第28話 堕天 -Spread your desire. Then break all you see-
・1・
「織江さん! ッ……やめて!!」
「……」
竹林の中を逃げるように滑空するレイナ。
それを追う
「……ッ、もう!!」
体を捻り、紙一重で躱すレイナ。だがこうも障害物が多い竹林の中では、スレイプニールの俊足を十分に発揮できない。むしろワイヤーを使って変幻自在に飛び回る織江の方がこの場においては速さで勝る。
「ハァッ!!」
宙を一回転して攻勢に転じたレイナの脚撃と、織江の双刃が交差する。
そうしてようやく、二人は地に足を付けた。
「ハァ……ッ……」
息を切らせるレイナ。だが手ごたえはあった。
ピシッ!
乾いた音が響く。
織江の鬼面が二つに割れた音だ。激突の瞬間、風の刃が届いていた。
「いい加減……ッ!?」
レイナは声を失った。
彼女の顔を見てしまったから。
彼女の目を見てしまったから。
仮面の下には、心を失った少女の暗い瞳が隠されていた。
「織、江……さん?」
「……」
レイナの言葉に彼女は一切反応を示さない。そもそも意識があるのかどうかも怪しい。
人形のような虚ろな目がレイナを映す。
彼女は両手に握ったラクシャーサを手放した。宙で消失した牙双剣はロストメモリーとなり、彼女の手の中に納まっている。
(降参……ってわけないよね……?)
何かを懐から取り出す織江。
「……腕、輪?」
黒く、禍々しい。それはかろうじて腕輪だと認識できる何かだ。
それを彼女は自分の左腕に近づけた。
「……ッ」
『Connect to Outer Record ...... Fall Gear system complete』
まるで噛みつくように取りついた黒き腕輪のスロットに、織江はラクシャーサのロストメモリーを差し込んだ。
『Rakshasa ...... absolution』
耳障りな電子音が鳴り響く。さらに腕輪の外装に取り付けられていた瞼のようなパーツが見開かれ、ギロッと眼球らしきものが蠢いた。
「う……あああああああああああああああああああああああああッ!!」
胸を押さえ、苦しみもがく織江。
彼女が腕輪のトリガーを引いた瞬間、周囲の空気が爆ぜた。
『Fall Down ......』
津波の如く押し寄せる爆風。吹き飛ばされたレイナは、そのままスレイプニールの脚翼を展開してバランスを取りながら上昇し、台風の目を覗き込んだ。
「何!?」
それは一つの災害に匹敵する破壊の嵐。
織江を中心に発生した巨大な竜巻は、周囲の大地、河川、森、あらゆるものを無差別に飲み込んでいく。
それらは積み重なり、混ざり合い、急速に肥大化していった。
「う、そ……」
竜巻の中心から、夜空を掴まんとする巨大な腕が這い出し、月明かりを遮る。
「A――Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
その
豪嵐は割れ、憎悪に染まりきった赤き瞳は世界を呪う。
「こんなの……」
レイナの前に生まれ堕ちた巨神。
それは全長50メートルは優に超えた、二本の角持つ悪鬼羅刹だ。
・2・
「何だ……あれ……」
突如現れた巨人。その咆哮はユウトの耳にまで届いていた。
(あっちはレイナがいる方角……ならあれは――)
「アハハハ! やったね大成功♪」
神凪明羅は嬉しそうにパチンッと指を鳴らして笑った。
「お前……織江に何をした!?」
「何も? 私はただ敵を倒すための力を提供しただけだし」
「力……?」
「そ、見てよアレ。ラクシャーサ程度の魔具でも堕天すればあれだけの怪物に大変身♪ そそるよねー♡」
明羅は蕩けたような表情で怪物となった織江を見つめていた。
「堕天……」
身に纏う禍々しいオーラ。
あれは間違いなくただの一つで戦況が傾く無双の力。魔具の力を限界まで引き出した状態だ。
だが、魔装とは明らかに何かが違う。
「
火を司る神なら火を。
水を司る神なら水を。
いくら神といっても、その
「でもね、
巨鬼が再び雄叫びを上げた。それだけで嵐が巻き起こり、大地が裂ける。
あまりに不安定で、あまりに不完全で、あまりに不合理で。
それ故に読めない。何一つ理解が追い付かない。
「存在しないものには存在しない理が生じる。当然だよね?」
ユウトの背後から、空間を裂いて現れたアステリオスの剛腕が襲い掛かる。
『Blade』
身を翻して、召喚した白銀の刀で斬りつけても、その鎧のような筋肉に刃が弾かれてしまう。
「く……ッ」
「さーて、明羅さんの講義はこれにておしまい♪ こっちも準備が整ったよ」
唇を吊り上げ、ニヤリと笑う明羅。
それが何を指しているのか、もはや問うまでもない。
「イッツ、ショータイムッ☆」
天に掲げた指先には、真っ白な月が輝いている。
その月は地面に横になっている真紀那――彼女を中心に描かれた血の魔法陣の輝きを受け、紅く染まり始めた。
「これは……ッ」
紅い月。
獣の魂を揺さぶる魔性の月光が降り注ぐ。
次の瞬間――
それを全身に浴びた真紀那の目が見開かれた。
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