第30話 全にして一。一にして全 -The BEAST gathering all beasts-
・1・
「ハッピーバースデイ!!」
「……あれ? この場合ちょっと意味合いが違うかな? ま、いっか♪」
「あれが……
ユウトは空を見上げる。
鵺は未だ微動だにせず、胎児のように身を丸めて空に浮かんでいた。
鬼の如き恐ろしい相貌。
夜のように暗い色をした
毒々しい鱗を持つ無数の大蛇の尾。
鋭い爪を備えた猛禽類の後ろ足。
筋骨隆々な猛虎の胴体。
およそ獅子のようではあるが、その姿は絶えず変化し続け、その度に別の動物の特徴と思われる部位が露わになる。
――百獣混在の怪異。
聞き慣れないその言葉に、ユウトはようやく合点がいった。
まさにその名こそが相応しい、正真正銘の
「ささー鵺ちゃん♪ おいでおいでー♪」
その異様極まりない姿を前にしても、明羅は一切臆することなく両手を広げた。
しかし、
「え――」
次の瞬間、鵺の尾であり頭でもある大蛇の
「ッ!?」
ユウトは息を呑む。
一切の音はない。明羅の悲鳴さえ聞こえなかった。
何故ならすでに彼女の上半身は、鵺の胃袋の中にあるのだから。
残された下半身はガクガクと壊れた機械のように痙攣し、鮮血を撒き散らす噴水へと成り果てる。
「グギギ……ギ、ギャアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
再誕して初めての食事を終えた鵺は、ようやく活動期に入る。
その飢えた血眼が開き、ユウトを捉えた。
暗く淀んだ瞳。深い深い闇の奥には、数えきれないほどの怨嗟が渦巻いている。
怪異――人の無意識が生み出した、人が最も怖れる存在。
それはユウトであっても例外ではない。射殺すような視線に貫かれた彼の足は、地面に釘付けになっていた。
だが勘違いをしてはいけない。
本当の恐ろしさはむしろここから。
その巨体はブクブクと波打ち、次々と何かを地面に生み落としていく。
「……おいおい冗談だろ」
真っ黒なそれは殺意そのもの。
姿形は千差万別。混ざり合って、原形を逸脱した個体までいる。
鵺の落とし子、とでも呼ぶべき魔獣の大氾濫。
かつてこの地を絶望に染め上げた、鵺の百鬼夜行が始まった。
・2・
『Messiah ... Loading』
ロストメモリー『メサイア』を装填したカインの銃型
「無駄なんだよザコがッ!!」
だが、石動曹叡はそれを片腕で
「チッ……」
しかもただ硬いというだけの話ではない。
(弾が直撃する瞬間に接触部分の鎧が弾けた……
力をさらに上の力で塗り潰す。相手の攻撃力をマイナス化させる盾。
メサイアの弾丸が完全に無力化された理由はこれだ。
ただの一振りで全てを滅ぼす神の刃。
そしてその攻撃力さえも防御に転化した絶対守護の鎧。
つまり今の曹叡は、真の意味で最強の『矛』と『盾』を獲得したと言える。
(野郎……さらに硬くなりやがって。これが魔装……ロストメモリー使っても
だが、カインは冷静に敵を分析し続けた。
ここで思考を放棄するほど、彼は愚かではない。
「ハハハハハッ!!」
曹叡の昂りに呼応するように、魔装はさらに変化していく。
鎧の一部が剥がれ、翼のように展開したかと思えば、その先端に極小の太陽を灯していった。
数は6つ。先ほどの意趣返しとでも言わんばかりに、熱球は次々とカインに向かって発射された。
カインは左腕でトリムルトを握り、それら全てを叩き斬る。砕けた熱球は周囲の落とし子を巻き込み爆散。飛び散った火の粉は屋敷に燃え移った。幸い、極熱を帯びた剣刃は赤く変色しているが、以前のように壊れることはない。
(いや待て……不壊ってのは、要は壊れないってことだろ? 何で今更鎧なんてもんに力を割く必要がある?)
必要な時に、必要な場所を自動で防御する。
そんな便利な盾があるのなら、そもそも鎧なんて必要ないはずだ。
だが、鎧は確かに顕現している。魔装が使用者のイメージに強く影響を受ける以上、曹叡はそれが必要だと認識していることになる。
「ッッ!!」
止むことのない猛攻を俊敏なステップで回避しながら、カインは先の決闘を脳内で再生する。
きっと逆転の糸口はここにあるはずだ。
(盾を破壊するのは不可能。だが攻撃が通らないわけじゃない。それは
重要なのはわずかコンマ数秒。刹那の刃が曹叡の天元無双を超えた瞬間。その事実だ。
あの時の状況を頭の中で何度も繰り返す。
(考えろ……俺とあいつで何が違った?
