第16話 密会 -Before the ceremony-

・1・


「司様。吉野ユウト様をお連れしました」

「入ってくれ」


 夜式真紀那やじきまきなが障子越しにそう告げると、部屋の中から声が返ってきた。

 彼女はユウトに一度視線を送ると、障子に手を掛けて音が出ないようにゆっくりと開く。


「やぁ吉野君。こうして直接会うのは初めてだね」


 畳が敷かれた古風な部屋の中には、布団に腰かけた青年がいた。

 年はユウトとそう変わらないように見えるが、異様に肌が白い。彼は細い腕を幽霊のようにゆらゆらと振って、ユウトを歓迎する。

「あんたが、俺を呼んだ竜胆司りんどうつかさなのか?」

「会えて嬉しいよ。真紀那君も。ご苦労様だったね」

「……」

 彼女は無言でペコリとお辞儀をすると、屋敷の奥へと消えていった。


 司は灰色の着物を上に羽織ると、布団から出てその横に安座する。そしてユウトにも座るように促した。

「こんな格好で申し訳ない。生まれつき体が弱くて――ゴホッゴホッ!!」

「大丈夫か!?」

「大丈夫大丈夫……それよりさっそくだけど君を里に招いた理由を話すとしよう。あまり時間は残されていない」

 咳き込む司はユウトを手で制して、本題に入った。




。君にはそれを阻止してもらいたいんだ」




 ――思考が停止した。











 そして次の瞬間、


「………………はぁっ!?」


 はっと我に返ったユウトは、思わず大声を上げて身を乗り出していた。


 刹那が結婚する? 誰と? 何で?


 胸の中でざわつく強烈な感情が、ユウトに明確な答えを渇望させる。なのに渇ききった喉からはちっとも声は出てくれない。予想外の不意打ちを喰らったユウトは、口をパクパクさせることしかできなくなっていた。

「うん。君は本当にわかりやすいね」

 自分が思っている以上に動揺を隠し切れないユウトを見て、司はうんうんと頷きながらにこやかな笑みを浮かべていた。

「やっぱりこの目で君という人間を見れてよかった。そこまで彼女の事を想える君になら、信用も置ける」


 一度、深呼吸をする。

 頭の中から余分な感情を一度払い、今はただ事態を理解する。

 それだけに集中した。


「……詳しく、教えてくれ」

 ようやく、ユウトは吐き出すようにそう言った。

(今の口ぶりだと、祝うって雰囲気じゃないのは確かだ。なら……)

 ユウトは改めて司と向かい合い、そして真剣な面持ちで彼の話に耳を傾けた。


・2・


「相手の名は石動曹叡いするぎそうえい竜胆うちに次ぐ分家序列第二位の当主だ」

「石動、曹叡……」


 司の携帯画面に映し出された男を見て、ユウトの目つきは自然と険しくなる。

 年齢は20代後半。しかしその年齢に比例した大人びた雰囲気は微塵もない。服装も里の中で見かけた人たちとはまるで違う。落ち着いた和装ではなく青いスーツを着崩した、まるでホストのような派手な出で立ちで、数人の女性を周りに侍らせている。

 自分は有象無象とは違うのだと、誇張しているような印象を受けた。

 少なくともユウトが知る、『御巫刹那』という女性が好む男性像からは大きくかけ離れているのは間違いない。


「彼も最初からここまでだったわけじゃない。変わり始めたのはつい三ヶ月前だ」

 司の話では、本来曹叡はあまり目立つ存在ではなかったらしい。

 分家二位の当主とはいえ、それは彼が一人息子だから。

 魔術も剣技も特に秀でているわけではなく、実力はいたって平凡。

 そんな彼が、ある日を境に突然頭角を現し始めたという。

「いったい何があったんだ?」

 司はここからが本題だというように、両手の指先を合わせてゆっくりと話し始めた。


「事の発端は三年前、刹那君が里に持ち帰った完全状態の伊弉諾いざなぎだ」


 元々刹那が持っていた伊弉諾は、大昔にその刃を二つに分かたれていた。

 しかし、イーストフロート――伊弉冉いざなみの世界でそのもう片方を体に宿した橘燕儀たちばなえんぎとの死闘の末、折れた刃は溶け合い、完全な一振りの神刀として再生を果たしたのだ。


「曹叡はその伊弉諾と。あの刹那君をも上回る形でね」


 その日を境に、石動曹叡は変わった。

 御巫が所持する魔具アストラ。しかも伊弉冉とほぼ同格。魔具の中でも最上位に位置する妖刀の所有権は今、刹那ではなく彼にある。


「長い歴史の中で、最初に伊弉諾を制御した先祖の御巫零火みかなぎれいか様を除いて、刹那君以外に正当な所有者と呼べる者はいなかった。この里ではほんの十数年前まで、どのお家も血眼であれを求め争ってたのさ。それこそ……目を覆いたくなるほどの凄惨な歴史と共にね」


 どこか悲しそうな表情を見せる司。

 伊弉諾は、一族にとってまさに『力』の象徴なのだ。


「……」

 ユウトは海上都市で聞いた燕儀の話を思い出す。

 彼女の父は伊弉諾の強すぎる力に精神を蝕まれ、悪鬼と成り果ててしまった。その結果自身の一族――断刃無たちばなの滅びを招いた。

 燕儀にしてもそうだ。彼女は死ぬほどの苦痛を何年にも渡り乗り越え、命を削ってようやく伊弉諾を体に定着させた。それには当然かなりの危険が伴ったはずだ。何かが間違っていれば死んでもおかしくないほどの危険が。

 刹那を見ているとつい忘れがちになってしまうが、

 伊弉諾という刀の歴史を紐解くと、あまりにも多くの血で塗れている。

 そういう意味では彼女の存在は血みどろの歴史に一つの区切りをつけ、里に平穏をもたらしたと言えるだろう。


「そこに本家を差し置いて、分家の人間がより強い所有者として認められたとなれば……本家の人間はいい顔をしないだろうね」


 本家と分家。そのパワーバランスは瓦解する。

 本家が分家に対して何らかの形で権威を示し直すのか。それとも分家が本家の喉元に喰らいつくのか。

 どちらにせよ混乱は必定。

 そしてそれを回避する手段。平穏に慣れ親しみ、争いを望まぬ者たちが持つ選択肢は一つだけ。


「石動曹叡を……本家に取り込もうとしている?」


 司の言葉から導き出されるもの。それはつまり、ある種の政略結婚いけにえだ。

「その通り」

「だったら刹那は……」

 本人が望む望まないに関わらず、御巫刹那は確実にやってくる混乱を回避するための人柱にされたということだ。

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