第26話 決闘 -Break through-

・1・


 婚儀当日。


 すでに日は落ち始め、里の人々は小高い山の頂にある御巫本家の方角に視線を向け始めていた。

 しかし、その注目はすぐに周囲のざわつきによって引き戻されることになる。



「刹那様……」

「刹那様だ」

「何故こんなところに……」



 もう式の開始までほとんど時間はない。にもかかわらず、今宵の主役が未だ私服姿で、本家へと続く道をまっすぐに歩いていたからだ。


「式は予定通り、今夜行うみたいね。私が屋敷から抜け出したから、てっきり日を改めるかと思ってたわ」

「ま、敵さんの本命がアンタじゃないってことだろうな」

「ねぇ、分かってるけど言葉にしないでくれる? それはそれでムカつくから」


 本家の入り口。長い石段の前に辿り着いた御巫刹那とカイン・ストラーダはそこで足を止めた。するとすぐに、待機していた石動派と思しき数人の人間が彼女たちに近づいてきた。


「刹那様! いったい今までどこに!? 何故侵入者などと……」

「曹叡様が心配していらっしゃいましたよ。ささ、どうぞこちらへ」


 男たちが刹那に近づこうとしたその瞬間――




 ズバチィッッッ!!!!!!!!




 青き稲妻が彼女の周りで雄叫びを上げた。

「「ッ!!」」

 甲高い音と眩い光に気圧され、男たちは思わず腰を抜かす。


「気安く触らないで」


 射殺すような鋭い目つきで、彼女は拒絶の言葉を口にした。

「……ッ……」

 言葉を失った男たちの横を抜けると、今度は黒い装束に身を包んだ集団が二人を包囲する。おそらくは曹叡お抱えの鬼影隊だろう。


「刹那様。曹叡様が上でお待ちです。ここはどうか大人しく――」

「どいて」

「ですが我々は――」

 直後、正面にいた男が喋り終わる間もなく倒れた。いや……より正確に言えば、意識を刈り取られたのだ。

「うわー……」

 あまりに速すぎて、彼女が何をしたのかカインでさえわからない。


「私、今ものすごく機嫌が悪いの」


 刹那の言葉に呼応して、迸る雷が激しさをさらに増していく。


「今のは最後の警告よ。殺される覚悟があるやつだけ、私の前に立ちなさい」


 刹那のその言葉で、全ての音は鳴りを潜めた。

 足音はおろか、息遣いのひとつさえ聞こえることはない。誰も動けない。

 誰もが本能で震え上がり、体の自由を奪われた。

 もはやこの場に、彼女へ異を唱えようという者は誰一人としていない。


・2・


 刹那はカインと共に、灯篭に照らされた石段を上がっていく。

 鬼影隊の追手はない。刹那の警告に恐れをなした、というのもあるだろうが、そもそも自分の命を懸けてまで石動曹叡に従う気概が彼らにはないのかもしれない。もちろん全員が全員そうではない。神無月織江のように弱みを握られ、どうにもできない者は、この程度の脅しには屈しないだろう。


