第23話 思わぬ再会 -Sucker punch-
・1・
翌日。
朝早くに起きたレイナは、拠点近くにある水浴び場へ足を運んでいた。
「うーーーんッ! 冷たくて気持ちいいー」
バシャッと桶に貯めた水を頭から被り、解いた髪を左右に大きく振るレイナ。
「まさかこんな場所にも拠点があるなんてねぇ♪」
昨夜、真紀那の案内で人気のない暗い森の中を突き進んだ時は正直冷や冷やしたが、その先に今彼女たちが身を置いている拠点はあった。
そこは御巫の人間ですらあまり足を踏み入れない奥地。緑に隠された天然の洞窟を竜胆司の指示の下、この日のためだけに
「昨日は疲れて驚く元気もなかったけど……」
夜式一族。
ここに来て初めて、レイナは彼らの存在を知った。
虎の耳を持つ者。
猿の腕を持つ者。
首が蛇のように長い者までいた。
体のどこかに動物の特徴を持つ者たち。それが彼ら夜式一族。
先ほど拠点を離れる際、彼女はそれを改めて目の当たりにした。
「……」
正直、レイナには彼らに対してどんな言葉を選べばいいのか分からない。
一族を隷属させるための呪い。昨夜、御巫久遠はそう言っていた。
彼らは決して、望んであの体になったわけではないのだ。
ガサガサッ。
ふと、近くの茂みが揺れた。
「ん?」
「……」
レイナが振り向くと、そこには同じく水浴びに来た夜式真紀那と目が合う。朝日に照らされた彼女は、一糸纏わぬ姿で立っていた。
昨日は帽子で隠れていたものを露わにして。
「――――ッッ!?」
直後、まるで雷に打たれたような衝撃がレイナの脳天を貫いた。
(……ネコ……ミミ……)
ピクピクと可愛く動く大きな耳。
(……しっ、ぽ……)
フリフリと心まで揺さぶられる魅惑的な尻尾。
(……………………)
目の前で繰り広げられる非日常の殴打が、レイナの思考を完全に止めた。
「か……か……」
「何か?」
まるで壊れた機械のように何かを口走る彼女に対し、真紀那はコクッと首を傾げる。
カチッ。
それが最後の
先ほどまで思い悩んでいたのが嘘のように、レイナの中で何かが弾ける音がした。
そして次の瞬間――
「
その愛くるしい姿を前に理性がショートしてしまったレイナ。気付けば彼女はスレイプニールを展開し、目にも止まらぬ速さで真紀那に突貫していた。
・2・
「もー、マキにゃぁん♡ 謝るから許してよぉ……」
「……(じー)」
ユウトの体に隠れ、真紀那は先程からずっと謝ってくるレイナに訝しむような視線を向けている。有り体に言えば、めちゃくちゃ警戒していた。
(……いったい何があったんだ?)
どうやら早朝、二人の間で何かあったらしい。しかしそれは女の子同士の秘密。ユウトのあずかり知らぬことだ。
「お前さんたち、さっさと座りな」
洞窟内に作られた小部屋。
その中心にある囲炉裏の傍で腰を下ろしていた御巫久遠が三人を急がせる。
「すみません。それで話というのは?」
レイナとカインがそれぞれ囲炉裏を囲むように座ったのを確認して、ユウトは彼女に自分たちを集めた訳を尋ねた。
「あの子の婚儀は明日、本家で執り行われる。お前さんたちはそこへ乗り込む気なんだろう?」
久遠の言葉に、ユウトは頷いた。
「はい。昨日遠くから石動邸を観察してそう判断しました」
厳重な警備。だが決して人数だけの問題ではなかった。敵の牙城に張り巡らされた数多の防衛魔術。むしろこれこそが最も警戒する必要がある。
何がトリガーになるのか?
如何なる効力を発揮するのか?
どんな状況に陥るか分からない状況では、迂闊に侵入するべきではない。ただでさえ、ユウトたちは魔術に関する知識が少ないのだから。
それにもし石動曹叡が刹那を人質に取れば、ユウトは為す術がなくなる。
「正直、刹那の正確な居場所が分からないことには……。無策で飛び込んで長期戦になれば、それこそ向こうの思う壺だ」
だから仕掛けるなら、二人の居場所が確実に確認できる婚儀の場――御巫本家が望ましい。もちろん本家の警備も相当なものだろうが、この場に久遠がいることは幸いだった。彼女が裏で手を回せば、多少は動きやすくなるはずだ。
とにかく今は、可能な限り短時間で曹叡から刹那を引き離すことが最も重要だ。
「ま、賢明だね。石動は守りに秀でた一族だ。あやつらの扱う『不壊の魔術』は、一族が長い時を経て積み重ねた心像魔術。そこいらの簡単な魔術とは文字通り年季が違う。いくらお前さんでも、そもそも真正面から挑むのが間違いってもんさ」
心像魔術。一握りの一族が有する上位の固有魔術の総称だ。
久遠の説明によると、そうあることが当然だという認知が力と化す魔術らしい。
石動の場合、要は絶対に破れない盾をイメージすればいい。だが注意すべきは、ここではその強度に意味はないということ。そもそも『壊れない』――つまり『不壊』の概念が付与されているものは、『絶対に壊れない』という自らが定めたルールこそが優先されるということだ。
「なるほど。だからあの時、銃弾が効かなかったのか」
カインは一昨日の曹叡との戦いを思い出す。
あの時、咄嗟に撃ったシャムロックの弾丸は曹叡の体に弾かれた。だが彼の肉体そのものに不壊の魔術が施されていたのなら頷ける。
「当主である曹叡は確かに一族秘伝の心像魔術を継承してはいる。じゃが歴代の猛者たちと違い、ヤツは決して優秀な魔術師ではない」
発動までに要する時間は長く、効果範囲もせいぜい拳大。決して広くはない。確かに無敵の性質を有してはいるが、曹叡の力量ではとても戦いの中で使える代物ではない。
彼が伊弉諾を手にするまでは、だが。
「カインの話を聞く限り、今の曹叡は伊弉諾を使ってその欠点を何らかの形で補強しているんだろう」
「あぁ。少なくとも弾速を超えるくらいには不壊領域の展開が早い。婆さんの言う通りなら、正面からの攻撃はほぼ無効化されちまう」
仮に弾を視認して防御しているのなら、反射速度を極限まで強化しているのかもしれない。海上都市にいた頃、刹那が似たような使い方をしていたことをユウトは思い出す。
(確か……脳のリミッターを外す。だったか?)
