第40話 連携指南 -The way to Victory-

・1・


「じゃ、早速始めようか」


 右手に持った深紅のブレードをクルクルと器用に回しながら、橘燕儀たちばなえんぎはそう言った。



 神機ライズギア・TYPEロングブレード――零式ぜろしき村正むらまさ



 元々はカインの持つ神機トリムルトを量産に適した仕様にグレードダウンしたものだが、燕儀の村正は彼女専用に調整が施された特注品。故に『零式』の名を冠している。


「私から行きます!」

「あーいやいや、連携なんだから3人まとめて掛かっておいで?」


 レイナの言葉に燕儀は首を横に振る。そしてさらにこう付け加えた。


「3人で協力して、私に一撃でも当てれたらそっちの勝ちでいいよん♪」

「随分舐めてくれるじゃねぇか。後で泣きを見ても知らねぇぞ?」


 喰いつくカインだが、彼女の言葉に宿る確固たる自信が、決して偽りではない事を彼は本能で感じ取っていた。正直、相手の手の内が分からない間は、明確な勝ち筋が見えない。


「じゃあ、始めるぞ?」


 ユウトの言葉に、4人は揃って頷く。

 彼は右手を天に掲げ、一拍置いて一気に振り下ろした。


「始め!」










「はい、まず1キルね♪」

「「「ッ!?」」」


 直後、カインたちの体が凍り付いた。

 当然だ。背後から聞こえるはずのない声が突然聞こえてきたのだから。


「……え? えっ!?」


 レイナは前と後ろを交互に見る。

 目の前の燕儀は。だが背後にも彼女は立っていて、レイナの肩をポンポンとブレードが撫でていた。


「あっちの私は魔術で作った幻覚。隠形おんぎょうなんて初歩中の初歩だよ?」

「ッ!」


 カインは瞬時にシャムロックに持ち替え、眼前の虚像を撃ち抜く。するとその姿は霧のようにあとかたもなく消えていった。

 彼女の言葉通り、どうやらあっちは始めから幻だったらしい。少なくとも試合開始前から。


「……いつからだ?」

「フフン、君たちがここに来てからずっと♪」


 3人が本物の燕儀に向き直るタイミングを見計らって、彼女は大きく後ろに跳んで距離を取った。しかもつかず離れず、得物の間合いギリギリ届かない位置をしっかりとキープしている。


「初手から反則とは随分だな?」

「反則? いやいや君たち、御巫で何も学ばなかったの? もし私が敵だったら、今のでレイナちゃんの首は飛んでたよ? それでもそんな言い訳が言えるかな?」

「……チッ」


 どうやら戦いは、カイン達がこの場所に足を踏み入れた瞬間からすでに始まっていたということらしい。

 幻術を見抜けなかった時点で、彼らの敗北は決定していたのだ。


「さ、じゃあ第2ラウンドいくよ!」


 強く地を蹴り、燕儀は再びカインたちに襲い掛かった。


・2・


 模擬戦開始から5分が経過した。


 意外にも3人の連携に問題はない。むしろ初めてにしては上出来とさえ言える。

 レイナ、カイン、そして真紀那。各々互いに邪魔することなく、常に次へ繋がる者を意識した動きが個人の技量を底上げしていた。


 にもかかわらず、未だ3人は燕儀に攻撃を当てるどころか、触れる事さえ叶わない。


「はあああああッ!!」


 レイナが上空を旋回し、スレイプニールによる真空刃の雨を降らした。燕儀は軽やかなステップで後退しながらそれを躱す。しかもカインの銃口をしっかり確認した上での回避は、彼に的を絞らせることを絶対に許さない。

 だが、レイナたちの本命もまた別にある。

 風刃によって地面が切り刻まれ、衝撃で舞い上がる砂煙が燕儀の視界を奪うこの瞬間を待っていた。


「二人とも今だよ!」


 次の瞬間、燕儀の両サイドの砂煙を突き抜け、カインと真紀那の刃が同時に彼女に襲い掛かった。


「おっと」


 ガギンッ!!


「な……ッ!?」

 またしても。

 燕儀は村正でカインの剣を防ぎつつ、真紀那の刀は右足――シューズ先端の隠し刃で受け流した。

 死角からのダブルアタック。彼女はそれをまるで曲芸じみた動きで、完全に防いでみせたのだ。


輝夜かぐや!」


 すかさず真紀那が魔具の名を叫んだ。するとその刀身が光輝き、魔力の斬撃は消えることなくそのまま形を維持し続け、まるで意思を持ったかのように不規則な軌道を描いて燕儀を追跡する。

 しかし彼女は跳躍し、そのまま砂煙の中へと消える。それによって対象を失った光撃は霧散してしまった。皮肉にも彼女の視界を奪うための手段が、逆に利用されてしまったのだ。


「チビ猫、あいつの位置分かるか?」

「いえ……匂いも気配もありません。あとチビじゃないです」


 相討ちを防ぐため、カインと真紀那は互いに背を向けて固まる。これで背後を取られることはまずないだろう。だが、何の解決にもならない。


「クソ……ッ、レイナ! 砂煙こいつを吹き飛ばせ!!」

「わ、わかった!」


 言われるがまま、レイナは上空でスレイプニールの脚翼を展開。右足を回し蹴りの要領でフルスイングし、豪風を生み出す。風圧という圧倒的な暴力は、アリーナ全域の風塵を一瞬のうちに消し去った。

