第33話 雷霆再起 -True radiance-

・1・


『Defender』


 展開した半球状の結界に、重い衝撃が走った。

 鵺の尾――無数の大蛇のあぎとが想像を絶する力で結界魔法に喰らいつく。

「……ッ、ぐ……ッ!」

 一瞬でも気を抜けば瓦解する。ユウトは奥歯を噛み締めて踏ん張った。


 ドドドッ!!


 地面が大きく震えた。何かが真下で動いている。

 ユウトはその正体を探るため、鵺本体を見た。


(……ッ、右腕が地面に突き刺さってる?)


 次の瞬間、足元が隆起し、サソリの尾と思われる鋭利な針がユウトに襲い掛かってきた。鵺の右腕がサソリの尾に変化し、地中を進んで結界を超えてきたのだ。

「この……ッ!?」

 ギリギリの所で理想写しイデア・トレースの籠手が尾を弾く。しかし軌道を変えたサソリの毒針と、結界を貫かんとする大蛇たちの牙が内外から結界を粉砕した。


「ググ……ギャアアアアアアッ!!」


 またもや仕留めきれなかったことに苛ついているのか、鵺は大声で吠え、赤い目でギロリとユウトを睨む。

 先ほどからこのような応酬が何度も続いている。

 何としてでもここで食い止めなければならない。すでに落とし子は放たれてしまった。この局面で鵺まで自由にしては、里の被害は致命的になる。

 だが、


(攻撃パターンが多すぎる……くッ!?)


 鵺の千変万化は止まらない。今度はカラスのように黒い筋肉質の翼を生やし、羽ばたき始めた。


『Blade Dupe ......... Mix!!!』


 籠手から電子音が発せられ、無数の白銀の刃が横一列に並ぶ。

「させるかぁ!!」

 ユウトが左腕を振ると、白刃は一斉に射出された。

 まるでガトリングのように、鵺の黒翼は容赦なく切り刻まれ、銀閃は夜の闇へと消えていく。

「ギャアアアアアアッ!!」

 同時に浮力を失った鵺は、地面に叩きつけられた。


「ここから先へは行かせない! 真紀那まきな! 鵺の怨念なんかに負けちゃだめだ!!」

「ガアァァァァァッァ!!」


『Double』


 さらなるメモリーを装填し、ユウトは現れた黒白一対のち切りばさみを掴む。そして鵺の尾である大蛇の首をまとめて切断した。

 鵺は悲痛の叫びをあげる。だが切断面からは血ではなく、細胞が増殖するように新たな獣のパーツが際限なく湧き出すだけだった。


(強い……というより、切りがない。でも理想無縫イデア・トゥルースを使えば何とか行けそうだ。問題は――)


 鵺を倒すということは、宿主となっている真紀那自身にもそれ相応のダメージを与えるということ。強力な一撃は、そのまま彼女の死に直結する可能性だって十分にある。

 それを回避し、真紀那を救う手立てがないわけではない。


 カギはユウトの魔法。


 理想写しイデア・トレースは人の心をメモリーとして写し出し、自身の力とする魔法。心に干渉するという意味では、超能力で言うところのサイコメトリーに近い側面を持っている。


(この籠手であいつに触れれば、俺の精神を流し込んで、真紀那の心に干渉できるかもしれない)


 要はいつもと逆の手順を踏むということ。もし成功すれば、真紀那の精神を覚醒させ、暴走する鵺から体のコントロールを彼女に返すことができるかもしれない。


(でも俺一人じゃ……)


 干渉中はどうしても無防備になる。誰かが鵺を押さえつける必要があった。

「どうする……?」

 ここで本体を釘付けにし続けても、鵺が暴れる度に落とし子は生まれ続け、里への被害は拡大する一方だ。直に鵺討伐のための退魔士もやってくるだろう。そうなれば、敵味方問わず多くの血が流れることになる。


 憎しみは殺意に変わる。


 元より里から忌み嫌われる少女を、いったいどれだけの人間が救おうと考えるだろうか?

