第19話 今は小さき抵抗の火種 -Revolt-

・1・


 竜胆りんどう邸で一夜を過ごした吉野ユウトは、振舞われた朝食を食べ終わると、すぐに出発の準備を始めた。

「抵抗派、か」

 どうやら今、御巫の里は二つの勢力に分かれてしまっているらしい。


 一つは石動いするぎ派。

 文字通り、神の力をその手にした石動曹叡を次代の里長として祭り上げようとする派閥だ。


 そしてもう一つは抵抗派。

 彼がこの里を掌握することを良く思わない集団。


 言うまでもないが、伊弉諾いざなぎという絶対的な力を持つ石動派が優勢だ。刹那の母――現当主は未だどちらかに属していると明言していないが、彼女個人の意見はどうあれ御巫家の総意で刹那を曹叡の許嫁とした以上、曹叡の発言力は日に日に増し、もはや強く干渉できない。

 つまり、状況は石動曹叡の思い描くシナリオ通りに進んでいる。

 今や抵抗派は表立って行動すれば、反逆の罪に問われかねない。


 婚儀は明後日。

 ユウトはまず、身を潜めつつ里の状況を見て回るつもりだった。

「これ、どうやって着るんだ?」

 そのために里に馴染めるよう小袖も用意してもらった。ここに来るまでも制服ではなく私服で来たのは、明確な協力関係にないエクスピアの人間としてここに来れば、不当な干渉だと冬馬に迷惑をかけるかもしれない。そう思ったからだ。

「よし」

 何とか様になったのを姿見で確認したユウトは、もう一度今やるべきことを考える。

 石動曹叡という男を調べ、刹那の監禁場所を探る。抵抗派にコンタクトを取り、協力するのもいいだろう。

 相手が伊弉諾を使う以上、いくら無限の魔力を持つ魔道士ワーロックといえど過信はできない。実際、3年前の海上都市では、対の魔具である伊弉冉いざなみたった一振りにユウトたちはかなりの苦戦を強いられた。仲間の力無くしてあの勝利はない。


「吉野君、出発前にいいかな?」


 荷物をまとめ終わったちょうどその瞬間を見計らったように、竜胆司がユウトに声をかけた。


「はい……けど、大丈夫なんですか? その……体の方は」

「問題ないよ。今日明日死ぬような病じゃないしね。むしろ今日は良い方……ゴフッ!!」

「……」

「……あはは……」


 吐血こそしていないが、とても大丈夫なようには見えない。

 立っているのが奇蹟なのではないかと思ってしまうほどに、司の体は弱弱しい。


「えーと……ひとまず庭に出ようか」


***


 司の後に続き、夜式真紀那やじきまきなと昨夜話をした庭園に出ると、そこには昨日と全く同じ位置に、帽子で猫耳を隠した彼女が立っていた。


「やぁ、待たせたね。真紀那君」

「……いえ」


 真紀那は小さく首を振り、司に跪く。

「竜胆さん?」

「君に真紀那君を付けるよ。彼女に抵抗派の拠点まで案内してもらうといい」

「え、でも……」

「表立って公言してはいないけど、実は僕も抵抗派側の人間でね。彼らを裏で支援しているのさ」

 ユウトは驚かなかった。何となく、そうなのではないかと思ってはいたからだ。

 抵抗派に引き合わせてくれるのならまさに渡りに船だが――


「何故彼女なのか、って顔をしているね」

「……ッ」


 真紀那は基本、この里を自由に歩くことができない。禁じられているわけではないが、裏切り者の一族として里の大多数に疎まれている以上、正体がバレれば昨日のように迫害され酷い目に合ってしまうからだ。そして彼女はそれに抗えない。

 司はユウトだけに聞こえるように耳打ちする。


(昨日も言ったように、これからこの里は必ず大きく揺らぐ。そしてその影響を一番受けるのは間違いなく彼女たち夜式の人間だ)


 その言葉に、ユウトは思わず拳を握る。


(今まで裏切りの一族と罵られ続けてきた彼女たちを守ってきたのは決して僕だけの力じゃない。現当主の御巫永遠みかなぎとわ様、そして歴代の当主たちだ。もし石動派が里を掌握すれば、夜式への迫害は一層強まる。最悪滅びかねない。過程は違えど、かつての断刃無たちばなのように……)


「……ッ!?」

 司はそこまで言って耳打ちを止め、こう続けた。


「だから彼女には自分で決めて欲しいんだ。やがて訪れる動乱の中で、自分の運命を。君と一緒にいればそれができると信じている。君が刹那君や燕儀君を変えたようにね」


 彼はユウトの肩をポンポンと叩く。

 気のせいか、その手からは「自分にはそれができなかった」という後悔が流れ込んでくる気がした。

 司がユウトから離れると、今度は入れ替わるように真紀那が近づき、先ほど司にしたのと同じように、ユウトの前で膝を付いた。


「竜胆司様の命により、これよりこの命は吉野ユウト様、あなたの物です。何なりとご命令を」


 跪き、こうべを垂れる少女。その言葉には一切の迷いはない。

 学生服姿の女の子が口にするには、あまりに重すぎる言葉だ。

 果たして自分は彼の言うように、この少女を変えることができるのか?


