Epilogue 昨日とは違う明日へ -Your first journey-
・1・
「お世話になりましたー!」
御巫本家の大門前。レイナ・バーンズは元気よく別れの挨拶を口にした。
「相変わらず元気な子だねぇ。昨日まで生きるか死ぬかの瀬戸際だったてのに」
「アハハ……私の唯一の取り柄なので」
照れくさそうに笑うレイナ。そんな彼女に微笑みながら、
「真紀那。結局お前さんに何もしてあげられなかった私らが言うのは筋違いかもしれないが…………向こうでも達者でやるんだよ?」
「はい、久遠様。今まで…………今までお世話になりました」
夜式一族。その最後の一人となった少女——
確かに彼女にとってこの里は牢獄そのものだったかもしれない。しかしどんなに過酷であっても、今日まで自分を生かしてくれた場所でもある。
決別の日を迎えても、その恩義だけは消えることはない。
「も〜マキにゃぁん♡ 顔硬いよ〜。せっかくの美形が台無しだよ? ほらスマーイル♪」
「……レイナさん……離れてください」
「エヘヘ〜♪」
レイナに後ろからギュッと抱きつかれ、頬ずりされる真紀那は鬱陶しそうにしながらも、されるがままだった。
こんな風に誰かとスキンシップを取ることさえ、彼女にとっては新鮮な体験。だからなのか、その表情はぎこちない。しかしどこか笑っているようにも見える。
「でも猫耳と尻尾が無くなっちゃったのはちょっとだけ残念かも。とっても可愛かったのになぁ……」
「……」
ふと、レイナの鼻先をフサフサしたものが撫でた。
「!?」
それは猫の耳。物憑きだった頃の彼女を象徴するもの。
ユウトと従属契約を結んだことで、鵺を制御できるようになった今の真紀那ならば、かつての姿に戻ることなど造作もないのだ。
「違います。これは……まだ慣れなくて……その……」
「……ッッ♡ マキにゃぁん! も~大好き~ッ♡♡♡」
テンション爆上げ中のレイナは、文字通り子猫をあやすように真紀那を全力で愛でまくっていた。
そんな時だ。
「レイナさん」
背後から自分の名を呼ぶ声に、レイナは振り返る。するとその表情がパッとさらに明るくなった。
「織江さん!!」
戦いが終わった後も、レイナがずっと心配し続けていた少女——
「もう大丈夫なんですか?」
「はい。まだ体は思うように動かせないですけど、
「はぁ……よかった」
本人からその言葉を聞いてレイナは大きく息を吐き、そして胸を撫で下ろした。
お互いに譲れなかった命懸けの戦い。とどめを刺したのは他ならぬ自分だ。でももし織江に何かあったらと思うと、レイナはずっと気が気ではなかった。きっと戦士としては甘いのかもしれないが。
(でも……あの人だったら……絶対に見捨てないと思うから)
彼女の選んだ道に後悔はない。
「よかったら、今度は孤児院にも顔を出してください。子供達を紹介します」
「うん! 絶対行く! 約束!!」
レイナは織江の手を握ると、再会の約束を交わすのだった。
・2・
「私が打ち直した剣、調子はどう?」
壁を背に皆から距離を置いていたカインに、秤は声を掛ける。
「ん? あぁ、いい仕事だ。文句のつけようがなかった」
「フフン、当然♪ だって私よ? ……って、だったら聞くなよって顔すんな!」
ポカポカと叩いてくる秤。しかし、その手が急にカインの右腕を掴んだ。
「……何だよ?」
「アンタのその右腕、一体どうなってるの? 私の目でも構造が見えないんだけど」
彼女は包帯に巻かれたカインの右腕を触りながら、次にこんなことを言ってきた。
「ねぇ、小指一本だけ――」
「断る」
「何でよ!?」
あまりに自然な流れで要求してきたが、カインはきっぱりと断った。このやりとりはすでに経験済みだ。
(何で技術者ってのはこうも自己中心的なヤツが多いんだ……)
これからこの手の人種と会う度に、サンプルを要求されると思うと堪ったもんじゃない。
「まぁいいわ。今度また私のところに来なさい? まだまだ調整したい所があるの」
「来なさいって……海渡って来いってのか?」
話にならないと、カインは右手を軽く振りながら秤を背にして行ってしまった。
「……海を渡る? 何言ってんの? すぐ会えるわよ……ククク」
何も知らない少年の背後で、鍛冶師の眼鏡が怪しい光を放っていた。
・3・
「ユウト君、刹那をお願いね。この子ちょっと……いえかなり融通が利かない所はあるけれど――」
「母様!?」
「えっと……はい、まぁ……知ってます」
「ユウトも!?」
吉野ユウトと
数分前――
ユウトたちの前に当主自ら現れ、刹那を一緒に連れて行ってくれと頼まれた時はさすがに驚いた。