 今を逃せば、夜式真紀那を助ける機会は永遠に失われてしまう。

 本当の『幸せ』すら知らないまま、あの少女が『化け物』として討たれる光景なんて見たくない。そんなことは絶対にさせない。

 だが自分のエゴを優先して、こうして無為に時間を浪費し続ければ続けるほど、死ななくていい命まで失われてしまう可能性がある。鵺の落とし子達に人間のような理性は存在しない。


 たった一人のために全てを見捨てるのか?

 それとも全てのために一人を諦めるのか?


「俺は――」






「らしくないわね。アンタはいつも、迷わず一番バカな道を選んできたでしょ?」






 その時、暗き天より煌めくいかづちが落ちた。

「ググガギィアァァァァァァァッ!!」

 雷光は鵺の両手両足、尾に至るまで全てを貫き、その場に拘束する。

「ッ!?」

 強く、美しく、そして気高いその光は、彼女の帰還を物語っていた。


「刹那!!」

「待たせたわね、ユウト」


 ユウトが天を見上げると、そこには伊弉諾いざなぎを取り戻し、魔装の神衣かむいに身を包んだ御巫刹那の姿があった。


・2・


 御巫刹那が吉野ユウトと合流する数分前――


「あっちの大きな鬼の方は片が付いたみたいね」


 刹那は自分と同じくユウトの眷属である、遠見アリサの気配を感じていた。おそらく彼女が助力してくれたのだろう。

「行くのですか? あなたの想い人の元へ」

「……ッ、……はい。母様」

 一瞬、顔を赤らめる刹那だったが、彼女はすぐにキリッとした眼差しで母を見つめ返した。

「戻ったら正式に婚約を結ぶんだよ? 魔道士ワーロックを里に迎えるなら大歓迎さ」

「お婆ちゃんッ!?」

 からかっているのか、それとも本気なのか、御巫久遠みかなぎくおん御巫永遠みかなぎとわの横でニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「ほら、取り返したぞ……あんたの刀」


 鞘に収まった伊弉諾を、カインが刹那に向かって乱暴に投げた。

 そこで力尽きたのか、彼はそのまま大の字になって仰向けに倒れてしまった。


「……フフ、ありがと。アンタもなかなかやるじゃない」


 伊弉諾をキャッチした刹那は、今日一番の功労者に微笑んだ。


「それ嫌味か? ……まぁどうでもいい……俺はしばらく休憩させてもらう……反動で動けねぇ……」

「ちゃんと褒めてるわよ。後は私に任せなさい」


 そう言うと刹那は、刀を掴んで胸の位置まで上げる。

 すると、伊弉諾が彼女に囁いた。


(すまぬ主様。無理な魔装で魔力をほとんど使い果たしてしまった。余の力は好きに使え……余は少し……眠る……)


 それっきり、いつもの傲慢が服を着て歩いたような彼の声は聞こえなくなった。


「無理させて悪いわね……終わったらちゃんと手入れしてあげるから」


 刹那は伊弉諾の柄を掴み、一気にそれを引き抜いた。

 その直後、魔装が展開し、彼女の体は白く美しい神衣かむいに包まれる。


「待ってなさい、ユウト」


 次の瞬間、雷光の如き速さで刹那は夜空をけ抜ける。


・3・


「グググ……グギグ……ガッ!!」


 神雷の槍に貫かれ、地面に縫い付けられた鵺が狂ったように暴れる。

 肉が割け、骨が折れるような鈍い音が鳴る度、鵺の体が変化し、どうにかして拘束から逃れようともがいていた。


「大人しく……しなさいッ!!」


 刹那は背に携えた八枚の光翼を飛ばし、鵺を囲むように配置した。そうして雷と炎が織り成す結界を展開し、さらにもう一段階強く鵺を抑え込む。

 言葉を交わさずとも、彼女はユウトの考えを理解していた。


「ユウト! 私が鵺を抑えるから、アンタはあの子を!!」

「あぁ!」


 ユウトは走る。

 動きを止めた今なら、鵺の中にいる真紀那に手が届く。


「届かせる!!」


 理想写しの籠手――その宝玉から光を迸らせ、ユウトは鵺の眼前まで迫る。


「目を覚ませ!! 真紀那ぁぁぁぁぁ!!」


 彼はその拳を、躊躇うことなく前へと突き出した。

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