第21話 羅刹天 -Rakshasa-

・1・


 伝令用の魔術通信が、瞬く間に抵抗派の拠点全域に行き渡った。


「お前らは逃げろ! 俺とこいつで相手する!」

「わかりました。私たちは指定された別拠点を目指します。秤ちゃん行くよ!」

「ちょっと! ま、私のコレクションーーッ!!」


 カインはレイナと共に、秤の工房を飛び出す。

「ッ!!」

 敵はすぐに襲い掛かってきた。

 黒い影二つ。屋根から飛び降り、鬼影隊の忍者が頭上から短刀を二人に振り下ろす。

「レイナ!」

「OK!」

 レイナはカインの肩に両手を乗せ逆立ちすると、敵の二刃を両足に装着したスレイプニールの翼刃で受け止めた。

「何……ッ!?」

 そしてそのまま体を捻る。それによって生まれた回転エネルギーを神足が何乗にも増幅させ、天に向かって伸びる竜巻を生み出した。

「う、うわぁぁぁぁぁ!!」

 本来なら人の身では起こし得ないその暴風に、敵は為す術なく吹き飛ばされる。

 そして同時にその爆発力を加速に変えたカインは一直線に、激流の如く周りを巻き込みながら、新生トリムルトで眼前の敵を薙ぎ払った。


***


 敵の波はすぐに収まった。

 そもそも今の襲撃には大した人数が割かれていなかったようだ。


 そしてそれはだった。


「お前の予想が当たったな」

「……うん。当たって欲しくはなかったよ」


 辺りの敵を一掃し、剣を背中に仕舞ったカイン。

 レイナは彼の後ろで小さく、そして悲しそうに頷いた。


・2・


「ちょっと織江、引っ張らないで! ……って、バフッ!?」

 逃げるため、織江に手を引かれ走らされていた秤だが、彼女が急に足を止めたことでその背中に顔面からダイブしてしまった。

「痛……ッ……何? どうしたのよ急に止まって……」




「……どうして……」




 織江は思わず呟く。

「……織江?」

 彼女は明らかに動揺していた。

 まるでことが起こったとでもいうように。


「こっちの逃走ルートは使われてませんよ」

「ッ!?」


 背後からの声に織江はギョッと肩を震わせ、そしてゆっくりと振り向いた。


「レイナ……さん」


 そこにはレイナ、そしてカインも立っていた。

「あんたたち、無事だった――」


 バンッ!!


 突然、リボルバー型神機シャムロックを抜いたカイン。

 放たれた魔力の弾丸が、秤の顔のすぐ横を射抜く。


「ッッ!? はっ――織江!?」


 一瞬何が起こったのかわからなかった。弾丸が目の前を領空侵犯すれば当然だ。しかしそれでもすぐに冷静さを取り戻した秤は、弾の軌跡の先――親友の方へ振り返った。

「……ッ!!」

 彼女の悪い予想は当たってしまった。

 カインの弾丸は、神無月織江の左腕を二の腕から引き千切っていた。

「織江!! あんた……一体何のつもりよッ!!!!!」

 本気で激怒する秤。だがカインは彼女を見てはいない。そしてそれはレイナも同じだった。

「秤さんごめん!」

「え……、きゃあ!?」

 地を高速で滑走したレイナは、織江の手から秤を下から救い上げるように持ち上げ、再びカインの横に舞い戻った。


「よく見ろ。あれがお前の友達に見えんのか?」


 カインは先ほどの問いに答える。

「何言って…………ッ!?」

 しかしそれを見た瞬間、彼女の口から言葉が消えた。

 その理由は明白。ありえない光景を目の当たりにしたからだ。


 神無月織江……は、一切血を流すこともなく、ボロボロと崩れ落ちて土に還った。


「……偽、物?」

「あの剣だ。昨日も透明になったんじゃない。周囲の物体に体を同化させ、それを自在に操る。それがお前の魔具アストラの力なんだろ? さんよぉッ!」


 カインは誰もいない場所に向かって叫ぶ。すると――



「……どうして……私だって分かったの?」



 優しかった彼女からは考えられない、恐ろしく冷たい声が返ってきた。

 本物の神無月織江は自身の偽物が倒れたすぐ横の地面から、ゆっくりと這い出るように現れた。

 先ほどまでの私服ではなく、鬼影隊の黒装束を纏って。鬼の面は顔の横にずらし、あの時見ることのできなかった『夜叉』という忍の素顔を晒していた。


「私のスレイプニールには飛行や高速移動以外に、もう一つ能力があるの」


 最初に彼女の正体を見破ったレイナが、その答え合わせを始める。


「空間跳躍――八天靴アハト・キャバリエーレ。残念だけど私はまだ上手く使えない。だから発動補助のために、この靴は周囲に私以外には見えない羽を散布するんだ」


 レイナは自分以外、誰にも見えないその羽を手に乗せている。

 これはいわばマーカー。『高速』を超え、『光速』に至るための道しるべだ。

 スレイプニール本来の力が100%発揮されていれば、どこまでも無制限に空間跳躍ワープが可能となる。しかし未だその域に達していないレイナは、自身が生み出したこのマーカーの位置情報を頼りにしなければならず、跳躍距離にも制限がある。


