第22話 鬼面が隠す涙 -No way to take your hand-
・1・
「何!?」
突然降って現れた槍。その場の全員が空を見上げた。
「……ッ、隊長!!」
「レイナ? それにカインも。何でここに……」
上空に浮かぶ吉野ユウトを見て、レイナの声にいつもの明るさが戻る。
しかし彼の登場を誰よりも驚いていたのは、神無月織江の方だった。
「……お兄ちゃん……何で……」
刹那、背後から忍び寄る音無き殺気。嫌というほど体に覚え込まされたその感覚は、ほぼ無意識に彼女の腕を動かす。
ガギンッ!!
織江と真紀那の間に火花が散る。
「あなたは!?」
「……」
驚愕する織江とは対照的に、真紀那は表情一つ変えずに手にした日本刀で正確無比な連撃を繰り出した。織江はそれらを全て受け流すが、度重なる動揺が彼女にほんの僅かな隙を生んでしまう。
「ッ!!」
その一瞬を突かれ、鉄の刃が般若の面を砕く。
「……うッ」
大きく後退を余儀なくされた織江。その額から一筋の血が流れ落ちた。
「どうして……
それは当然の疑問だった。
彼女たち一族は、命令なくして行動することは許されない。
しかも里の人間に刃を向けるということは、必然的にかなり上位の者からの指示ということになる。
『やはり、お前が内通者だったようだね』
突然、声が響いた。
その正体は真紀那の胸ポケットから飛び出した白い形代だ。
「……久遠様」
『織江。あんたは誰よりも優しい子だ。そのあんたが剣を取らなきゃならないということは、大方石動のバカ息子に孤児院を人質に取られたんだろう?』
「……」
彼女は俯き、黙り込む。沈黙は肯定の証だった。
そんな彼女の目の前にユウトは降り立つ。
「織江……」
「……ッ、来ないでッ!!」
まるで怯えるように、彼女はユウトから遠ざかった。
「何となく、心のどこかでわかってた……お兄ちゃん、やっぱり刹那様を助けに来たんだね」
「ああ」
ユウトは頷く。
「……そっか」
織江は指の震えが止まらなかった。これで確定してしまったから。
目の前のこの人は……大切な家族はもう、敵と認識しなければならない存在だと。
「もう止めましょう織江さん! まだ出会ってちょっとしか経ってないけど……あなたが悪い人じゃないことくらい私、分かります!」
昨夜の戦い以降、あんなに近くにいたのなら殺す機会はいくらでもあった。朝食に盛った毒だって即効性の致死毒ではなく、単なる痺れ薬。
神無月織江は間者としての任務を遂行しながらも、命を取るという選択肢だけは選んでいない。
しかしレイナの言葉も虚しく、織江は小さく首を横に振るだけだった。
「まだ小さなあの子たちは……あの場所がないと生きていけないの。私がそうだったように……。曹叡様が……あのお方が一度でも刀を振るえば、全部壊れちゃう。私じゃ守れない!!」
織江は涙を流しながら、それでも牙双剣を構える。
「私たち家族の大切な居場所。あの子たちの未来。それを守るためなら私は……うッ……」
苦悶の表情が浮かび上がった彼女の膝が地面についたのと同時に、停止していた猛牛の体が崩壊を始めた。魔力切れだ。
『ここまでだね。吉野ユウト。悪いが今だけはあの子を――』
「分かってます。俺もそのつもりでした」
久遠とユウトの意外な言葉に織江は一瞬驚いたが、すぐに口ごもる。
『お前を責めたりはしないさ。なんせこの私も……そして
だから気が済むまで敵として振舞えばいい。
まるで小さい子に言い聞かせるように、久遠は説いた。
『さぁさっさと行きな!』
「……ッ」
今にも泣きそうな顔をした織江は、逃げるように林の中へと消えていった。
・2・
「後を追いますか? まだ匂いを辿れます」
