行間1-3 -百獣混在の怪異-
その時、誰かが膝を付いた。
「う、ぐぁあああああああああああッ!!」
その時、誰かが呻き声を上げた。
「あ、がッ……ががが……ッ!!」
また一人。そしてまた一人。
紅き月の下、苦しみもがく生まれながらに獣を身に宿す者たち。
次第に彼らの声は力を失い、倒れたその身から黒い
それは、夜式一族の体の中に封印されていた魔具――
彼らを異形たらしめるものだ。
完全に宿主から乖離した靄たちはそれぞれ不安定ながらも、形を得る。
ある者からは獅子の如く勇猛な大猿が。
ある者からは暴れ狂う猛虎が。
またある者からは毒を撒き散らす大蛇が。
一斉に夜空に向かって産声を上げる黒き獣たちは、皆同じ方角を目指す。
これから彼ら全ての器となる少女の下へ。
「う……ッ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
少女は絶叫する。
痛い、苦しい、怖い、嫌い、恨めしい、憎い、殺してやる、壊す。
ありとあらゆる負の感情が彼女を包み、牙を突き立て、その存在を破壊する。
その内側を余すことなく侵し、蹂躙するために。
(やめ、て……)
今にも脳が爆ぜ、目玉が飛び出し、内臓がズタズタに引き千切れるのではないかと思ってしまうほどの恐怖と激痛の連鎖。
理性という
(私の中に……入ってこないで!!)
いくら喚いても無駄だった。
濁流の如き勢いで群がる黒獣たちの思念に押し潰され、叫び声は虚しく埋もれていく。
やがて痛みはプツンと途絶えた。
まるでテレビの電源を切った時のような虚無感。そして脱力感。
自分の中で何かが壊れたのだとはっきり理解できた。
僅かに残っていた、人として大切な何かが。
(………………)
沈んでいく――
底のない闇に。抵抗する力は微塵も残されていない。
いや、それ以前の問題。もはや手遅れなのだ。
堕ちていく――
長い年月をかけて蓄積された、何百万人もの
(……い……や……)
脳裏に浮かんだのは彼の笑顔。
あの夜、彼と交わした約束。
――いつか……君が本当に何かを望んだ時、俺が君の力になる。
(……たす……け……)
伸ばしたはずの腕は、漆黒の海に溶けて消える。
少女の視界は、何者にも塗り潰すことのできない黒一色に染まっていった。
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