宿を出た。
「はぁ……」
溜息がさっきより白く色付く。
もう20時を回る頃合いだ。気温がさらに下がり始めたのだろう。
「こんな場所もあるんだな」
ユウトはしみじみと空を見上げた。
空の太陽は未だ沈まず、本来なら真夜中だというのに港街を照らしていた。夜を彩る青と太陽のオレンジが混ざり合い、幻想的な風景を作り上げている。
いわゆる白夜というやつだ。ここ北極圏グリーンランドだからこそ見ることのできる神秘的な景色。日本ではまずお目にかかれない。
「フフ、ミッドナイトサンを見るのは初めて?」
「ああ……って、うわ!?」
急に隣に現れた女性に話しかけられ、ユウトは思わず変な声を上げて缶コーヒーを落としてしまった。
「え、え……?」
「むぅ……」
どうやらユウトの反応が気に入らなかったらしい。彼女はムスッとした顔で彼を見ていた。
「レディに対してその返しは不合格です。そこは優しく『君と一緒にこの景色を見られてよかったよ』、でしょう? やり直し」
「ええっと、君は……」
たっぷり着込んだ防寒着に毛皮製のロシア帽。
エメラルドのような瞳と、白磁のような白い肌。加えてその端整な顔立ちからは、優雅さと自信に裏付けられた意志の強さを感じる。この場において、それらは彼女という存在を極限まで際立たせていた。それこそ一瞬、本当に女神と見間違えてしまいそうなほどに。
そんな絶世の美女は、ユウトの顔を見据えながら小首を傾げていた。
「あら? 私の日本語、何かおかしいのかしら?」
「え、いや……ちゃんと、伝わってる」
「まぁ! 良かった。頑張って勉強した甲斐がありました」
美女は両手を合わせて喜ぶと、腰をかがめて先ほどユウトが落とした缶コーヒーを拾い上げた。
「はい、これ」
「どうも……」
差し出されたそれを、ユウトは呆気に取られながらも受け取る。すると視界に毅然とした翡翠の瞳が急に入り込み、ものの数センチの距離で美女と目が合った。
「……」
「……え、……と……」
――動けない。
美女に見つめられてただ緊張しているのか、それとも蛇に睨まれたような恐怖による硬直か。
「フフ」
どちらにせよ、その魔性の瞳からユウトは目が離せなくなっていた。
事情を知らない人間が今のユウト達を見たらどう思うだろうか?
恋人同士。互いの唇が触れ合う数秒前といったところか。
(いやいや! おかしいだろ俺! だいたい――)
「……ユウトさん」
「ッ!?」
突然背後から聞こえた自分を呼ぶ声に、ユウトの意識は現実に引き戻される。
振り向くと、そこには
「み、御影!?」
「……何をそんなに狼狽えているのですか?」
彼女はユウトの妙な態度に不審な目を向けていた。
「えーっと……こんなところで、何を?」
「……その問いをそっくりそのままお返しします」
御影は呆れた声で聞き返す。彼女の理由は明白だ。十中八九宿を出たユウトを探しに来たのだろう。
「いや、せっかくのグリーンランドだから今のうちに観光を……」
「……誰かと会話をしていたように見えましたが?」
鋭い。
寒い中にも関わらず、ユウトの額に一筋の汗が流れる。
「……まさかとは思いますが、また妙なフラグを建てたのでは――」
「ち、違う! 彼女は!!」
慌てて振り返ったユウトの言葉がそこで途切れた。
「……誰もいませんが?」
「そう……だな」
事実、先ほどまで確かにここにいたあの女性は、今は影も形もない。
(気のせい……いや、さすがにそれは……)
確かに言葉を交わした。確かに目が合った。
もしそれらが妄想だというのなら、今までユウトは立ったままここで夢を見ていたということになる。それこそ馬鹿げた話だ。
「……戻りますよ。明日は早いですし」
「あ、ああ。ごめん。その……なんか、心配かけたな」
「……いえ」
御影はクルッと背を向け、そして小さく微笑む。
ユウトはそんな彼女の表情に気付くことなく、一緒に帰路に就くのだった。
・2・
宿へ戻っていくユウトと御影。
二人を遠くから見つめる影が二つ。
「あれが吉野ユウト……この世界にただ一人の蒼眼の
緊張感のない、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような声がそう囁いた。
声の主は分厚いロシア帽を取り、その下に隠されたもはやそれだけで芸術と呼べるほどの美しい白銀の髪をなびかせる。
「姫様、早く帰ろう。完全に時間外労働。正直、とても迷惑」
「フフ、ごめんなさいシーレ。でも彼との運命的な出会いを演出するには、今日この時間がベストだったのよ。あぁ……お城で彼が私を見たときどんな反応をするか、今から楽しみだわ」
謎の美女、もといバベルハイズ王国第一王女――ライラエル・クリシュラ・バベルハイズは悪戯っぽい笑みを浮かべて、護衛の少女に謝罪した。
「運命より今日の
「そういえば明日の晩餐会用に、王宮のシェフにとっておきのケーキを頼んでいたのだけれど」
「わかった。私に少し横流しする方向で手を打つ」
気だるそうにしていたシーレがピンッと背を正し、目を輝かせて即答した。
「フフ、シーレのそういうチョロい所、私大好きよ」
王女は小さく微笑むと、シーレが帰りの準備を完了させるまでの間、目の前に広がる壮大なフィヨルドの景色を楽しむことにした。
・3・
コンコン、と扉がノックされる。
「はい」
自室で待機していた
「カインさん、どうかされましたか?」
「あ、ああ……その、あいつは?」
「レイナさんはまだ社長の部屋で打ち合わせ中です」
「……そうか」
「?」
カインの様子がおかしい。確証はないが、何となく真紀那はそう感じた。
いつもの彼なら、もっと皮肉の一つでも織り交ぜて然るべきなのに。
「……」
「……」
そのせいか、お互い次の言葉をどう切り出していいか掴めず、二人の間で沈黙が流れる。
しばらくして、最初に口を開いたのはカインだった。
「……頼みがある」
「は、はい」
急に会話が再開してびっくりしたのか、真紀那の猫耳がピンッと上に張る。
「……え?」
しかし、ここでさらなる疑問。
頼み? あのカインが? 自分に?
それだけでも驚きだが、さらにカインは彼女に頭を下げ、いつにも増して真剣な表情でこう言った。
「この前の模擬戦で
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