そのワードに何か引っかかりを覚えるカイン。
程なくして彼は一つの仮説を導き出した。
「……やってみるか」
半分賭けになるが、刻々と力を増していく曹叡に対して、どのみち勝ち筋はこれしかない。なら手持ちの掛け金全額ベットする価値はある。
カインは右腕に力を入れた。ありったけの魔力をそこに注ぎ込むイメージで。
「ハッ! どうした!? ちょこまか逃げ回るのはもうおしまいか!!」
「……」
正直、カインはレイナのように直接魔具で戦わないし、ユウトのように魔法を使うこともできない。だから体に流れる魔力を操作する感覚など全くもって理解していない。
しかし、それは今重要な事ではない。
「知ってるぜ……お前の旦那なんだろ? アレ」
要はこの
そしてその方法は、すでに一度経験している。
「感動の再会だ。思いっきり熱いベーゼを喰らわせてやれ!!」
迫る凶刃に対して、カインは自分の右拳を全力で叩きつけた。
・3・
「織江さんの孤児院!?」
堕天ラクシャーサの視界から逃れるため、生い茂る竹林の中を低空飛行していたレイナは急上昇し、周囲を見渡した。
「……ッ!? あれね」
目算で約1km。すでに堕天ラクシャーサの
『待って。何この数……魔獣!? 何だってこんな時に! レイナ! 織江の後ろから来るわ!』
「見えてます!」
秤の言う通り、そこには空も大地も等しく埋め尽くさんとするほどの黒い魔獣たちの群れが、こちらに向かって進行している光景が見える。
(どうしよう!? 織江さんだけでも手一杯なのに、あんなにたくさんの魔獣からどうやって孤児院の子たちを守ればいいの!?)
例えレイナがスレイプニールで風刃の雨を降らせたとしても、あの数全てを一度に殲滅するのは不可能だ。間違いなく討ち損じが出てくる。だからといって、堕天ラクシャーサの注意を引いて孤児院から遠ざけていたら、魔獣の群れが子供たちを飲み込んでしまう。
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
しかし、焦るレイナの目の前で予想外の事態が発生した。
「えっ!?」
堕天ラクシャーサが両の拳で大地を殴りつけ、魔獣の群れの大半を地割れに巻き込んだのだ。それだけではない。まるで虫を払いのけるように両手を振り回し、空の魔獣たちも次々と叩き落していく。
「秤さんこれって……ッ」
『織江……あんた』
明らかに彼女は魔獣たちに対して強い敵意を示していた。
眼前のレイナよりも強く。
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
巨鬼は夜空に向かって吠える。すると彼女を中心として、まるで鬼の角を連想させる巨大な柱がいくつも大地を突き破って出現した。
地形操作による超広範囲の制圧攻撃――いや、もはやこれは天変地異にも等しい。
増殖し続ける大地の角は幾重にも重なり合い、巨大な壁を形成。魔獣の進行を完全に阻止してしまった。
「………………………………」
堕天ラクシャーサは再びレイナと向かい合った。
そして彼女を捕まえようと、巨大な右腕を伸ばす。
「……わかりました」
レイナは小さく呟いた。
誰かに聞かせるための言葉ではない。己に言い聞かせるための決意の言葉だ。
「織江さん。あなたをそこまで突き動かすのは、全部あの孤児院の子供たちのため。そのために私と戦うしかない……そういうことですよね?」
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
今なら聞こえる。
何度も耳をつんざくこの咆哮は、彼女の嘆きそのものだ。
殺したくない。でも殺すしかない。
仮面の裏で、彼女は泣いている。決して逃げ道のない矛盾を抱えたまま。
「だったら本気で戦いましょう!」
『ちょ……あんた何言って!?』
あまりにも想像の上を行く素っ頓狂な言葉に秤は驚いていた。
しかし、レイナは友達に接するような優しい笑顔で続ける。
「怖いですよね……前にも後ろにも行けないのは」
少女の脳裏に、今は亡き
壊れた
どちらも選べずに、ただ震えることしかできなかったレイナ・バーンズだからこそ、神無月織江の苦悩が痛いほど分かってしまう。
結局のところ、どちらを選んでも正解には決して辿り着くことはないのだ。
だけど、レイナは知っている。
例え逃げ道のない暗闇の中であっても、救いの手は差し伸べられることを。
そんなどうしようもないお人好しがいることを。
「だから私があなたを倒して、孤児院も守ります!!」
少女はここに宣言する。
(今度は私が……あの人みたいにッ!!)
かつての自分にとって
迫りくる魔手を前に、レイナが両足に力を入れたその瞬間――
「よく言いました!!」
「……へ?」
眩い一条の閃光が、堕天ラクシャーサの右腕を肩口から焼き切った。
「GAAaaaaaaaaAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」
重力に従って落ちた巨腕はその物量故に激しく大地を揺らし、形を失う。
「これって……」
レイナは光が飛んできた方角を見た。
月明かりに照らされる
それは金髪の少女を中心に展開された飛行ユニットだ。
「GugAaaaaaaaaaaaaaaAaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
堕天ラクシャーサは即座に右腕を修復し、豪快に振り抜く。フルスイングの途中、体表面から射出された岩石が散弾のように広がり、彼女に襲い掛かった。例えただの岩であっても、あれだけのスピードが伴えば立派な兵器だ。
「
しかし黒き飛行体を駆る少女は、100は優に超える砲門を展開し、その全てを正確に撃ち落としてみせた。
『……すご……』
――魔装パンドラ。
千の武器を内包する魔具を使役する少女は、レイナの横で止まった。
「妙な結界に手こずりましたが、ようやく見つけました。無事なようですね、レイナ」
「……ッ、アリサさん!!」
頼もしすぎる助っ人に、レイナは思わず感極まった声で彼女の名を呼んだ。
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