(……でも、力になるって言ったからな)


 ユウトは一度深呼吸をして、姿勢を落とし真紀那と目線を合わせた。


「わかった。よろしく頼むよ、真紀那」

「はい」


 救ってみせる。

 現在いまに囚われる御巫刹那も。

 過去に囚われるこの少女も。

 この里の未来も。

 自分の手が届く全てを。


 ユウトの覚悟は決まった。


・2・


 ――同時刻。


 カイン・ストラーダは一軒の古い民家の前にいた。

 昨夕、青いスーツ姿の男との戦闘を中断させ、レイナと共に自分たちを助けた集団。彼らの拠点らしき場所で二人は夜を越した。

 正直ほとんど寝ていない。助けてくれたとはいえ、その理由も目的も不明。信用できない人間の巣窟で眠れるほど、カインは間抜けではない。レイナは信じられないほどぐっすり眠っていたが……。


「ここか」


 朝食がある、と早朝に声を掛けられていた。

 レイナを先に行かせ、カインはその前に少しだけ辺りを探索してからここにやってきたのだ。

 包帯を巻き直した右手で扉に触れると、まるで自動ドアのように扉が独りでに開く。


「ほう、もう驚かないとはさすがだね」


 扉の先、居間で腰を据えていた老婆が感心した声でそう言った。

「あんたは?」

「まぁまずは入りな小僧」

「あ、カイン君。おはよー。ここのご飯、すっごくおいしいよ?」

 警戒の必要は……なさそうだ。レイナを見てそう思ったカインはゆっくりと家屋の中に足を踏み入れた。


***


「さて、あんたらがどこの誰かはまぁ……おおよそ検討はついてるがね」

「私、レイナ・バーンズです。で、こっちはカイン・ストラーダ君」

「あ、おい……ッ!?」

 何の躊躇いもなく名を明かすレイナ。カインは思わず額を抑えた。

「お嬢ちゃんは元気でいい子だねぇ。でも魔術を扱う輩に対して無闇に名前を教えちゃ駄目さね。そっちの小僧は、分かってるみたいだね」

「へ?」

 レイナは意味が分からないといったように首を傾げる。

「……古今東西、あらゆる呪いの類は人名をトリガーに組み込む事例が多い。この国で有名なのだと藁人形とかだ」

「………………」

「つまり術師にとって名前を知られるということは、心臓を掴まれることと同義ということだよ。まぁ正確には呪いと魔術は別もんだがね。だが名前を糸にして痛覚を人形と共有させるくらいならできるよ?」

 老婆の要約でようやく理解したのか、レイナの表情が笑顔のままスゥっと青ざめる。

「トゥ……ッ、To tell the truth, our names ――」

「英語で誤魔化しても駄目だよ。私は英語が分かるからね」

「ど、どどどどうしようカイン君……」

 レイナはあたふたとカインに泣きついた。


「もー、久遠くおん様。あまり苛めちゃ駄目ですよ」


 障子を開き、三つ編みポニーテールの女性がニコニコ笑いながら居間に入ってきた。

「あ、織江さん!」

「カインさんもご到着でしたか。すぐに朝食をお持ちしますね」

 レイナに会釈した彼女の名は、神無月織江かんなづきおりえ。早朝、カインたちに朝食があると伝えに来た人物だ。

 彼女はすぐに台所に戻ると、五分後に朝食を持ってカインの前にそれを置いた。


「お前たち、吉野ユウトを追ってはるばるここまで来たんだろう?」


「お婆ちゃん、隊長……えっと、あの人の居場所を知ってるんですか!?」

 当然、レイナはくいついた。

「まぁね。おそらく今頃は竜胆の屋敷を出た頃だろうさ」

「やったねカイン君! 隊長見つけられそうだよ!」

 カインは小さく頷くが、彼はさらにこう尋ねた。

「あいつの目的は何なんだ? 何でこんな場所に来た?」

「なかなかどうして失礼な小僧だ。まぁ……嫌いじゃないがね。若いのはそれくらいでちょうどいい」

 久遠は楽し気に笑いながらお茶を啜る。


「そのあたりは道すがら織江に聞きな。朝食を済ませたら、お前たちには九条くじょうの工房に行ってもらう。小僧の壊れた武器がそろそろ修復し終わってるはずさ」

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