「いや、いいよ」
ユウトは首を横に振る。進言した真紀那もそれ以上何も言わなかった。
『行き先は知れてる。どうせ北にある石動んとこの屋敷だろうさ。刹那もそこにいるはずだからね』
「隊長ーーッ!!」
自分を呼ぶ声にユウトが振り返ると、レイナがこちらへ走って来るのが見えた。その後ろにはカインも一緒だ。
『お前さんを追ってきたんだとさ』
「……ああ、なるほど」
久遠の言葉でユウトはようやく合点がいった。
ここに来たのはあくまでも個人的な動機。エクスピアに迷惑をかけないようにと黙って出て行ったが、どうやら逆効果だったようだ。むしろそれがレイナのやる気に火をつける結果になってしまったらしい。
(カインまで一緒なのは正直驚いたけど……)
案外、面倒見がいいのかもしれない。
***
「もうッ! 置いていくなんて酷いです! 心配したんですからね!!」
「すまない。その……ほら、急な話だったからさ」
「……刹那さん、ですよね? アリサさんといい、
訝しむような目で詰め寄るレイナ。
「いや、待ってくれレイナ。俺はそんなつもりは――」
「……吉野……ユウト……」
殺気に満ち満ちた低い声。振り向くとユウトの顔のすぐ真横を回転した入れ槌が高速で通過した。
「……ッ!?」
「よくも……よくも抜け抜けと私の前に現れたわね……吉野ユウトォォォォ!!!!」
ドスッ、ドスッと地面を踏みつけながら、九条秤は怒りに染まった瞳で彼を睨みつけ近寄ってくる。
(……あ、コレたぶん嫉妬だ)
何となく察したレイナは一歩下がり、冷めた目で二人を眺めていることにした。
「もしかして、九条……さん?」
「その通りよ吉野ユウト! 十年経っても相変わらず冴えない顔をしてるわね。てか何であんたがここにいるのよ!? まさかまた私の刹那様に何かするつもりじゃないでしょうねぇ!?」
「俺はただ刹那を助けに来ただけだ!」
「あーはいはい分かった分かった。そうやって刹那様の好感度をさらに上げようって魂胆なんでしょ? 相変わらずあざといのよ……………………ウラヤマシイ」
あーだこーだと矢継ぎ早に言及する秤。そんな彼女の頬に冷たい刃が触れた。
「ひっ……!?」
「主の敵と認識。斬りますか?」
「いやいや敵じゃないから!!」
平然と武器を構える真紀那の腕を握り、ユウトは彼女の刀を引っ込めさせる。
「隊長、そういえばその子は?」
「あぁ、彼女の名前は
「へぇ……フフ。私はレイナ・バーンズ。よろしくね、真紀那ちゃん♪」
レイナが晴れやかな笑顔で挨拶すると、帽子を被った黒セーラー服の少女は――
「私は吉野ユウト様の道具としてここにいます。なのでお気になさらず」
「「!?」」
当たり前のように言い切った真紀那の爆弾発言で、一瞬にしてレイナの表情が凍り付く。
「ん? んーー?」
得も言われぬオーラ醸し出し、首を傾げるレイナ。その笑顔が若干引きつっていた。
「いや、これはその……ま、真紀那も! 頼むからちゃんと自己紹介してくれ!」
「? それはご命令ですか?」
「……………た・い・ちょ・う?」
またしても部下の瞳から信頼という光が失われていく。
『お前さんたち、乳繰り合ってないでさっさと合流地点に移動しな』
「ち、乳繰り合ってません!!」
「わかりました。今からそちらに向かいます」
少しからかうような口調で言う久遠。彼女の思わぬ助け船で何とか誤魔化そうと、ユウトはすぐさま了承した。
「むー。…………後で鳶谷博士に報告してやるんだから」
すっかり毒気を抜かれたレイナは、拗ねるように小さくそう呟くのだった。
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