断章 -裏側のさらに裏側-

 同時刻、御巫の里北東部。結界外側付近——



「……クク……ククク……ッ、ヒャッハハハハハッ!!」



 嗤い声。

 それは嘲るように。それは憐れむように。愉快に踊る。

 白き月光は、闇よりその姿を現すフードの男を照らし出した。


「あー最ッ高! こうもシナリオ通りにいくもんかねぇ!? ちょっと見ない間に平和ボケで頭沸いちゃってんじゃないの? 御巫さんよォ!」


 を、灰色の男――夜式やじきカグラ――否、今は魔人ドルジと名乗る男は嘲笑う。


「お兄さん楽しそうだねぇ♪ 混ぜて混ぜて?」


 さらに気付けばもう一人。

 半身に刺青を持つ赤髪の少女が、彼の視界の端に立っていた。

「チャオ♪」

「よー、明羅ちゃーん。ご苦労さん。俺様ってば君の仕事ぶりに思わず満点をあげちゃいたい気分だわ!」

「アハハッ! どもども~♡」


 暴走したぬえに喰われて無惨な死を遂げたはずの少女――神凪明羅かんなぎあきらがそこにはいた。


「まぁ明羅的には一回殺されちゃったし、試作品フォールギアも負けちゃうしでちょっちブルー入ってるんだけどねー」

「遠目に眺めてたけど、明羅ちゃん、あの化け物ぬえに喰われてたよな? それがどうしてピンピンしてるんだ?」

「クヒヒ……それは企業ヒ・ミ・ツ♡ ま、明羅はとっくの昔に人間やめてるからねー。殺されたくらいじゃ死なないのさ♪」


 そう言って彼女は笑みを浮かべながら、人差し指を立てて唇に当てる。


「あ、そだ。ほいさッ、ご注文の品」


 思い出したように両手を合わせた明羅は、ポケットから装飾が施された小さな木箱を取り出すと、それをドルジに向かって投げ渡す。


「よっと……確かに。いやーほんと助かった。俺様あの里には少なからず因縁があってよぉ、今はあんなだが勘だけは鋭い連中だ……ぶっちゃけあんま近寄りたくなかったんだわ。そこにあの嫌がらせときた……クククッ……ハァーッ! スカッとしたぜ!」

依頼人クライアントの望みを完璧以上に遂行するのが明羅たち天上の叡智グリゴリのモットー。この度はご利用いただき誠にありがとうございました♪」


 明羅は真の依頼人に向かって、優雅にお辞儀をしてみせた。


「ちなみにそれ、中身は何なの?」

「ん? あーこれね。ホラ」


 ドルジは結んでいた紐を無造作に解き捨て、木箱を開ける。そして彼女に中身を見せた。

 中に入っていたのは白い石のようなもの。

 それは――


「骨?」

「正確には喉仏だ。初代ワーロック、アベル・クルトハル。その眷属が一人……御巫零火みかなぎれいかのな」


 ドルジは不気味な笑みを浮かべながら、木箱を閉じてポケットにしまう。

「さぁーて、欲しかった物も手に入ったことだし、さっさと――」




「……てめぇ……ら……ッ」




 その時――

 闇の中から這いずるような、苦しげな声が漏れた。

「あ?」

 最高に愉快な気分に水を差されたドルジは一転、心底不機嫌そうに振り返る。だが声の正体を知るや否や、再びその口元を歪ませた。


「あれ? あれあれあれ? 誰かと思えば伊弉諾いざなぎがありながら無様にボロ負けした石動くんの曹叡ちゃんジャーン! どったの?」


 そこにはズタボロで地面を這いつくばる石動曹叡いするぎそうえいの姿があった。


「あ、ごめーん。コレ、明羅が連れてきたんだ」

「?」


 彼女の意図を掴めず、首を傾げるドルジ。

 明羅は曹叡に近づくと、しゃがみ込んでニンマリと笑った。


「……神凪明羅……どうして、俺を助けた?」


 曹叡は自分が明羅の実験に利用されていることを知っていた。それを承知の上で彼女に力を求めたのだ。

 だが彼女が提供した疑似神格を失い、戦いにも敗れてしまった今、契約はすでに破綻している。もう明羅が曹叡を助ける理由はどこにもない……はずだ。


「ん? だって明羅、あの時言ったじゃん? 使なーって♪」

「……ッ」









 次の瞬間、グシャリと何かが潰れるような音がした。









「ぐああああああああああああああああっ!!」

 音の正体。それはまさに肉が潰れた音。

 曹叡の右足が、明羅の背中から生えた赤黒い『何か』に押し潰されたのだ。

 それはまるで翼竜の翼のようで、しかし牙を持ち、肉を喰らう獣でもある。彼女の体内なかに潜む、得体の知れないもの……その一端。


「アアアッ、俺の……ッ、俺の足があああああ!!」

「アハッ♡」


 その恐怖、その痛苦、その絶望。

 それらは明羅の瞳に愉悦の炎を滾らせ、甘美な快感へと変わっていく。


「……この……ッ!!」

 曹叡は懐から霊符を取り出し、風の魔術を発動する。特段珍しいものではない。圧縮した空気を刃にして飛ばす中級魔術だ。だがそれでも生身の人間一人を粉々にするくらいの威力は十分にある。


 だが――


「へぇー、思ったより便利じゃん。コ・レ♪」

「ッ! 何、で……使!?」

 風の刃が少女を切り裂くことはなかった。


 少女の体には不壊の魔術――天元無双が付与されていたのだ。


 しかもその不壊領域は満遍まんべんなく全身に行き届いている。

 つまり完全なる石動の心像魔術。曹叡がついぞ辿り着けなかった境地に、彼女はものの数秒で到達していた。


「何でって……フフン、明羅はこうやって自分をアップデートするんだよ♪」


 曹叡には彼女の言葉がまるで理解できなかった。いや、頭が理解することを拒否していた。

 だが、心ではもう嫌というほど理解している。


 ある意味では、彼女は石動曹叡が望んだ理想の姿。

 自分に才能がなければ、ある者から奪う。努力なんてキラキラしたものを鼻で笑い、ギラついた己の欲望に正直に生きる。故に求めることに終わりがない。

 それこそが真の強者。支配者としての在り方だ。


「てことで曹叡。明羅がその力、これから有効活用してあげる☆」


 けど、思いもしなかった。

 その理想が……こんなにも醜いものだったなんて。


「いただきまーす♡」


 闇が大口を開く。

 目の前にいるこの少女ばけものは、果たして本当に――

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