 石段が終わり、本家の堂々たる門構えを前にすると、刹那は隣にいるカインにこう話しかけた。


「一応確認するけど、正真正銘の神様と戦う覚悟はあるかしら?」

「生憎そういうのは大得意だ。あんたこそせいぜい俺の邪魔すんなよ?」


 彼女の確認に不敵な笑みで返すカイン。

「フッ……上等よ」

 次の瞬間、二人はそれぞれの得物を抜き、息の合った剣撃で正面の門を盛大に吹き飛ばした。


***


 門を抜けると、奥には本御殿。その手前、横に外れた所には結婚式の主会場となる大庭がある。

 すでに多くの参列者が座っており、皆一様に二人の登場に驚き騒めいていた。


 ただ一人を除いて。


「ハッ! 刹那。随分派手な演出だな?」

 今宵の主役の一人として、黒い新郎和装に身を包んだ石動曹叡は、もうじき自分の伴侶どうぐとなる女を両手を広げて出迎える。

「分かってたぜ? お前は今夜、必ずここに現れるって」

「……」

 刹那は曹叡の言葉には一切答えず、その奥に座する女性を見ていた。


 御巫永遠みかなぎとわ


 御巫の現当主にして、刹那の実の母だ。

「刹那。このような場で、いったいどういうつもりですか?」

 彼女はあくまで当主として、刹那を問い質す。そこに母としての情はなく、あるのは機械のように冷たい言葉だけ。


「母様……いえ、当主。私はこの男の妻になることを拒否します。例えそれが本家の総意に背くことになっても」


 刹那は永遠の前で膝を付き、そう宣言した。


「あなたの我儘が里に混乱を招くとしても?」

「私にはもう……心から一緒にいたいと思う人がいます。里よりも大切な人が」


 当然、周囲からは困惑したような騒めきが広がった。ふざけるなと罵る者さえ。しかし永遠が片手を上げると、それもピタリと止んだ。

 そしてしばらくの静寂の後に、永遠はゆっくりと口を開く。


「いいでしょう。あなたの意思は理解しました」

「ッ!? おい当主! まさかこの俺を拒むつもりか!?」


 予想外の反応に曹叡は苛ついた声で当主に糾弾する。本来なら当主に対し無礼極まりない発言を指摘されるところだが、今の彼は伊弉諾の資格者。神に認められた人間だ。誰も反論することはできない。


「石動曹叡。全てはあなた次第です。あなたは伊弉諾を持つ者。ならば示し続けなければならない。その資格たりうる器か否か」

「あ? 俺がこの刀に相応しくないって言いてぇのか?」

 振り抜いた曹叡の手に炎と雷が集約し、黒い刀が姿を現す。

「こいつは俺の力だ。何なら今ここでそれを証明してやろうか?」

 永遠に切っ先を向ける曹叡。

「母様!」

 しかし彼女に臆する様子は見えない。それどころかほんの一瞬、カインには小さく笑ったように見えた。


「ならば今一度、私の前でそれを証明しなさい」


 御巫の現当主は、その権限をってここに宣言する。


「御巫刹那、石動曹叡。両名にはこの場にて一対一の決闘を命じます。この私が、勝った方の要求を叶えると誓いましょう」


・3・


 満月。

 人は空に浮かぶ白き光に神聖さを見出し、またその魔性を怖れた。

 故に、月は古今東西様々な伝承において重要な意味を持つ。

 もちろん、魔術においてもそれは例外ではない。


「さてと……準備は上々♪」


 神凪明羅かんなぎあきらは意識のない夜式真紀那やじきまきなを、古寺の本堂へと続く石床の上に寝かせる。

 そこには少女を中心に、血で描かれたような赤い魔法陣が広がっていた。


「鵺の移植術式を解析。そこから逆算して再統合プロセスを構築。ま、理論上は上手くいくはずだけど……問題はその後かなー」


 明羅は今から始まる厄災まつりに心を躍らせていた。

 しかしその時――



 夜空を斬り裂き、一発の弾丸が彼女に襲い掛かった。



「アハッ☆」

 だが弾丸は少女の体を貫くことはない。何もない空間から浮かび上がった正体不明の巨腕に阻まれたからだ。

「ッ!?」

 空から現れた吉野ユウトは地面に着地して、自身の魔法で作り出した黒白の双銃剣を構え、再度引き金を引く。


「無駄無駄ァ! そんなちゃっちい魔法じゃ明羅のアステリオスは倒せないっつーの!」

「ならこれならどう!!」


 明羅の背後に高速で回り込んだレイナは、間髪入れずに烈風纏う鋭い脚撃を放つ。

「おっと」

「なっ!?」

 しかし、眼前のありえない光景に彼女は目を見開くことになる。

 スレイプニールの踵に付いた剣翼を、なんと明羅は生身の腕でガードしたのだ。嵐が直撃するほどの破壊力。加えて真空刃の切断力。常人なら上半身丸ごと吹き飛んで然るべきだ。にもかかわらず、彼女の腕には傷の一つさえ付いていない。

