第43話 フィヨルドの港町 -The Entrance of Babelhize-

・1・


 ――数日後。


 ユウト達はロンドン・ヒースロー空港からアイスランドに飛び、そこから船に乗り換えてグリーンランド沿岸部のタシーラクという港町に到着した。


「……イン……く……」

「……」

「カインくん!」

「ッ!? ……あ?」


 珍しくボーっとしていたカインは、目の前でしかめっ面をしたレイナの存在にようやく気が付いた。


「もー! やっとこっち見た。港、着いたよ」

「ああ……」


 すでにユウトと真紀那は下船している。船に残っていたのはカインと、彼を呼びに戻ったレイナだけだった。


「なんか新鮮」


 ふと、船と港を繋ぐ橋を渡る途中に、レイナがそんなことを口にした。


「何が?」

「カインくんが呆けてるの。いつもこんな感じで尖ってるから」


 レイナは自分の指で両目を吊り上げ、いかついその表情をカインに見せる。


「……変顔か?」

「な……ッ……ち、違うし! もう知らない!」


 顔を真っ赤にしたレイナは、プイッと明後日の方向を向いて頬を膨らませてしまった。


・2・


「よぉ、ご苦労さん」


 本日一泊予定の宿に入ると、そこにはユウトの親友にしてエクスピア・コーポレーション現社長――宗像冬馬むなかたとうまと護衛のイスカ。加えて鳶谷御影とびやみかげ飛角ひかくの4人が、外を一望できるカフェテラスで待っていた。


「うぅ……さっぶ……これは堪える……」


 椅子に座った飛角は両手で折り畳んだ長い両足を抱え込み、丸くなって震えていた。


「……部屋で待ってていいと言ったのに」

「お前らだけで楽しくやってたら、私が寂しいヤツみたいになっちゃうだろ? 美少女的にそれは良くない」


 御影は心底呆れたような顔で携帯端末を開く。どうやらこの後の天気を確認しているようだ。


「……今晩は零度を下回るそうですよ」

「………………マジ?」


 いつもはトラブル上等――むしろそれを楽しむ悪戯大好きな彼女が、こんなに大人しくなるのは珍しい。ユウトはそう思った。

 確かに風がない今の気候でも、動きを止めればそれなりに寒い。周りを見てみると、外のカフェテラスを利用している客はそこそこいるが、おそらく彼らはこの寒さに適応した現地の人間だ。


「飛角、大丈夫? 待ってて。温かいもの貰ってくる。トーマ、いい?」


 小さく頷く冬馬を見て、イスカは飲み物を注文しに宿内へ戻って行った。


***


「わーッ、綺麗!!」

「レイナさん、走ったら危ないです」


 赤頭巾を被った真紀那が、彼女の後に続く。

 鵺の変身能力を使えば、猫耳や尻尾は隠すことができる。しかし、彼女は周囲の音がよく聞こえるという理由で、以前と同じ姿でいることを好んでいた。そのため、人前に出る際はこの赤頭巾を付けることにしている。ちなみに尻尾はスカートの中に器用に丸めているらしい。


