第17話 石動曹叡 -The king holds justice-

・1・


 衛星写真に写った違和感の境界。

 位置情報を頼りにその場所を目指して、カインとレイナは道なき森の中を進んでいた。

「これ、本当に何もありませんでしたってことはないよね?」

 すでに日は落ち始めている。まだユウトの足取りさえ掴めていないが、捜索もそろそろ切り上げなければならない頃合いだ。


「それはない。見ろ」


 カインが左手で指さした先、そこをレイナは目を細めて凝視した。

「草を踏んだ跡がある。それもまだ新しい。少なくとも数時間前に誰かがここを通った証拠だ」

 確かに彼の言う通り意識して周りを見渡せば、草を踏み固めてできた獣道とも呼べなくないラインが複数浮かび上がってくる。

「すごいカイン君! 何でわかるの?」

「お前が周りを見てなさすぎなだけ……ッ」


 その時、カインの足がピタリと止まった。

 レイナも彼の変化をいち早く察知し、静かに両足に神速の魔具――スレイプニールを展開する。


 見られている。


「レイナ、一気に上昇して上から確認できるか?」

「わかった……けど絶対上見ないでね?」

「あ? 何でだよ?」

「いいから見ないでッ!!」

 有無を言わさぬ気迫と同時に、レイナは地面をひと蹴りしてロケットのように跳躍する。


 同時に、周囲の茂みから彼女に向かって無数の青白い矢が放たれた。


「わ、わわわ……ッ!?」

 その数およそ三十。だがレイナは慌てながらも空中で華麗に回避した。そしてハッと気づく。

「……あッ!? もしかして私、囮にされた!?」

「躱すって信じてたからな。上出来だッ!!」

 カインは包帯を巻かれた右腕を赤く発光させ、背後に現れた巨大な第三の腕――神喰デウス・イーターを振るう。

「おおおおおおおおおおおおおッ!!」

 自身を中心に一回転。大木をなぎ倒していく。破壊に巻き込まれた悲鳴は数ヵ所から上がった。


「クソ……ッ、何者だ!?」

「それはこっちのセリフだ!!」


 隠れ蓑を失い叫ぶ侍風の男に、カインは神機ライズギア・トリムルトを抜いて突っ込んだ。

 ガギンッ!!

「が……ッ」

 まさに電光石火。相手に十分な構えを許さず大剣を叩きつけ、大きな隙を作ってからのみぞおちに回し蹴り。

 吹っ飛んだ男を尻目に、カインは別の敵に銃を向けた――のだが、


「……」

「ふふーん♪」


 残りの襲撃者は四人。だがすでに全員レイナが戦闘不能にしていた。

 飛行能力を備え、空間を三次元的に、しかも高速で動ける彼女にとっては朝飯前だ。


・2・


「さっきの矢。もしかしてこの人たち前に資料で読んだ……えっと……」

「魔術師」

「そうそれ!」

 カインの言葉に、思い出そうと必死だったレイナは手を叩いた。

「今のが魔術ってやつか」


 気配遮断。光の矢。肉体強化。

 そしてトリムルトの重撃で破壊できなかった刀から察するに、武装強化もあると見ていいだろう。

(どれも大して強力じゃないが……厄介かもな)

 先ほどの襲撃者は全部で十人。そのうち剣を交えた一人をカインは一撃では仕留めきれなかった。レイナも難なく制圧してみせたが、それは彼女の魔具の能力によるものが大きい。

 奇襲作戦が功を奏しただけで、敵の練度は決して低くない。


「新手が来る前に移動――」


 その時、赤い一閃がカインに高速で迫った。


「ッ!? グッ!!」

 大剣で軌道をずらしたが、剣を掴む腕の骨が折れるかと思うほどの衝撃がカインを襲い、彼は背後の大木に背中を強く打ちつけた。

「カイン君!!」

 周囲の大木がドサドサと鈍い音を立てて連鎖的に倒れ、木の葉を散らす。



「何だ。手練の侵入者って言うからわざわざ来てやったのに、たった二人……しかもガキじゃねぇか」



 先ほどの神喰の一撃と同等、いやそれ以上の破壊をもたらした張本人はひどくつまらなそうな表情でそう言った。

「……ッ、テメェ……」

 直撃していれば命はなかった。

 それは赤い斬撃を直に受けた大剣トリムルト――高熱で赤く変色したその刃を見ればすぐにわかる。

「……魔具アストラか……」

「お、今のを凌いだのか。なかなかやるじゃねぇか」

 にやりと笑う青いスーツ姿の男。森の中で出会うにはあまりに似つかわしくないその男は、右手に持つを振り上げる。


「カイン君、走って!!」


 頭上からの声と同時に、レイナのスレイプニールから繰り出される無数の真空刃が男に降り注いだ。

「やった……」

 だが周囲の砂煙を一閃が引き裂き、先ほどの赤い斬撃が今度はレイナを襲う。

「やってない!!」

 レイナは身をクルリと捻り、攻撃を躱す。回避においては、やはり空を自在に移動できるレイナに分がある。


「ちっ、すばしっこいな。夜叉!!」


 青スーツの男の一声で、草むらから黒い影が飛び出した。

「ッ!?」

 速い。

 空中というレイナにとって絶対的優位な場所にありながらも、突然現れた鬼の面をつけた何者か――まるで忍者のようなその敵は、レイナの鋭い蹴りや肩などを軽々と踏み台にして躱し、あろうことか彼女に空中で白兵戦を挑む。

