第20話 黄金を形作る者 -The Alchemista-

・1・


「何それ!? そんなの勝手すぎるよ!!」


 目的地である九条の工房に向かう道中、カインとレイナは神無月織江からユウトの目的と、この御巫の里の現在について説明を受けた。

 その話の中で、ユウトの幼馴染が石動曹叡という男と無理矢理結婚させられそうになっていることを聞いて、レイナは憤慨する。


「たぶんあなたたちの言う黒い刀を持ったスーツの男性、その御方が石動曹叡いするぎそうえい様だと思います」

「……」


 カインは昨夜の戦いを思い出す。

 例えるなら、素手で怒り狂う猛牛の群れを正面から迎え撃つような、そんな感覚だった。

 伊弉諾いざなぎがもたらす、小細工全てを塵芥と変えるシンプルで絶対的な力。その力の前では、おそらくカイン・ストラーダが今までの人生で培ってきた戦闘技術など、まるで意味をなさないだろう。

 あのたった一振りだけで、それほどまでの戦力差が生まれている。


(あれをどうにかするには……同じだけの力がいる)


 カインは自分の右腕に視線を送る。

 神機ライズギアが破壊され窮地に陥ったあの時、この右腕が反応した。

 あれは彼本来の力ではない。あの時感じた力は、魔人タウルと戦った時のものだ。


伊弉冉いざなみ……)


 右腕に取り込まれたもう一振りの妖刀。確かにその存在を強く感じた。まるで伊弉諾との邂逅によって、眠りから覚めたとでもいうように。


「着きました。あれが九条の工房です」

 そんなことを考えている間に、織江は二人に件の工房に到着したことを告げる。彼女の指し示す方向には、煙突の付いた古民家が立っていた。


・2・


はかりちゃーん」


 織江は古民家の扉を開け、家主の名を呼ぶ。

「お客さん、連れてきたよー」

 だが返事はない。入ってすぐのところにある鍛冶場にも人影はなかった。

「誰もいないですね」

「うーん。この時間に来ることは事前に伝えてたから、外出してるとは思えないけど……」

 レイナの言葉に織江は首を傾げた。


 九条の工房とは、その名の通り代々鍛冶師の分家である九条家が取り仕切る工房の事だ。

 彼らはその卓越した技術を一切劣化させることなく継承し続け、御巫に魔力の宿った武器や呪具を供給している。また他の分家とは違い、日本各地のみならず世界中に点在しているらしい。これはどこにいても御巫の関係者が質の変わらない最高級の武器を手に入れられるようにするためであり、同時に外界から新たなアイデアを積極的に吸収するためでもあるそうだ。


 故に、各工房は少数精鋭。そのどれもが名匠クラスの逸材だ。

 だが二人が訪れたこの場所は――九条秤くじょうはかりの工房は、その中でもさらに頭一つ抜きんでているという。


「ここは秤ちゃん専用の工房なんだ。彼女はえっと……何だったかな? あーそうそう、『錬金術』っていうもう誰も知らない技術を復活させたすごい人なんだよ!」

「何か凄そうな人ですね!!」


 おそらく一ミリもわかっていないのだろうが、織江の言葉に目を輝かせるレイナ。二人が家の中に入っていくので、カインもそれに続いた。

「秤ちゃーん!」

「秤さーん!!」

 織江とレイナ、二人が再び彼女の名前を呼んでも返事は帰ってこない。


「……?」


 ふと、鍛冶場に足を踏み入れたカインは妙な違和感を覚えた。

 彼は手近な工具を無造作に一つ拾う。そしてその違和感の正体を確信した。


「……使


「でも昨晩は確かにここにいたんですよ?」

 織江が言っているのは、カインたちがここに尋ねに来ることをあらかじめ伝えた時の事だろう。彼女の言う通り、埃の被り具合から言って作業を止めて七、八時間くらいと推察できる。