「付いてたんだよ。昨日、私と織江さんが戦ったあの時からずっと。そして今日、あなたが私たちに朝食を伝えに来てくれた時まで」

「……」


 その後工房で再会した時にはもう、織江の体にスレイプニールの羽は付いていなかった。先ほどの土人形と入れ替わったのはきっとその前だろう。


「食事に盛った遅効性の痺れ薬を期待しても無駄だぞ。お前が居間にいない間に婆さんから解毒薬を貰ったからな」

 おそらく抵抗派に潜り込み情報を盗みながら、頃合いを見て内部から組織の機動力を奪い、無血開城をさせる算段だったのだろう。

 だが現実はそうはならず、逃走した抵抗派の人達は織江が知らない拠点へ移った。


「……まんまと泳がされていたわけですね」

「織江……あなた」


 驚きよりもむしろ心配が色濃い視線を向ける秤。

 そんな彼女たちを前に、織江はロストメモリーを懐から取り出し、流れるような所作で獣牙のような独特な刀身を持つ双剣を召喚した。

「ごめんね秤ちゃん……でも私、退く気はないから」

 彼女は一言……まるで決意するようにそう言うと、仮面を被り、鬼となった。


・3・


 地面に牙双剣が突き刺さる。

「来るぞッ!!」

 秤を後ろに下がらせ、カインとレイナは駆ける。

 ほぼ同時に地面が不自然に盛り上がり、そこから全長十メートルはある土色の大蛇が二匹、鎌首をもたげた。

「スレイプニール!」

 レイナは浮上し、大気を切り裂く俊脚から生まれた無数の真空刃を大蛇に浴びせる。


「無駄です。私のラクシャーサはそんな攻撃では止められない!」


 織江の言う通り、土を素材とした大蛇の体は、欠けた部分を大地から絶えず補充してみるみるうちに再生していく。

「なら、再生できないようにするまでだ!」


『Messiah ... Loading』


 今度はカインがトリムルトにロストメモリーを装填し、その形状を白銀の大鎌へと変えた。そして柄頭のトリガーを引く。


『Rising charge!! Messiah ... Exceed Edge』


 神機から流れる電子音の後、大鎌の刃に最大出力の熱量が集約する。

「喰らえ蛇野郎!!」

 周囲の温度を急激に上昇させながら、カインが放つ特大の光刃が二匹の大蛇の首を諸共に刈り取った。しかもそれだけでは終わらない。メサイアの輝き――超高熱は切断面から大蛇を侵食し、ガラスのように結晶化させていく。


「く……ッ!」


 織江は牙双剣ラクシャーサに魔力を流すのを止め、大蛇の操作を放棄。まだ結晶化していないラクシャーサの力が宿った『土』と、周囲の『樹木』を組み合わせ、今度は巨大な猛牛を組み上げた。


「チッ、まだ出せるのか」

「……ッ」


 だが、今の攻撃はかなりの有効打だ。

 大蛇達を動けなくしただけでなく、さらにそこから休む暇なく猛牛を召喚させたことで、織江の魔力をかなり消耗させた。

 魔具アストラは確かに人智の及ばぬ強力な兵器だが、使い手の魔力を化け物のように喰らい尽くす諸刃の剣でもある。常人が継続的に運用することを考えるならば、持っていかれる魔力を制御して、その力をダウングレードさせる他ない。

 その点を踏まえて考えれば、ラクシャーサを使った大規模形状変化は彼女にとって最大の武器のはずだ。その分魔力消費も激しいし、集中力も使う。

 もし無制限に使用できるなら、カインたちにとって目に映るもの全てが相手の武器へと変換される。目の前にした時点で逃げ場も勝ち目もありはしない。


「……あなた、たち……さえ、打ち取れば!!」


 猛牛と織江の雄叫びが共鳴シンクロし、その巨体に似合わぬ速度でカインを目指す。

(ッ、まだ駄目か)

 いくら強化されたとはいえ、魔具を擬似暴発させ最大出力を引き出す神機の奥の手はそう何度も連発できない。直に魔具を使用するよりは少ない魔力消費で済むが、それでも馬鹿にならないのだ。

 さらにあの猛牛の圧倒的質量と速度では、後ろの秤を抱えて逃げるのは不可能。ならば彼に残される選択肢は、迎え撃つことだけだ。

「カイン君!! この……止まれッ!!」

 レイナの真空刃が雨の如く降り注ぎ、猛牛の肉を削ぎ落していくが間に合わない。

「仕方ねぇ」

 カインは右腕を構えた。

 石動曹叡との戦い以降、また勝手に伊弉冉が暴発されては困ると引っ込めていた『神喰デウス・イーター』だが、この際四の五の言ってはいられない。

「来いよ牛ちゃんッ!」

 まるで闘牛士のように、カインが迎え撃とうとしたその時――







『Clock Overdrive!!』







 突如空から飛来した螺旋状の槍が、大樹で武装された猛牛の頭蓋に突き刺さり、粉砕する。

 同時に、まるで時が止まったかのようにその巨体は動きを止めた。

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