伊弉諾の雷を使った脳への直接干渉。それにより人間が本来持つ潜在能力を100%引き出す荒業だ。かつて強敵たちと渡り合うために、彼女は幾度となくその技を行使していた。
「仮に石動曹叡が俺の知っている方法を使っているなら、その不壊魔術は無制限に発動できるものじゃないかもしれない。きっと
「へぇー。蒼眼のお兄さん、見かけによらずなかなか頭回るんだねぇ♪」
「「!?」」
突然、ユウトたちの真上から楽しそうな声が降ってきた。
全員が一斉に上を見上げる。声の主は洞窟の天井を支える柱に座っていた。
「ハロハロー♪」
視線の先で、半身に刺青を入れた赤髪の少女が、ユウトたちを見下ろしながら笑顔を振りまいている。
「テメェ、どうやって入ってきた!?」
カインが腰にしまっていた
彼の疑問はもっともだ。ここは天然の洞窟を整備して作られた場所。基本的にどこも周りは岩壁で覆われている構造になっている。換気用の小さな穴はあるが、とても人間が通れるルートではない。
故にもしこの部屋に入ろうとするならば、一つしかない入り口の扉を開くしかないのだ。だがそんな気配は全くなかった。
「どうやってって……普通に?」
赤毛の少女はとぼけたように両手を軽く上げる。
「上等だ。すぐに吐かせてやる」
「フフ、できるかニャ?」
少女がパチンと指を鳴らした。
――次の瞬間、洞窟が胎動した。
「「ッッ!?」」
グニャグニャと、まるで生物のように蠢く岩壁。足元が不安定になるだけでなく、絶えず景色が変化するため、まるで巨大な化け物の腹の中にいるような感覚に陥ってしまう。
「く……ッ!!」
『Blade』
姿勢の取りづらい状況下だが、それでもユウトは何とか白銀の短剣を手元に召喚し、赤毛の少女に向かって投擲する。
だが彼女を守るように、どこからともなく現れた『一本の巨大な腕』がそれを弾いた。
「何!?」
「アハハ! ごめんねーお兄さん。君の相手はまた今度♪ ってか真面目にやり合ったらたぶん勝てないし」
「君はいったい誰だ!?」
待ってましたとばかりに、赤毛の少女はニッと笑いながらこう答える。
「
そう言い残すと、たちまち少女の姿は変化し続ける岩壁に阻まれ見えなくなってしまった。
***
しばらくすると、周囲の異変は収まった。
全てが元に戻り、先ほどまでユウトたちがいた空間が蘇る。
「……神凪」
あの明羅という少女は確かにそう言った。
それだけなら何のことはないが、引っかかったのは同じ名前を持つ人物を知っているということだ。
(偶然……ってことはないよな?)
顎に指を当て、ユウトは考え込む。
「隊長!!」
そんな彼の元に、レイナが焦ったような声で駆け寄って来た。
「どうしたレイナ?」
「マキにゃんが! マキにゃんがいません!!」
言われてすぐ、ユウトは周囲を確認した。
「……ッ」
ここにははじめからいた久遠。そして一緒に来たカイン、レイナ、真紀那の三人。合わせて五人いたはず。
なのに今は四人。
真紀那の姿だけどこにもない。
「真紀那!」
後を追おうと走り出すユウト。
しかし部屋を出ようと扉を開けたその瞬間――
「ッ、うわ!?」
「きゃっ!!」
ユウトは誰かとぶつかって、そのまま倒れ込んだ。
「痛……、すみません大丈――」
手を伸ばした先で、ポヨンっと柔らかな感触。
(? この感触……)
どことなく覚えがある……ような気がする。
ユウトが顔を上げると、彼は思わず目を丸くした。
「は……?」
「……ッッ」
驚くのも無理はない。なにせぶつかったその相手は、
「せ、刹那!?」
石動邸で監禁されているはずの彼女が。
ユウトがここに来た目的そのものである彼女が。
今、目の前にいる。
「え!? えぇッ!? 何でここに!?」
「……相変わらず、アンタは……ッ」
押し倒され、白装束越しに胸を揉まれている彼女の拳が震えている。
主に怒りで。
「……はっ!? ちょ――」
直後、ドゴッという生々しい音が洞窟内に響き渡った。
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