第42話 魔遺物 -Remnant-

・1・


魔遺物レムナントは、アベルの敗北の証だ」


 しばらく沈黙を続けていた伊弉諾いざなぎがようやく口を開いた。


「敗北の証?」


 いまいち要領を得ないといった表情の刹那。しかし夜白は違った。


「……なるほど、そういうことか。つまり魔遺物レムナントは――」

「おい博士、一人で納得してんじゃねぇよ」


 ブツブツと呪文のような言葉を口ずさむ彼女に、カインが釘を刺す。


「あ、ああ。ごめんごめん。そうだな……魔遺物の説明する前に、まずは魔具の方からおさらいしようか」


 夜白は手元の機器でモニターを切り替えた。


「さっきも話した通り、魔具とはアベルが神から奪い取った力を人間が扱えるように転生リビルドさせたものだ。だからそれぞれ神の名を冠している。一部の例外を除いてね」


 魔具の種類は大きく分けて4つ。

 その過半数を占めるのは、レイナが扱うスレイプニールのような『装備型』。

 次に出生と同時に宿主の体に同化する『寄生型』。

 さらに数は少ないが、使用者がいなくても単独行動が可能な『独立型』というものも存在する。


 そして最後の一つ。それは神の名を持たない未知数イレギュラー

 海上都市で共に戦ったレオンの相棒。ハンナという少女の姿をした鎧の魔具ハンニバルや、先ほど真紀那が模擬戦で使った輝夜かぐやがそれに当たる。

 これらは2つ以上の神格を掛け合わせて生まれた『神融型じんゆうがた』と呼んでいる。残念ながらこのタイプの魔具に関しては、現在これ以上の事は分かっていない。


「いずれにしても、魔具の存在はそのまま彼の勝利を意味しているわけだ」

「なら魔遺物レムナントは……」


 ユウトも同じ結論に至ったようだ。それを見た伊弉諾は小さく頷く。


「余と伊弉冉いざなみ含めた12柱の神は永き戦いの末、奴と痛み分けた。その時奪われたほんの僅かな神格で作られた魔具を魔遺物レムナントと呼ぶ」


 他の魔具と違い、魔遺物には完全な権能が宿っていない。

 故に神の残滓レムナント

 だがそれは、決して他に劣っているという意味ではない。むしろその逆。

 たった数%――1割にも満たない力であっても、魔遺物はの性能を遥かに凌駕する。それどころか永い時を経てその力は変質し、独自の進化を遂げたという。まるで失った力を取り戻そうとするように。


 破壊と再生を司る伊弉諾いざなぎ

 現実と幻の境を失くす伊弉冉いざなみ

 未だ未知数だが別次元の覇気を持つ須佐之男スサノオ

 そして万物を等しく灰燼に帰すインドラ。


 今までユウトたちが目にしてきた埒外な性能を思えば、疑う余地はない。


「もっとも、一部とはいえ力を失った神はもはや神ではない。後に完全性を失い自我を喪失した獣へ堕ちた者もいれば、時の流れと共に静かに朽ちた者もいる。余も例外ではない。当の昔に引き離された肉体は滅び、こうして思念だけがこの刀に残った」


 神とは完全なるもの。完全であらねばならないもの。

 僅かでも綻びができれば、その黄金比はたちまち瓦解する砂城の楼閣。


「ねぇ、どうしてそのアベルって人は神殺しなんてしてたの? 普通に考えれば良い事には思えないけど」


 燕儀の疑問はもっともだ。

 そもそも神というものを見たことがない現代の人間では、それが善行なのかそうでないのか判断することさえ不可能だろう。

 しかし、伊弉諾の口からもはっきりとした答えは出なかった。


「詳しいことは知らん。一つ確かなのは、奴は人の時代の到来を望んでいたということだ。神は創造と調停を担い、ありとあらゆる恵みを世界にもたらす。余が命溢れる大地を耕したようにな」

「日本神話における国土創世譚……いわゆる『国産み』だね」


 得意げに胸を張る伊弉諾の横で、夜白が解説を入れた。


「だがそこに人間の都合など関係ない。例え余の一手が多くの命を奪おうとも、些末なことと切り捨てる。故に余は人間にとって崇め奉る存在であり、同時に絶対的な脅威でもあった。それは他の神も同じはずだ」


 良くも悪くも、神は人を弄ぶ。

 そもそも彼らに善悪の概念などない。彼らがもたらすものは常に等しく世界に対しての『恩恵』。『厄災』へと在り方を変えるのは、いつだって受け取り手の見方次第なのだ。


(人の時代の到来……)


 ユウトは頭の中でその言葉を反芻する。


(アベルは神を討ち滅ぼしてまでいったい何を……)


・2・


「まぁ彼の真意を全て理解するのは現状不可能だ。あまりにも情報ピースが足りないからね。それより問題は――」


 話を仕切り直した夜白は、改めて本題に立ち戻る。

 そして彼女は最も重要なある事実を口にした。




「問題はこの魔遺物レムナント事なんだ」




 それを聞いた一同は、まるで背筋に電気が走ったかのようなざわつきを覚えた。


「本当なのか?」

「ほぼ100%間違いないよ。現に僕たちが魔人と邂逅したのとほぼ同時期に、御巫の里でも異変が起こったよね?」

「……」


 異変。

 石動曹叡を操り、里を裏で引っ掻き回した神凪明羅かんなぎあきらという少女をユウトは思い出していた。


 神凪――今この場にいる夜白と同じ姓。


 当然、ユウトはロンドンに戻ってすぐに、冬馬と共に明羅の事を夜白に尋ねてみた。しかし、彼女から明確な回答を得ることはできなかった。そして神凪明羅本人も、ユウトの目の前で暴走したぬえに喰われて命を落としている。


(シャルバも里に来ていた。偶然か? いや、魔人と神凪には何か接点があるのかもしれない)


 もしそうだとすると――




「実は彼らの次の標的ターゲットはもうわかってるんだ。今回ユウト君の部隊には、その魔遺物レムナントを引き取ってもらいたい」


 夜白の言葉でユウトはハッと我に返る。


「引き取る……ですか?」


 すでに任務内容に目を通したユウトは疑問に思わなかったが、真紀那は夜白の言葉に引っかかりを覚えたようだ。


「うん、そうだよ。今回の任務を依頼したのは、他でもないくだんの所有者だからね」


 夜白は任務の内容を説明するため、モニターをマップに切り替える。

 そこにはこれからユウトたちが向かうべき場所が示されていた。


 北極海と北大西洋の間に位置する世界最大の島。

 その中心に位置する永久凍土に閉ざされた王国。

 


 バベルハイズ、と。

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