「マキにゃんもこっちおいで。すごいよ!」

「……ッ」


 レイナに誘われ、隣に立った真紀那もまた、大自然が生んだこの奇蹟の光景にすぐさま目を奪われた。


 一面に広がる真っ白な雪。それだけではない。

 遠方には氷河が形成したフィヨルド。その奥にそびえ立つ高い雪山。

 対して手前の家々は赤、緑、青、そして黄色。色とりどりの壁で、この絶景に素晴らしいアクセントを付けている。

 なにより御巫の里から出たことのない彼女にとっては、見るもの全てが初めての経験だ。


「マキにゃん、寒くない?」

「大丈夫です。私の中の鵺が体温を調節してくれてるみたいなので」


 レイナはへーっと感心しつつ、手袋を外した両手で真紀那の頬に触れる。


「あ、ほんとだ。暖かい」

「レイナさん……手が冷たいです」


 彼女にプニプニと頬を弄ばれる真紀那。この光景もだいぶ見慣れてきた。


「微笑ましいねぇ」

「あぁ、そうだな」


 その光景を眺めていた冬馬の横でユウトが頷いた。


・3・


 所変わって、ユウトとカインに割り当てられた宿部屋。

 冬馬はそこに今回任務に携わるメンバー全員を招集していた。


「さて、一応これからの流れをおさらいしておこうか」

「レイナ、頼む」

「は、はい!」


 ユウトに説明を任されたレイナは胸に手を当て、一度深呼吸をしてから緊張気味に口を開いた。


「まず、明朝6時に町外れに到着予定のバベルハイズの使者と合流します」


 彼女は空中に投影された周辺地図でその座標を指し示す。合流ポイントはここから北へおよそ数十メートルといったところだ。


「そこで彼らが用意した移動手段を使って、王国に入国。必要な検査を受けてから、全員王城まで護送してもらう手筈になっています」

「随分手厚い歓迎だな?」

「あー、元々バベルハイズはエクスピアうちのお得意様でな。5年前の内乱終息後から親父が都市再開発に協力してたんだ」


 訝しんでいたカインに冬馬が言葉を足した。

 冬馬の父――宗像一心むなかたいっしんは、3年前の海上都市で起きた伊弉冉いざなみ事変の首謀者だ。

 言うまでもなく経営者としては超一流。人心を巧みに操る彼のやり方に、ユウト達は何度も窮地に立たされた。そんな彼自らが直々に取り仕切った超巨大プロジェクト。何かあると考えるのは当然と言えるだろう。

 だが実質的に今回の件とは無関係。宗像一心の悪事を知る者は現段階では限られている。だから冬馬はこの場でこれ以上の情報を伝える事はしなかった。


基本ベースモデルはイースト・フロートと同じだから、どことなく懐かしさを感じるやつもいるかもな」

「……Yes。加えてこの国はという一面も持っています。上澄みとはいえ『海上都市イースト・フロートのオーバーテクノロジー』と『独自の魔術体系』。この2つを併せ持つ国は世界でもここだけです」


 御影がそう付け加えた。

 そしてふと、彼女は自分に注がれているユウトの視線に気付く。


「……何か?」

「いや……、なんだか楽しそうだなって」

「……」


 表情こそいつも通りクールな彼女だが、今のは少し興奮気味だったようにユウトは感じた。きっと科学者としての性質さが――『未知』に触れようとする探究心が刺激されるのだろう。


「えっと……話を戻しますね」


 レイナはコホンと咳払いをすると、残りのスケジュールに目を通した。


「王城に到着した後、私たちは夕方の晩餐会まで自由時間。私とマキにゃん、あとカインくんは周辺把握とパトロールを兼ねて城下町に出るつもりです。社長と隊長はバベルハイズ王との謁見予定が入っています」

「え? 俺も?」


 事前に確認した時にはなかった予定に、思わずユウトは驚く。

 冬馬はそんな彼の予想通りの反応に、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「悪いな。先に教えたら断りそうだったから伏せてた。お前は良くも悪くも目立つからなぁ」

「……冬馬」

「ちなみにお前さんを指名したのは、この国の第一王女だぞ?」



 ――第一王女。

 その単語ワードに、イスカを除いた女性陣の空気が一気に凍りついた。



「…………(ギロリ)」

「ほほー」

「……むッ」


 

 そんな無言の糾弾がユウトの胸に次々と突き刺さる。


「え、いやいや! 待ってくれ! 俺は知らなかったんだ! 第一、王女に会ったことも――」

「……(じー)」


 あの真紀那でさえ、無感情の眼差しをこちらに向けていた。


(あ……これダメなやつだ……)


 孤立無援。

 己の立場を悟ったユウトは、ガクンと肩を落とすのだった。

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