 それだけなら不思議に思わないが、もう朝の十時になろうとしているこの時間に、火すら起こしていないのは不自然だ。

「まさか攫われたとか……じゃないよね?」

「考えられるとすれば昨日の鬼面の忍者くらいだが…………ん?」

 その時、カインは足を止めた。鍛冶場の隣、居間の真ん中付近に何かが落ちていることに気が付いたからだ。

「布?」




「これ……だ。しかも女性用!? カイン君は見ちゃダメ!!」




 落とし物の正体に気付いたレイナは慌ててカインの視界を塞ぐ。

 落ちていたのは薄い青色の女性用下着。しかもちょっといいやつだ。

「レイナさん見て。あそこにも……その……挟まってる」

 織江は少し頬を赤く染めながらも、天井の溝に挟まってヒラヒラと揺れているパンツを指さした。

「ハッ……!? もしかして屋根裏部屋?」

 どうやら溝の正体は扉のようだ。レイナはスレイプニールを使って静かに浮き、押し込むように天井の扉を開けた。


「秤さー……なッ!?」

 上半身だけ天井裏に入るように覗き込み、そこで何かに気付いた彼女はギョッと固まる。そしてゆっくりと降りてきた。

「レイナ?」

「上に何かあったんですか?」

「アハハ……とりあえずその……見つけた……よ?」

 はぐらかすように、彼女は引きつった笑みを浮かべるだけだった。


・3・


「お見苦しい所をお見せしました」


 居間で織江が入れたお茶を啜るこの家の主――九条秤は、一切悪びれる様子もなくそう言った。

 結論から言うと、彼女は屋根裏部屋にいた。そこでぐっすりと幸せそうに寝ていたのだ。


(レイナ、上に何があったんだ?)

 カインが耳打ちするが、レイナは半笑いで誤魔化すばかり。

(……言えない。あんなの絶対言えないよぉ……)


 レイナが目撃したのは秤の隠し部屋。その異様な光景だった。


 

 

 


 その他諸々。

 尋常ではない執念を爆発させたその空間は、もはやホラーだった。


「もー秤ちゃん。いるなら返事してよ」

「……ごめんなさい織江。最近刹那様成分が足りなくて寝不足なのよ」

 彼女の言葉は嘘ではないらしく、その証拠に目の下に見事な隈ができている。

「あのー……、刹那さんって……その……上の?」

 レイナは若干引きつった笑みで天井を指さす。

 しかしその瞬間、秤の中で何かのスイッチが入ったのか、彼女の黒縁眼鏡の奥の瞳に尋常ではない生気が宿った。


「そう!! あのお方こそがこの穢れきった世界に舞い降りた唯一無二の天ッ使ッ!!」

「ヒグッ!?」


 ドンッとちゃぶ台を踏みつけ、力強く拳を握りしめる秤。


「美の基準は人それぞれなれど、あのお方はその埒外ッ! その美貌、気高さに万人がひれ伏し、もはや言葉では表現不可能……それでも最大限可能な限り有象無象でも理解できる言語に落とし込むなら、そう……マジ天使……ウェヘへ」


 両手の指を絡めながら天を仰ぐその顔がにやけている。いや、蕩けている。

「どう? あなたもで一夜を過ごしてみますか? 今までに感じたことのない愉悦と快楽をお約束しますよ?」

「あ、いえ……私は……」

(怖い……)

 まるで獲物を見つけたようにグイグイと迫りくる秤に、レイナは反射的に後退りする。

 だがその時――


 ドンッ!