話してみると、彼女には意外に気さくな一面がある。皆の前で見せるあの凛とした佇まいはあくまで当主としての顔なのだろう。
その母が言うには、どうやら今回のお家騒動。そして
特にユウトと刹那……二人の関係は、誰が吹き込んだのか瞬く間に里の民たちの間で広まり、『囚われの花嫁を救うために、遥々海を超えてやって来た恋人』——そのあまりの美談に浮ついた空気が、里全域に充満する事態にまで発展していた。
「何も言わないで……いいから黙って私を一緒に連れてって」
顔を真っ赤にした刹那が、ユウトの手を掴んでそう言ってきた。
当主である永遠もそれを了承している。だがもちろん、彼女はそれだけの理由で刹那の同行を許可したわけではなかった。
「魔人の復活は私たちも確認していました。どうやら此度の動乱に乗じて、この里にも一人入り込んでいたようです」
おそらく石動邸で幽閉されていた刹那を解放した魔人――シャルバのことだろう。何故彼女を助けたのかは、結局分からず終いだが。
「
永遠は刹那の背中に軽く触れ、耳元でそっと囁く。
「自信を持ちなさい。大丈夫、あなたは私の娘なのだから」
そしてポンと優しくその背中を押した。
「……ッ」
急にユウトの前まで来た刹那は俯いたままだった。
「あれ? 刹那、その髪型……」
いつもの
落ち着いた印象を得たその姿は、彼女が本来持ち合わせる凛とした美しさをさらに際立たせる。思わず一瞬、あのユウトがドキッとしてしまうほどに。
「こ、これはその……そう! 気分転換!! 私だってたまにはお洒落くらいするわ!」
「うん、似合ってる」
「……ッッッ!」
そう来るとは思っていなかったのか、不意打ちをくらった刹那の頬がさらに赤みを増した。
実はこの髪型、今朝早くに永遠が結ってくれたものだ。母曰く、若き日の彼女が父の心を射抜いた時のものらしい。
(ま、まぁ……そこまで言うならしばらくはこれでも……)
そんな乙女心も露知らず、ユウトは永遠からかなり古びた書物のようなものを手渡されていた。
「これは?」
「先代の伊弉諾の所有者、
御巫零火。
この世界に最初に生まれた
御巫久遠や神凪明羅によれば、全ての
「ありがとうございます。何から何までお世話になりました」
ユウトは手記を懐にしまうと、永遠に礼を言ってみんなに声をかけた。
「みんな、そろそろ時間だ」
思い思いに話をしていたレイナたちは皆頷くと、彼の前に並び立つ。
「えーっと……、レイナ、それにカインも。勝手に御巫の里に来た件は帰ったらきっちり始末書を書いてもらうからな?」
ユウトの言葉に、二人とも揃って嫌そうな顔をしていた。当然といえば当然だ。そもそも彼女たちの助力がなければ、今回の事件を全て解決することはできなかっただろう。
事はユウトが考えていたよりも遥かに複雑で、結果的に彼女達の自発的な行動は、本当に嬉しい誤算だった。
だがそれはそれ。ユウトは命令もなしに勝手に行動したことを、隊を率いる者として咎めなければならない。
だからユウトはこう付け加えた。
「ただ、それは俺も同罪だから……一緒に冬馬に怒られに行こうか」
「……ッ、はい!!」
「チッ……怒られるヤツが一人増えただけじゃねぇか」
レイナは嬉しそうに。カインは舌打ち。両者予想通りの真逆の反応を見せる。
「はは……面目ない」
今回の件で、彼女達はそれぞれ目覚ましい成長を遂げた。ただ頭ごなしに命令するだけの関係ではなく、これからは頼る機会も増えていくだろう。
だがそれ以上にユウトとしては、レイナ達が『誰かを救いたい』と思う心を最後まで捨てずに戦える。その『強さ』を示してくれたことが一番の収穫だった。
全員のその思いが結集したからこそ、夜式真紀那という少女の命を救うことができたのだ。それが何よりも嬉しかった。
「行こうか」
ユウトは少女に手を差し伸べた。
もう、彼女を縛る鎖はどこにもない。自分を殺し、隷属するだけの日々は終わりを告げた。これから先は自分の意思で、全てを決めて歩いていく。
もちろん、それは楽しいことばかりではない。今よりもっと辛い現実に直面することだってあるかもしれない。
それでも歩み続けたその先で、きっと心から笑える日がやって来る。
だから、恐れず前に進んで欲しい。
未だ歩みを止めない
「はい」
スタートラインに立つ新たな
第一章 剣乱魔境 御巫総本家 -Break the Chain for a Stray cat- 完
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