「悪い脚はこれかニャー?」

 またしても虚空から謎の腕が現れ、今度はレイナに狙いを定めた。

「離れろレイナ!」

「はい!」

 明羅から距離を取ろうとする彼女に巨腕が迫る。

(速いッ!)

 レイナの片足が掴まれそうになったその瞬間、ユウトの魔弾が巨腕を弾いて阻止する。


「これはまたまた予想外。いいのかなー? 明羅なんかに構って大切な花嫁ちゃんの危機に駆け付けなくて」


 明羅は挑発的な言葉を投げかける。

 だがそんなものユウトには通用しない。


「見くびるな。刹那はそんなに弱くない。あいつが石動曹叡は任せろと言ったんだ。なら問題ない」

「アハハハハッ! 何それ? ウケる!」


 大きく周囲を旋回したレイナがユウトの元に舞い戻った。

「あの腕……やっぱり魔具、ですよね?」

「ああ……」


 アステリオス。


 ユウトはその名を冠する魔具に覚えがあった。

 伊弉冉の夢幻世界から帰還しておよそ半年後。式美春哉しきみはるやとオーレリアが事件を起こしたあの日だ。

(だけど……)

 アステリオスは大斧の形状をした武具型魔具だったはず。今とはあまりにも形状が違いすぎる。

 その奇異の視線に気付いたのか、明羅はニッと笑う。

「ハハ、気になる? ならば教えて進ぜよう♪」

 彼女は優雅にお辞儀をしてみせる。


「この子は本来、『迷界ラビリントス』を生み出すだけの微妙な魔具なんだけど――」


 ゴゴゴッという耳障りな音が空気を震撼させる。

 明羅の背後の空間が割け、アステリオスの固有空間――迷界から太い指が這い出てきた。

「「ッ!?」」

 指だけではない。腕、肩、頭部と、それは徐々に全身を剥き出しにしていく。


「明羅がちょちょっと手を加えてね。神凪製の改造魔具。差し詰め、アステリオス・叡神グノーシスってところかな。ニヒヒ、可愛いでしょ♡」


 全身を覆う鎧のような筋肉。

 骨の頭部に赤きまなこ

 雷光を纏う二本の大角。

 神凪の叡智を得た神獣は、全く新しい存在に変質していた。


「アステリオス……叡神グノーシス……」

「マキにゃんを返して!」

 態勢を立て直したレイナが明羅にロケットスタートで迫る。途中、虚空から現れる無数の剛腕。彼女はその全てを縦横無尽に駆け回って避けていく。

 あと10メートル。レイナはさらに加速する。


 だが、それを何者かが横から邪魔をした。


「ん……なッ!?」

 牙の如き二刀を持つ羅刹。鬼影隊の頭目――神無月織江だ。

 彼女はそのまま信じられない膂力でレイナを捻じ伏せ、自分諸共古寺の外の密林へと消えていった。

「レイナ!? ……ッ!?」

 迷界をワームホールのように使い、距離という概念を無視したアステリオスの一撃が今度はユウトを襲う。

「君の相手は明羅だよ」

「く……ッ」

「まだ儀式まで時間あるし、噂の蒼眼の魔道士ワーロック。ちょっとだけ味見しちゃおっかな♪」

 神凪明羅は上唇をチロッと舐めて嗤う。


「さぁ愉快に踊ろうぜ最強ワーロック! ぶっ壊せ! アステリオス!!」


 チリチリと肌に伝わる殺気が絶頂を迎え、怒り狂う猛牛が咆哮した。

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