 ちゃぶ台の上に湯呑みを置いたただそれだけなのに、やけに響くその音は、秤の進撃をピタリと止めた。

「………………お、織江?」

 彼女はゆっくりと、まるで壊れた機械のように恐る恐る振り返る。

「秤ちゃん……、悪いですよ?」

「……………………………」

 織江の言葉に、ダラダラと汗を流し始める秤。

「足。下ろしてくれますよね?」

 にこやかに言われるがまま、彼女はちゃぶ台の上に乗った足をそっと下ろす。そして無言で正座をし始めた。

「もー。お客様の前なんだよ? あんまりお行儀が悪いと、刹那様に言いつけちゃうんだから」

「どうか……どうかそれだけはご勘弁を……ッ」

 先ほどのパンツを片手にそう言った織江の足元で、秤は畳に額を擦り付けんばかりの全力で土下座をした。


「それより俺の剣はどこだよ? 婆さんがお前に修理を依頼したはずだ」

「あ、忘れてたわ」

「おい」

 まるで今思い出したように手を叩く秤に、カインは直してもらう立場で筋違いとは分かっていながらも苛立ちを覚えた。

「まぁあの程度なら、五分もあれば十分よ。ちょっと待ってなさい」

 そう言うと秤は湯呑みを置いて、鍛冶場の方へと向かう。

 カインたちもそんな彼女の後に付いて行った。


***


 金床の前に座る九条秤。

 目の前には、真っ二つに折れた神機トリムルトが置かれていた。


「どう? 直りそう?」

「私を誰だと思ってるの? こんなの500%増しのスペックで直せるわ」


 織江の質問に彼女は当然のように返した。

 秤はまず片手で火炉ほどに炎を起こし、同時に空いた手で入れ槌という小さいトンカチのようなものと、鋼と鋼を接合するための鍛接材たんせつざいを用意する。

「じゃ、始めるわよ」

 彼女がそう言って眼鏡を外すと、


「秤ちゃんの目は千里眼っていう特別なものなんだ。視界に入るものなら際限なく拡大して、それが何で作られていて、どんな構造なのか一目で分かるんだって」


 喋らなくなった秤の代わりに、織江が解説を挟んでくれた。

 彼女の魔眼は生まれながらにして備わっていたものなのだそうだ。そういう意味ではカインの右腕に近いのかもしれない。


「すごい目なのに盗撮にも使っちゃうところが秤ちゃんのダメなところなんだよね」

「ゲフンッゲフンッ!!」


 織江の毒舌に秤は咳払いをして誤魔化すが、だからといって彼女の指先は一切狂わない。術を施した指先でそっと触れながらその反応を見極め、トリムルトの構造を読み解いていく。

「へぇ。これを作った人、結構やるわね……面白いわ」

 職人として何かに触発されたのか、秤の口元は綻んでいた。

「それならコレじゃなくて、アレで……繋ぎはコッチにして――」

 使う道具をあれこれ取り換え、鍛接材も別のものを用意すると、秤は右手に魔力を集め、自作の詠唱を口にする。


「万象を彩る地水火風」


 秤の言葉に呼応して、四つの魔法陣がトリムルトを囲うように展開された。

 これが彼女が蘇らせた『錬金術』という技術。


「原始の焔は血肉を燃やして灰に。母なる大地はそれを護る優しき揺り籠」


 火炉から炎が引き出され、大量の鍛接材と合わさりトリムルトを覆う。程なくしてそれはまるで黒い卵のような形に膨れ上がった。

 彼女は物語を語るように言葉を紡ぐ。


「根源たる水は新たな命を。調停の風はその産声を運ぶ」


 バケツに用意された水と、突然現れた小さな旋風。それらは黒い卵に染み込むように吸収され、卵を黄金色に染め上げた。


「――擬似黄金錬成アルス・マグナ・フェイクス


 最後の仕上げに、彼女は思いっきり入れ槌で卵を頭から叩き割った。

 ピキピキと音を立て、黄金の殻は元の砂状に戻るように崩れていく。

 そうして中から現れた剣は、まるで時間が巻き戻ったかのような完全な状態で復元されていた。


「……すごい」

 見惚れていたレイナは思わずそう呟く。

「ふぅ……はい終了。ほんとは詠唱なんかしなくても直せるけど、なかなか面白い代物だったからちょっとサービスしてあげたわよ」

 カインはゆっくりと左手で修復されたトリムルトを持ち上げた。

「……」

 見た目に大きな変化はない。だが前よりも軽く、だからと言って脆いわけでもなさそうだ。限界まで身が引き締まっているような重厚感と洗練さを感じる。

 全てが調和し、無駄が一切ない。まるで剣と自分の腕とが一体化したような感覚だ。

「……いい仕事じゃねぇか」

「当然」

 カインの言葉に、眼鏡を掛けなおした秤は不敵な笑みを見せた。

 だがそれも束の間――


『敵襲! 敵襲!!』


 頭に直接響くような声が、全員に駆け抜ける。

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