「レイナ!!」

「!!」

 鬼面の忍が取り出した、紐で柄頭を繋がれた一対の双刀。そのまるで肉食獣の牙を思わせる刃とレイナの脚甲が激突した。

「きゃあ!!」

 やや威力で勝った鬼面の忍の攻撃に押され、レイナは姿勢を崩す。敵がそれを見逃すことはなく、すかさず腕から延ばしたワイヤーをレイナの右足に巻き付けた。

 ギギッと音を立ててワイヤーが巻かれ、鬼面の忍は一直線にレイナに襲い掛かる。だが、カインのもう一つも神機・シャムロックの弾丸がそれを許さなかった。

「……ッ」

 その後も三度続けて引き金を引くが、避けにくい空中だというのに敵はワイヤーを駆使して踊るように弾丸を回避する。そして地面に着地すると、どういう絡繰りだかスゥっと色を失うようにその姿を消した。


(あの双剣、あれも魔具か?)


 形状だけ見ても普通の武器ではない。それに加え、スレイプニールと互角以上の力を持つ武具となるとその可能性は高い。


「そーら! よそ見してる余裕があんのか!?」

「ッッ!!」


 灼熱を纏う黒き刃がカインを襲う。彼は刀を持つ相手の右肩を狙ってシャムロックの弾丸を放つが――

(何!?)

 着弾はしたはずだ。なのにどうゆう訳か、

 わずかに出遅れたカインだが、何とか大剣を自分と相手の間に滑り込ませる。

「お前が吉野ユウトか?」

「……ッ、は?」

 鍔迫り合いの最中、肉薄してきた男は尋ねてきた。

「いやそんなわけねぇか。お前、どう見ても日本人じゃないもんなぁ!!」

 スーツの男から発せられる圧が一段強くなる。

 炎を纏っていた刃に、バチバチと青白い閃光が迸った。


 雷だ。


「……ッ!?」

 そのままカインの大剣を徐々に溶かし、金切り音を上げながら鉄を引き裂き、刃が進行してくる。

 そして次の瞬間、トリムルトは両断された。

「ハハッ!! これで終わりだ!!」

(まずいッ!!)

 この一撃は防げない。カインの本能が警笛を鳴らしていた。




 だがしかし――




 カインの右腕がひとりでに光を放ち、男の一太刀を弾き返す。

「何?」

 驚く敵を他所に、カインは燃えるような熱さを感じる自身の右腕に目を奪われる。

(何、だ……?)

 いつもの赤い光ではない。右腕から発せられるのはひどく美しい白光。

 しかしこれが何かを考える暇もなく、事態はさらに動く。


 ピュイーーーーーーッ!!


 突然鳴り響く甲高い音と共に、周囲が一瞬にして白い煙で埋め尽くされた。

(今度は何だ!?)

 周囲を警戒するカインの肩を誰かが掴む。


「こっち! 付いてきてください! 連れの子も無事ですから!」


 顔も見えないその声に、カインは――


・3・


「……ちっ、逃げたか」


 青いスーツ姿の男――石動曹叡いするぎそうえいは毒づき、黒き妖刀――伊弉諾いざなぎを納める。

 彼の背後には影のように面を付けた集団が付き従っていた。

 その先頭には、先ほどの鬼の面を付けた忍、夜叉。曹叡が独自に結成した私兵、『鬼影隊きえいたい』の頭目が膝を付いていた。


「おい」


 夜叉が曹叡の声に反応し顔を上げたその瞬間、彼の蹴りが夜叉の側頭部を襲った。

「……ッ!!」

 常人とは思えない重さの回し蹴りに、忍の頭目は為す術なく大樹に叩きつけられた。

「……う……ッ……」

 仮面の奥から血が流れ落ちる。脳震盪を起こしているのか、地面に手を付いてもすぐに崩れ落ち、まともに立つことさえできない有様だ。


「どうしてガキ一人始末できない!?」

「……申し訳、ありま……せん……」


 曹叡の叱咤に、夜叉は掠れた声で謝罪する。

「次はない。行け。お前の大事なもんぶっ壊されたくなかったらな」

「……ッ!?」

 夜叉の体が凍り付く。明らかに恐怖がそうさせている。

「……」

 そして夜叉はまるで機械のように無機質に立ち上がると、先ほどのようにその姿を周囲に溶け込ませ、消えていく。


「お前らもだ! 俺の前にあのガキ共の首を持ってこい!!」


 その大喝に、鬼影隊の面々は四方へ散っていった。

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