 しかしそれでも、誰の視界にも燕儀は映らない。


「……いない」

「ねぇ、一生懸命誰を探してるの?」

「ッ!!」


 レイナが振り返ったその瞬間、いつの間にか背後を取った燕儀の回し蹴りが彼女の側頭部に入った。


「が……ッ」


 視界が明滅し、上下の感覚が破壊される。


「レイナさん!!」


 真紀那はすぐさま輝夜の柄頭に取り付けられた鎖を投擲した。その鎖は本来の質量を無視してグングン伸びていく。そして上空で浮力を失ったレイナの胴に巻き付いて、彼女を落下の衝撃から守った。


「おー、いいヘルプだね。でも戦略が甘いかな。戦場で常に上を取れるレイナちゃんは、正直私から見ても相当厄介だよ。だからこそ私が一番最初に潰そうとするくらいは読んでなきゃ」


『Messiah ... Loading』


 カインは燕儀の着地を狙って極熱の弾丸を放つが、驚くことに村正の刃がいとも簡単にそれを弾いた。


「……風?」


 彼女の深紅の刃が歪んで見える。

 幾重にも重なる空気の層が屈折率を変えているのだ。風の加護を受けたそのブレードは、メサイアの熱を物ともしないほどに強化されていた。

 だがそれほどまでの力、ここまで彼女は一度も見せていない。


「あともう一つアドバイス。魔具アストラは確かに規格外の力だけど、君たち自身の力じゃない」

「ッ……チビ猫!! レイナを連れて後ろに回れ!!」


 言葉の意味を察したカインは真紀那にそう叫ぶと、右腕の包帯を強引に解き、異形の右腕――神喰デウス・イーターを露わにする。

 そして、赤く輝く光の巨腕を燕儀に向かって伸ばした。だが間に合わない。


「だからもちゃんと想定しないとね!!」




『Rising charge!! Sleipnir ... Burning Blaze!!』




 蹴りを入れ、意識を奪ったほんの一瞬。その僅かな時間で燕儀はレイナの魔具を奪って、カインと同じように神機ライズギアにロストメモリーとして装填していたのだ。


 つまり今、彼女の剣には奪ったスレイプニールの力が宿っている。


 燕儀が柄に取り付けられたトリガーを引くと、村正の深紅の刃がまるでチェーンソーのようにギリギリと音を立て、火花を撒き散らす。

 それが超高密度の空気に引火。眩い光と共に振り下ろされた刃は、さながら火炎旋風のように渦を巻き荒れ狂い、轟音を立て、カイン達の五感をあっさり飲み込んでいく。


・3・


「そこまで!」


 勝負がついたと判断したユウトは、訓練の終了を宣言する。


「ありゃま……ちょっとやりすぎたかな?」

「いや、そんなことないよ」


 ユウトがカインたちの方に目配せする。

 爆発の煙が立ち込め、彼らの姿はまだ見えない。だがそれもしばらくすると薄れ、徐々に人影が見え始めた。

 最初に顔を出したのは真紀那だった。


「……ハァ……ハァ……ッ」


 消耗こそ激しいが、燕儀の強撃を受けたにしては外傷が少ない。咄嗟に輝夜を地面に刺し、自身とレイナを守るように今なお展開中の光の結界のおかげだろう。

 そしてもう一人。



「……ッ、へぇ……」



 燕儀の喉元には、漆黒の鎌刃が静かに突きつけられていた。

 半身を覆う髑髏どくろのような骨格外装。石動曹叡いするぎそうえいとの戦いで見せた、伊弉冉いざなみの半魔装だ。

 いつの間にか、彼女の背後にカインが回り込んでいた。


「てっきりその手は使わないかと思ってたよ」

「……ッ……だろうな。俺でもそう考える」


 伊弉冉の力は確かに絶大だ。

 だがそれ故にカイン自身、その底がまだ見えていない。

 気を抜けば魔人タウルとの戦いの時のように、制御不能に陥る爆弾にもなる。今もそのリスクは消えていない。


 しかしだからと言って、彼は今までこの問題に向き合わず放置してきたわけではない。


 御巫の里を発つ前夜、カインは御巫久遠に呼び出され、そこで伊弉冉の話を聞いていた。刀にまつわる伝承。そしてその権能に至るまで。

 彼女から聞いた伊弉冉の権能ちからは大きく分けて2つ。



 幻を現実に誘い、現実を虚無へと引きずり込む『反転』。

 相手の精神を侵し、欺く『侵食』。



 特に前者の権能は、無から有を生み出す埒外な性能故に魔力の消費が著しい。曹叡との戦いに決着をつけた後、急激な疲労に見舞われたのはこのためだ。

 だからまず最初に、カインは『侵食』の権能をベースにした魔装の運用を試みることにした。それが今の状態だ。


「けどな……舐められっぱなしは趣味じゃねぇんだよ」

「アハハ、お見事」


 燕儀は右手に持った村正を地面に落とすと、両手を上げて降参した。

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